26話-(1) 暗闇が導き出す天命
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
俺たちの志は一つだ。
それが、改めて魂に沁みて解かった。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
「もうすっかり夜だな」
もう姿では誰だが認識出来ない暗闇。
暗闇の中で唯一不自由なく聞こえる声で認識できる。
この声は桜夜先輩だ。
「桜夜先輩、今日もまさか……あれをするんですか?」
俺がいうあれ。
そう、瞳が意味をなさないこの夜の異世界に必需となる灯火。
そして、調理にも利用できる灯火。
そう――人類の生み出した画期的な文明とも言える火だ。
「中沢くん。今日も期待しているぞ。存分に力を奮ってくれたまえ」
桜夜先輩は全ての希望を託すような大袈裟な口調で言う。
確かに、俺は数々の木に灯火をつけてきた。
その勇士を桜夜先輩は評価してくれたのか。
嬉しいような虚しいような……。
「夜が来る度いつも思うんですが、ライターとか点火棒とかは持ってないんですか?」
「ふぅ、そんなモノはいらぬ」
鼻で笑われてしまった。
私的な意見だが、俺は必要だと思っている。
いや、これからも思い続けるだろう。
「ええぇッ!? お姉ちゃんたちそんな物も持ってないの!? 非合理的すぎだよぉ~!」
相変わらずのアニメ声と子供のような口調が聞こえる。
「なら君は持っているとでも言うのかね?」
「ううん、持ってないよ」
「なら少し黙っていてくれないか?」
「はぁ~い」
桜夜先輩の鋭い言語も少女は軽く流した。
この少女のスルーテクニックは中々すごいぞ……。
「どうやら中沢君。そんなモノは誰も持ち合わせていないそうだ」
「……これまでずっと俺が自力で焚いてきたのに、今さらそんな重宝な道具を出されたら往復ビンタですよ」
「その対象に私は入っているのかね?」
「むしろ桜夜先輩が主軸……」
「座興はこれまで。始めようか」
俺の魂の叫びは座興と題され打ち切りになってしまった。
「何を始めるのっ!? お姉ちゃん!」
何が始まるのか解からない少女は、威勢よく桜夜先輩に問いかける。
だが、これから始まる事は俺にとって苦痛でしかない。
だけど……これがないと始まらない。
――やるしかない……か。
「ああ、中沢くんの名誉ある晴れ舞台だ」
「そんなお膳立てしないくださいよ! やる事は火起こしなんですから!」
その瞬間、シュッ!と刀を抜く音が聞こえた。
まずい……なぜだか解からないが俺は桜夜先輩の逆鱗に触れてしまったようだ……。
俺はどうすれば……。
「暗いと何も視えない。雷切の電流を灯りに使おう」
そういうことか……。
俺は全身の力を抜くように溜息をつく。
「ん……? どうしたのかね中沢くん。 今から最後の晩餐に挑む虜囚のような溜息をついて」
「……そんな溜息はついていません」
灯り一つないこの場に、一波、二波と閃光のような雷が流れ始めた。
「今、此処に雷魂を開放する」
桜夜先輩が呪を唱えた瞬間、激しい雷音を轟かせながら千鳥は雷切と変わり、刃身には雷神の如く帯電し始めた――!
「立花道雪、雷切っ!」
桜夜先輩の雷切が十分な程の灯火となり、この場全体を照らす。
雷切があれば……俺の火起こしはいらないんじゃないか?
だが、これも桜夜先輩に門前払いのように否とされた。
「潤、頑張ってね!」
灯りがついた事で位置が把握できた美唯は、俺の背中をポンッ優しく叩く。
「ああ、頑張るしかないんだな」
「お兄ちゃん? 何を頑張るの?」
何も知らない少女が頭を覗かせる。
「火起こしだよ。それが俺の役回りさ」
自分で言ってて更に虚しくなる。
でも、少しでもみんなの役に立つんなら……。
「ええぇッ!? まさか手動でぇ!? それこそ非合理的だよぉ!」
いつもの通り大袈裟な口調で言う少女。
「俺だってこんな非合理的な方法はやりたくないさ。だがあらゆる電力が使えない以上、これしかないんだよ」
「電気が使えないの? だとしてももっと合理的な方法はあるでしょ!」
この子……電気が使えない事を知らないのか?
