21話-(2)
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「ん……」
俺は瞳を開いた。
ここは……どこだ?
背中にはジャリジャリとした冷たい感触が伝わってくる。
どうやら、気絶してたらしいな……。
俺はブンブンと鈍い頭を振り、倒れていた上体を起こした。
「美唯……? 月守さん……?」
視線を落としてみると、俺のすぐ近くに二人も倒れていた。
どうやら俺と同じ気絶のようだ。
俺は安堵の息を漏らすが、安心している場合ではない。
周りを見渡すと、地面は砂で覆われている。
その光景から、すぐここは「グラウンド」だと理解できた。
「もう夕方か……」
朝一番で乗り込んだ桜凛武装高校。
だが、いつの間に夜が訪れようとしていた。
結局、真実には辿り着けていない。
得たのは疑問と謎ばかりだ。
「ん……あぁ……」
次は美唯が上体を起こした、
頭が痛いのか、左手でおでこを支える。
「ああ、美唯起きたか?」
「あ、うん……、ここは……グラウンド?」
「どうやらそのようだな……」
しかもグラウンドの真ん中だ。
まるで孤島にでも流された気分だ。
「うぅ……」
「大丈夫か? 頭が痛いんだろ?」
「だ、大丈夫……、少しクラッと来ただけ……」
「無理はするなよ美唯」
「うん……ありがとう」
俺も頭が痛くないといえば嘘になる。
鈍痛でジワジワと痛む。
俺は鈍痛を和らげる為に、遠い景色を見てみる。
が、何気なく見た視線の先には――
「こ、黒煙っ!?」
あれは校門の方向だろうか?
もくもくっと黒煙が上がっていた。
美唯も俺の視線の先を追う。
「本当だ……」
校門ということは、もしかするとガイ達かも知れない。
別行動を取るとき、集合場所は校門と約束した。
俺たちを呼ぶ信号煙かもしれない。
「もしかしたらガイ達かも知れない。行ってみよう」
「うん、そうだね」
俺は鈍い身体を起立させる。
ああ、なんか身体が重く感じる……。
立ち眩みにも襲われ、身体がダメージを受けていると認識できた。
「りんかっ! 起きて!」
美唯が月守さんの肩を揺らす。
「う……ん……」
そう呟き、月守さんは瞳をゆっくりと開いた。
「美唯先輩……」
「りんか、気絶起きで辛いとは思うけど動ける?」
気絶起きって……。
初めて聞く言葉だな。
「た、多分、大丈夫……」
「ほら、手掴んで」
「あ、ありがとう」
月守さんは美唯の手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
さぁ、俺も気合入れないとな。
「よっし!行くぞ!」
俺たちはグラウンドから校門へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
俺たちは黒煙がはっきりと見える所まで辿り着いた。
校門まで残り150メートルといった所か……。
「ああ……」
俺は間抜けな声を上げてしまった。
その黒煙の下に居たのは、ガイでも清王さんでもなく――
「く、熊だっ!!!」
あの時、出会った巨大熊が黒煙の下に座っていた。
約150メートル先でも、この度迫力だ……。
思わず背筋が凍りついてしまう。
「ひぃっ!」
月守さんは短い悲鳴を上げる。
さぁ、これからどうする……。
あの熊は俺たちに気付いていない様子だ。
なら、ここは退くのが上策か……。
「ねぇ、潤」
身を引こうとした瞬間、美唯が俺の袖をぐいっと引っ張る。
俺は美唯が引っ張る勢いで振り返る……。
勢いで振り返ってしまうぐらい、美唯の引っ張りは強い……。
「あれ……」
美唯が熊を指差す。
あれって熊だが……。
「朝倉じゃない?」
「ええっ?」
俺は半信半疑で熊の方を視る。
眼を凝らしてみると、熊の傍らに学ランを着た人影が見えた。
「ああっ!! あさくら―――――ッ!!!!!」
俺は無意識に力一杯に叫んだ。
150メートルでも容易に聞こえるだろう声量だ。
朝倉は俺の大声に反応し、振り返る。
そして朝倉は軽く右手を上げて見せた。
「待ってろよ―――――ッ!!!!!」
俺は疾走とは言い難いが、全力で走る――!
「じゅ、じゅんっ!?」
「せ、先輩っ!」
150メートルなら全力で走りきれる。
そういえば、なぜ俺は走っているのだろう。
自分でも解らない。
強い衝動と本能に駆られたんだ。
俺は、朝倉しか直視していない。
朝倉しか見えない。
ただ一心不乱に駆け抜ける――!
黒々と上がる煙。
その煙が、徐々に俺の視野を塞いでいく。
風さえなければ、黒煙は空へ昇るが、風はこちら向きに吹いている。
だが、構いはしない。
俺はただ駆け抜けるだけだ――!
