20話-(1) 知って壊れる世界を俺たちは既に知っていた
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「こ、ここは……?」
今まで気にもしなかった。
ここはどこなんだ?
確か落とし床にはまって、急降下して、それから……。
そう!バウンドして……。
なんだか、ものすごい状況が随分と起こった気がする。
「実は、私も良く分からないんです」
「え……?良く分からない?」
架瀬さんの言葉に反射するように、俺は部屋を360度見回した。
この部屋にあったのは、高級感漂うシングルベット、食器棚、キッチン……。
そして何と立派な大理石のテーブル、そしてこれもまた立派なソファー。
どう見ても一流ホテルの部屋だった。
「随分セレブな部屋だな……」
思わず本音が出てしまった。
ここは架瀬さんの部屋なのだろうか?
いや、本人は「良く分からない」と言っていた。
ならここは……?
「う、うわ~~~!立派な部屋~~~!!」
美唯は興奮したのか、両手を大きく広げ、グルグルとゆっくり回っている。
確かにそうしたくなる広さだ。
あれ?そういえば月守さんは?
「美唯、月守さんは?」
「あ、りんかなら私がベットまで運んどいたよ!」
グゥ!っと親指を大儀そうに突き立てる美唯。
俺もシングルベットに眼を遣ると、確かに月守さんが眠っていた。
「ば、バカ!ここは架瀬さんの部屋……でもないのか?とにかく特別な部屋なんだからそんな勝手なことを……」
「いいんですよ。私の部屋でもありませんので、好きなように使ってください」
好きなように使ってくださいって……。
逆にどんな風に使えばいいのだろう。
すると、架瀬さんはソファーの方に手を差し出した。
「立っていては疲れるので、どうぞ座ってください」
っと架瀬さんは言い、自分で示したソファーの向かい側に座った。
「ありがとうございます!」
そういい美唯はゆっくりと腰を下ろした。
と、俺だけが立っている状況になってしまた。
「あ、ありがとうございます……」
俺は座る位置を何度も確認する。
これは普通のソファーじゃない。明らかに桁違いの代物だ。
それだけでも緊張するのに、更には架瀬さんが見ている。
「ソファーには爆弾も何も仕掛けてませんよ……?」
架瀬さんは優しく俺に微笑んだ。
いや、笑われたの間違いだろうか?
「そうだよ潤!もし仕掛けられてたら私は今頃グチャグチャだよ!」
「そうだったら俺もグチャグチャだわ!」
美唯の下で爆発すれば、もちろん隣にいる俺も巻き添えになる。
想像したくはないが、美唯がいうグチャグチャだ。
俺はゆっくりと腰を下ろす。
まるで、それはスーパースローカメラのように。
まるで、ウォシュレットではない便座に座るように。
俺の懸命な姿を見て、架瀬さんがなぜかクスクスッと笑い出した。
[なんでそんなに懸命なんですか?可笑しな人ですね」
クスクスッ。
まだ架瀬さんは笑っていた。
「すいません。うちの潤が変な子で……」
そう美唯がいい、強引に俺の頭を名の通り鷲掴みする。
架瀬さんに笑顔で軽く何度もお辞儀をしながら美唯は――
「ぐはあぁ!?」
力一杯に俺を座らせた。
頭が取れるかと思った。
だから俺は座っても、ただ頭を抑える。
「ああ、大丈夫ですか?中沢さん?」
「これが大丈夫に見えるかい?」
俺は頭を抱えながらも、笑顔で言い切った。
「す、すいません……」
「別に謝るところではないと思うけど……」
さぁ、これから何を話せばいいのだろう。
その前にまず、この激痛を鎮痛しよう。
「あ、お茶淹れてきますね。ちょっと待っててください」
「あ、お構いなく~」
架瀬さんと美唯の会話が聞こえる。
音からするに、架瀬さんはお茶を淹れに行ってくれたそうだ。
すると、美唯が俺の耳にこそこそ話の格好をする。
(ねぇ。こんな世界なのに随分と普通じゃない?)