ならこの世界の事も……。
いや、その事はまた後だ。
「例えば何があるんだ?」
もし方法があるのなら願ってもない事だ。
「こっちには銃とか刀があるんだよ! それを使えば簡単に火は点くよ!」
少女の意見に桜夜先輩が俊敏に口を開いた。
「簡単に言ってくれるじゃないか。私たちが試してないとでも思っているのかね?」
雷切を手にしている桜夜先輩が事を言うと、少し畏怖してしまう。
それぐらいの迫力だ。
だが、桜夜先輩の言うと通りだ。
俺たちは今まであらゆる方法を試して来たが玉砕している。
「お姉ちゃん、何か燃えそうな物はないの?」
少女の言葉を聞き、桜夜先輩はスカートのポケットに手を入れた。
そして、そこから白いふわふわとした物を取り出した。
「これなら問題なく燃えるだろう」
桜夜先輩の取り出したのは綿だった。
今までの火起こしで、何故出してくれなかったのだろう。
最初から持っていたのなら、もっと早くから出して欲しかったものだ。
「オッケー! それなら行けるよ!」
そう言って少女は桜夜先輩に近づく。
何か策でもあるのだろうか?
「何か考えがあるのかね?」
明らかに期待感の少ない眼差しで少女を視る桜夜先輩。
まぁ、俺も期待はしていないが……。
「もちろん!」
両手を腰に当て、寄りも上がらない胸を張る少女。
まさに勝ち誇ったような満足気の表情だ。
さっきまで一欠けらの期待もしていなかった桜夜先輩だが、その堂々とした態度に少しは意を示す。
「さあらの刀にこの綿を巻く。お姉ちゃんはさあらの刀に刀をぶつけて! そうすれば火花が散って……」
その瞬間、桜夜先輩は眼を大きくした。
「そうか! そうすれば火花が綿に引火し、やがては……!」
「そういうこと! お姉ちゃん! 早速やるよ!」
「面白い星見郷くん! 受けて立つ!」
……本当にそんなので火を起こせるのか?
出来るという確信で満々としているのは解からないが、二人は颯爽と準備を始める。
「中沢くん。君に雷切を託す」
桜夜先輩が眩しいぐらいに帯電している雷切を手渡される。
あまりにも唐突過ぎて、俺は動揺を隠せなかった。
「え……?」
「私はこれから星見郷くんと火起こしを目的とした鍛錬を行う。中沢君、その鍛錬が終わるまで雷切を持っていてくれないか?」
思わずその閃光の如く光る雷切を見つめてしまった。
そして、どうしていいか解からず桜夜先輩を一瞥してしまう。
俺がこの雷切を……? この俺が桜夜先輩の愛刀を握っていいのか?
その前に、本当にする気なのか?
「俺が持ってもいいんですか……?」
「君だからこそだ。これは戦いの為の剣ではない。皆の灯火を護る為の剣だ」
桜夜先輩に説き伏せられ、俺は雷切を手に取る事にした。
桜夜先輩が柄から手を離した瞬間、雷切全ての重みが俺の腕全体に圧し掛かる。
「おおぉ……!」
落さないように両手でしっかりと持ち直し、手旗信号のように雷切を構える。
こんな重い真剣を桜夜先輩はあんな軽々しく往なしているのか……。
その凄さが身に沁みてわかった。
というより眩しい……!
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
「準備オッケー! お姉ちゃん、いつでもかかって来なよ」
少女は一振の刀を中段で構えている。
その刃身の中心部に、白い綿が巻きつけてあった。
綿の影響で、この場の雰囲気が随分と変わるものだな。
「星見郷くん。覚悟は出来ているのかな?」
一方の桜夜先輩はまだ刀は構えていない。
雷切は俺が持っているから、恐らく三日月宗近を駆使するのだろう。
「お姉ちゃんこそどうなの? 腕の一本ぐらいは覚悟してる?」
「ふぅ、何を言って……」
「ちょっと待て! これは火起こしだ! 死闘でも何でもない!」
相殺しそうな空気の中、俺は原点に戻らせるため大声を上げる。
「おっと、そうだったな」
「あ、そっか。これは火起こしだったね。ありがとうお兄ちゃん!」
俺が言わなかったら、この場はどうなっていたのだろう?
「君には特別に、桜夜家の神刀で相手してやろう」
桜夜先輩が珍しく誇らしそうな表情をつくる。
そして柄を右手で握り、その宝刀の姿を魅せつけるようにゆっくりと刀を抜いた。
「桜夜飛龍、神刀ッ!神切ッ!!!」
なッ……! なんで火起こしで真打が登場するんだ!?
俺が驚愕している間に、その刃先を睨みつけるように少女へ向ける。
「そうこなくっちゃ!」
少女はグゥ!と柄に力を込める。
凍てつくように張り詰めた空気。
この圧し潰されそうな空気の中、両者は火起こしを遂行しようとしているのだ。
とても火起こしの場とは考え難い……。
「行くぞっ!!!」
桜夜先輩の発奮した声で、前代未聞の火起こしは始まった――