徐々に鼻へ届く甘い香り……。
一心不乱の俺の心に戸惑いが生まれた。
なぜ甘い香りが……。
それにどこかで嗅いだ事のある匂いだ……。
俺はその匂いを嗅ぎ、秋を思わせた。
「お前も食べるか?」
「えぇ……?」
完全に隙を突かれた。
まさか話し掛けられるとは……。
くそぉ! 俺は何に戸惑っているんだ!
俺は朝倉を眼の前にし、俺は豪快にスライディングを決める――!
「うぉおおおおおおお―――――ッ!!!!!」
「おっと!」
か、軽々しく避けられた……。
俺はスライディングの勢いを殺さず、その勢いで立ち上がる。
「長野長官。焼き芋が焼けました」
朝倉が妙な口調で熊に、アルミホイルで巻かれたさつま芋を渡す。
その光景に俺は呆けた面をしてしまう。
熊も心なしか喜んでいるようにも見える。
「あさくら―――ッ!!! ようやく見つけたぞ!」
「き、貴様! 長官の食事の前でそのような放言を!」
長野長官とよばれる熊は、『グオォオオオオオッ!!!!!』と吼えている。
「長官はこの焼き芋の為に日々視察をしているのだぞ! 控えろ、控えんか」
意外と現金な熊だな。
言っていることはおかしいが、どうやら朝倉は本気だ。
「長官。お熱いので注意してください」
熊はグオォオオオオ!と吼えて返事をする。
「じゅん―――っ!!!」
「じゅんせんぱ―――ッ!!!」
高い声が近くで聞こえる。
美唯と月守さんは……俺を追ってきたのか?
「バカッ! なんでいっつもそんななのよ!」
「ご、ごめん……、今度からは気をつけます……」
美唯に起こられてしまった。
あれは衝動に駆られただけだ……俺の意思じゃない。
いや、俺の意思なのか。
一方、月守さんは間近の熊に怯え、発言を控えている。
「さぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。皆に焼き芋をご馳走しよう」
朝倉が4人分の焼き芋を取り出す。
俺たちにご馳走するって?
また何を企んでいるんだ。
「いいや、謹んでお断し……」
『ぐぅ―――』
ますっと言おうとした直前で、美唯の方からお腹が鳴る音が聞こえた……。
何というタイミングだ……。
これで断ったら説得力が微塵にないじゃないか……。
「!!!!!!」
美唯は息を呑むような声にならない悲鳴を上げ、お腹を押さえる。
そして、頬がみるみる火照る。
その美唯の姿を視て、朝倉は優しげに微笑んだ。
朝倉は有無も言わず、美唯に焼き芋の入ったアルミホイルを渡した。
そして、口元をゆっくり耳へ近づけた。
「熱いから気を付けるんだぞ」
朝倉はそう呟いた。
その仕草に美唯は――
「――ッ!!」
キュンと来ていた……。
それはそうだ。
長身で尚且つ顔立ちでルックスも申し分無い。
だが、目つきは悪い。
常に何か企んでそうな目つきだ。
続いて朝倉は、無言で月守さんにも焼き芋を手渡した。
そして、朝倉は背中を向ける。
「あ、あああありがとうございます!」
月守さんもキュンと来ていた……。
その言葉に朝倉は首だけ振り向き、横目で微笑んだ。
その動作に、月守さんは更にキュンと来ていた……。
気が付いたら、俺の眼の前にも朝倉の手に乗った焼き芋があった。
「あ、ありがとうございます」
俺はその焼き芋を何の戸惑いもなく受け取る。
受け取ってから気がついた。
俺は何をしているんだ……。
相手はあの朝倉だぞ!
|桜凛高校(俺たち)の殺害命令を出したんだぞ!?
そんな奴の振舞う焼き芋を食べていいのか!?
激情する思いで、俺は美唯の方を視てみる。
「は~むん」
満面の笑みで焼き芋を食べていた――!
「朝倉さん! このお芋おいしいですね!」
「はっはは、なら良かった」
「あ、本当だ! 美味しい!」
月守さんも焼き芋を口にする。
皆が食べて、俺だけ食べないというのもな……。
俺は腹を括ってアルミホイルを剥いでいく。
と、そこに現れたのは香ばしい匂いをこれでもかっというぐらいに放っているさつまいも。
これは確かに美味しそうだ……。
俺はそのまま口元へ運ぶ。
「こ、これは美味い!」
思わず笑みが毀れてしまった。
なんでだろう?何故だがすごく美味しく感じる。
絶妙の甘さでホクホクしてて……。
美味しく感じたのは、お腹が空いていたというのもあるかもしれない。
だけど、これは何時食べても美味いだろう。
その後も、俺たちは夢中で焼き芋を頬張っていた。