24話-(1) この世界の鍵 -StarSeeHamlet-
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「ここまで来れば追っ手も追いつけないだろう」
汗一滴も流さない涼しげな表情で、桜夜先輩は俺たちの軌跡を見つめた。
一方の俺は脚が震えている。
こんな距離を一息もつかないで走ったのは初めて……いや、異世界に堕ちたあの初日以来か。
呼吸を最優先する中、ろくに場所も把握出来なかったが、ようやく此処は林の中だと解かった。
拓けている場所だから、休憩は出来るだろう。
「大丈夫? 眼が怖いけど……」
流石の美唯もさっきまでは息を荒げていたのに、もう回復している。
「だ、大丈夫だ」
軽く手を上げ、美唯に笑みを返す。
その俺の表情に美唯も苦笑いを返した。
しばらく苦笑いし合う妙な空間が生まれた。
「中沢くん。成沢くん。色々と無理をさせてすまなかったな」
桜夜先輩が俺と美唯に歩み寄り、悲哀とも反省ともいえる表情でそう言った。
恐らく、武装高で起こった事を自分の責任にしているのだろう。
「桜夜先輩は何も悪くありませんよ。 それより少しは真実に近づきました」
武装高進入で得た情報、そして紐解けない様々な奇態。
それを手繰りよせば、真実へと導ける。
俺はそう確信している。
「真実か……」
桜夜先輩は左手を口元にあて、視線を右に流す。
未だ不明な点と点を繋ぎ合わせているようだ。
「全員で話し合って真実を解明しよう」
そう言って桜夜先輩はその場にゆっくりと腰を下ろした。
俺は……言うまでもなく疲労で立てないので最初から座っていた。
桜夜先輩に続き、美唯、月守さん、ガイ、清王さんが腰を下ろす。
こんな形で話し合いって初めてかもな。
「順に解明して行こう。まずは虹陵橋に警備人がいなかった事だ」
桜夜先輩を地軸に話は始まった。
最初の出来事は虹陵橋に警備人がいかった事だ。
桜夜先輩曰く、警備人は週番制になっていてサボれば手痛い処分が待っているらしい。
その時の事を思い出したのか月守さんは、
「本当にあれは怪しかったって! ああ、思い出しただけで頭がぁ……」
月守さんは声を荒げた。
その態度と口語は再び現場にいるような感じだ。
「後追いだが、朝倉は『視ての通り、この校内には桜凛武装高校の生徒はいない』と言っていた。警備人がいないと言う事も、校内に誰もいないという事も憶測だが朝倉の意図だろう」
月守さんを落ち着かすように桜夜先輩は流暢に話した。
「でも、何でそんな事をする必要があるんですか?」
俺の問いに、桜夜先輩は間を入れずに答えた。
「虚構を仕立て上げただけだろう。武装高全生徒は既に桜凛高校全生徒の殺害命令を受けて門出させた。朝倉はその言い回しを変えただけだろう」
桜夜先輩は最後に『朝倉というのはそういう奴だ』と付け加えた。
確かに朝倉という人物の性格もあると思う。
俺だって朝倉と会ったんだ。
「次は武装高の正面入り口に咲き誇っていた桜だ」
この言葉の語気は今までとは違い、戸惑いがあった。
「これは私には解からない。通常の世界でもあんな所に桜はなかった」
異世界に突如現れた桜ということか。
俺は武装高に行ったのが今回が初めてだ。
これは俺が解明できる謎ではないな。
「そういえば美唯は花で一番、桜が好きだったよな?」
「えっ? 確かにそうだけど……いきなりどうしたの?」
「いや、特にこれと言った意味は……」
俺はこれぐらいしか桜の事は知らない。
その流れで俺は視線を桜夜先輩へ向けた。
桜夜先輩の表情は晴れてはいなかった。
「これは憶測も出来ないな」
桜夜先輩は溜息雑じりでそう言った。
と、その言葉を聞いてガイは、
「そこまで重要視する所ではないだろう」
「……そうかもな」
桜夜先輩は苦笑いを浮かべ、思考を転回させた。
「その後は朝倉の挑発だ。だが、最も追求すべき点は朝倉ではなくスピーカーだ」
桜夜先輩の言葉で俺はその時を追憶する。
スピーカーを使えるという事は電気が使えるということ。
異世界の常識が覆された衝撃的な瞬間だった。
「この世界では人によって創られた電力は一切使えないはずだ」
この異世界に散りばめられている謎という点と点。
その点は中々一つの線上にはならない。
すると今まで口を閉ざしていた清王さんが口を開いた。
「なら人によって創られていない電力だった。これしか考えられない」
「……極言だが、私もそれしか思い当たらないな」
俺は桜夜先輩の雷切を思い浮かべる。
雷切に宿っているのは自然魂の一種である雷魂は人が創りだしたものではない。
つまり朝倉が使っていた電力も人が創りだした電力ではないということだ。
桜夜先輩もその極言に納得し、話を次に移行した。
「次は朝倉の是非だ。私たちは不覚ながら悉く朝倉の罠に嵌ってしまった。だが、そのいづれの罠も殺傷が無いものだった」
「それは性格上の事かも知れないが朝倉は最後、信号弾を放った。あの信号弾の意図は武装高生徒を戻す為だろう。つまり私たちを殺そうとしていた」
確かに桜夜先輩の言う通り、最初と最後の朝倉は手の平を返したように違った。
「もとより殺す気なら、何度でもその好機はあったはずだ。 ……私が囚われたとき拷問は愚か手厚い保護を受けていた」