こんな世界……。
確かにそうだ。
ここは異世界で、人と人の殺し合いという狂気も日常化している。
架瀬さんはどこから見たって普通の女学生。
武装高校の生徒であるということが少し気にはなるが、いたって普通の女の子だろう。
(何も知らないんじゃないか?架瀬さんは……)
(私もそれは思った。でも絶対に気付くでしょ?普通じゃないって)
『普通じゃない』
俺達だって気付いた。
異世界なんて何も知らないとき、あれは俺の家だったのだろうか?
テレビも映らなくて、携帯も使えなくて……。
その上、周りは閑静で気味が悪かった。
それだけでも気付いた。
何かがおかしいって。
(そうだな……。俺たちだって気付いたんだからな。普通じゃないって)
しかし、架瀬さんの言語や行動から憶測するに知っている素振りがない。
それにこの部屋、私も良く知らないと。
(それに、この部屋が良く知らないっておかしいでしょ?最初から架瀬さんはこの部屋にいたんだから)
俺と同じことを美唯は考えていたらしい。
まさか、俺たちを騙しているのか?
架瀬さんも朝倉の罠なのか?
いや、朝倉の罠とはとても思えない。
なんでだろう?直感というものだろうか?
恐らく、同じことを美唯も感じているだろう。
(それとなく聞いてみるしかないな……)
(うん……。私もそれが良いと思う)
話し合いが終わったところで、美唯は俺の耳から顔を離す。
そしてタイミングを計っていたかのように――
「お茶入りましたよ」
お盆にお茶を四つ乗せ、手馴れた趣で運ぶ。
トンッと心地よい音を立て、架瀬さんは四つのお茶を大理石のテーブルに並べていく。
「あ、ありがとうございます!」
美唯は明るく、そして笑顔でお礼をする。
「これぐらいしかありませんが、召し上がってください」
そして、なぜか「おはぎ」をテーブルに置く。
あ、合わない……。
この高級感漂う部屋におはぎ……。
そして、清楚な架瀬さんにおはぎ……。
ここは笑いたいが、俺は必死に笑いを堪える。
「おはぎ!おいしいですよね!?」
美唯は素で興奮しているぞ。
「ええ!おいしいですよね!私も大好きですよ!」
へ、へぇ~。
おはぎが好きなんだ……。
「お茶とおはぎってすごく合うんですよ?食べてみてください」
そういい、数多く積み上げているおはぎの皿を俺たちのところに置く。
「「あ、ありがとうございます」」
俺と美唯の声は見事にシンクロし、お皿からおはぎを取る。
そして手に取ったおはぎを口へ運ぶ。
「「ん……!?これは……!?」」
俺と美唯は大きく眼を見開く。
あまりの同じ動きと同じ言語に、架瀬さんはビクッと肩を震わせた。
「な、なにか危険物でも入っていましたか……?それとも、こしあんがお気に召しませんでしたか……?」
「「うま―――――いっ!!!」」
なんだ!?この美味しいおはぎは!?
滑らかかつ甘すぎでもなく、食感も素晴らしい!
この感想を述べてる間でも涙が止まらないぞ!
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
架瀬さんはバネでも付いているかのように立ち上がり、両手をパンッと合わせる。
「「え……!?これ架瀬さんが作ったんですか!?」」
俺と美唯はおはぎを食べてからのシンクロ率が尋常じゃない。
それほどこのおはぎは美味しいのだ!
これを架瀬さんが作ったのなら俺は号泣するぞ!
「え、ええ……。そうですけど……」
「「す、すごい……!!」」
この素晴らしいおはぎは架瀬さんが作ったのか!?
す、すごい……!!すごすぎる!
「あ、ありがとうございます!」
深く90度ぐらいふかぁ~いお辞儀をする。
そして、架瀬さんも自分で作ったおはぎに手を伸ばす。
ぷわぁっと明るい顔をし、そのおはぎを口に運ぶ。
「う~ん!おいしい~!」
頬に手を当てながら本当に美味しそうに食べる架瀬さん。
なんて幸せそうな表情だろう。
なんだかこっちまで幸せに感じてしまう。
『幸せ』を感じたのはなんだか久しぶりな気がした。
もし、この世界のことを何も知らないなら、俺は彼女の幸せを壊したくない。
俺は架瀬セナに真実を知ってほしくなかった。