桜夜先輩は自分が囚われた事を情けなさそうに言った。
視ても解かるぐらい相当桜夜先輩のプライドが傷ついているようだ。
「朝倉は途中で殺意に芽生えたとしか思えない」
途中で殺意に芽生えた……。
俺はあの屋上での出来事を思い出す。
朝倉と対峙した時、俺は異能である結界を発動させた。
その時の朝倉の表情は、不適な笑みを浮かべ、まるで核心に至ったようなそれだった。
考えてみれば、朝倉はそれから信号弾を放ち俺たちに殺意を向けた。
「もしかしたら……俺の左眼が原因かもしれません」
「中沢くんの左眼が原因だと……!?」
「まだ俺も解かりませんが、桜夜先輩のいた部屋に堕ちる前に俺は朝倉と屋上で対峙していたんですよ」
「なっ! なんだとっ!?」
桜夜先輩は眼を丸くして驚愕する。
ああ、そうか。
まだ桜夜先輩には伝えていなかったのか。
それ以前に伝えるタイミングもなかったしな。
「そこで朝倉に銃口を向けられて結界を発動させたら、朝倉は不適な笑みを浮かべて……そして落し床に嵌って……」
俺の言葉を聞いて桜夜先輩も何かに気付いたような表情を見せた。
「……そうだとしたら中沢くんの左眼が殺意の原因かもしれないな」
「なんで俺の左眼に殺意を……?」
「もしかしたら、中沢くんの左眼はこの異世界に関係しているかもしれない」
俺の左眼がこの異世界と関係している……。
どんな関係かは解からないが、悪寒が全身を駆け巡る。
「でも俺の能力は防衛用の結界を創りだすみたいなものですよ? そんな結界がこの異世界と何か関係があるんですか?」
「そう言われるとそうかもな……。異能というのは希代だが実在しない訳ではない。中沢くんがそうであるように武装高には異能科というものもあるぐらいだ」
「だが、中沢くんの左眼の異能はまだ未知数で謎が多い。異世界との関係がまったくないとは今は言い切れない」
そうか……。
俺はこの眼の事を何も知らないんだ。
名前愚か本当の真価も。
「逆に、中沢くんの異能がこの異世界から脱する為の鍵になるかもしれない。だから今はあまり思い詰めないでくれ」
俺の左眼がこの異世界から脱する為の鍵……。
それが本当なら俺は皆を救えるかもしれない。
「……解かりました」
微かな不安と確かな希望を抱いて、再び話は移行した。
「あと巨大熊、私を拉致した意味、術が使えない部屋、と色々あるがまずは……」
突如、桜夜先輩の言葉が途切れた。
何が起こったのか俺には理解出来ないまま、桜夜先輩は立ち上がりざまに千鳥を鞘から抜き、刃先を俺に向けた。
桜夜先輩の眼は、戦闘時に見せる圧倒される眼光。
一瞬、俺に向けられたのかと思ったが千鳥の刃先は俺の後ろ先を視ていた。
「隠れても無駄だ。出てきたまえ」
場の空気が凍っているかのような冷たい声で桜夜先輩は林に隠れている相手を直視する。
桜夜先輩の視線により敵の居場所が解かった俺たちは相手と距離を置く。
清王さんは常に握られている両銃の右の銃口を桜夜先輩の視線に合わせた。
一方のガイは既にこの場から消えていた。
「あ~あ~、強襲失敗かぁ~」
ゲームでも楽しんでいるかのように明るいアニメ声のような口調が、桜夜先輩の視線の先から聞こえる。
そして、ゆっくりと少女が林から姿を現した。
小柄な体型でオレンジのショートヘヤーにツインテール。
顔は体型と同じく童顔で、湖のような深いサファイヤのような澄んだ碧眼。
だが、その体型や顔に似合わないマシンガンを握っていた。
そして、桜夜先輩を視て子供のように明るく笑った。
「ええぇ~!? お姉ちゃん今時刀使ってるの!? 非合理的過ぎだよぉ!」
無邪気な子供のように笑いながら桜夜先輩を貶す。
そんな口調と言語に桜夜先輩はふっ、と鼻で笑った。
「非合理的だと? そんな重い黒光りする鉄の塊を使うのが合理的だとでも言うのかね?」
「なに言ってるのお姉ちゃん! 最近のマシンガンは軽量化されててただの鉄じゃ……」
「そんな事は知らん!」
2人の会話は学校で友達同士で会話しているかのような口調だった。
まるで知り合いのようだ。
「お姉ちゃんこそそんな重い真剣使って合理的なの?」
「この剣の重さは人の命の重さだ。君の黒光りの重さとは意味が違う」
「ははは……全然良く解からないけど」
「君が理解する日など一生来ないさ」
「ああ~! ひどいぃ~!」
普通の会話にはないこの張り詰めた空気。
それはお互いの銃口、刃先が相手に向けられているからだ。
「ねぇ知ってる? 刀はマシンガンに敵わないんだよ?」
「そんな虚実は知らないな。如何なる銃でも剣には勝てない」
その言葉に少女はにやっと不適な笑みを浮かべた。
「試してみる?」
「君が試したければ試すがいい。だが君も刀の切れ味を試す事になるぞ?」
「へぇ~! すごい自信!」
「言っておくが、私は剣を握って戦いに敗れた事は一度もない」
「へぇ~じゃぁ、これが記念すべき最初の負けになるんだね。お姉ちゃんの」
「ほぉ、私が誰に敗れるというのかね? まさか君にか?」
「それはすぐに解かるよ」
「そうだな。結果はもう視えているな」
瞬間、少女の眼が獲物を狙うような眼に変わった。
「最高に面白いよお姉ちゃん。さあらに見せて。お姉ちゃんの力を」