18話-(1) 桜月導の失跡
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「桜夜先輩が……誘拐された――!?」
自分で言って自分で信じられなかった。
あの桜夜先輩がだぞ!?そんな事がある筈がない!
じゃぁ、桜夜先輩は何処に……。
「うそ……でしょ……」
美唯の顔から血の気が引ける。
その表情だけでも、どんなに酷い状況かが分かる。
俺達のリーダ格……いや、リーダーだった桜夜先輩が今……。
この場にいない
「至高の桜月導……」
清王さんは桜夜先輩の称号『至高の桜月導』と小さく呟き、朝倉が去って行った廊下を重視する。
「恐らく中沢の言う通りだろう」
ガイは低い口調でそう皆に言い、俺の顔を一瞥する。
俺の言う通り……。
つまりは、桜夜先輩が誘拐されたということ。
「沙耶先輩が……誘拐……?」
月守さんは手を自分の胸に当てる。
額からは汗が滲み出ていた。
気が付けば、俺の心悸は速まっていた。
悪い思考ばかり浮かんでくる。
俺は峻烈に慄然する思考を押し殺した。
落ち着け……。落ち着くんだ……。
桜夜先輩が誘拐されたなんて、俺には信じられない。
俺は桜夜先輩の強さを知っている。
知っているからこそ信じられない。
「朝倉に誘拐された……のか……?」
俺は無粋な問いをする。
逆に言えば、朝倉しか考えられない。
「それしか考えられない」
清王さんに即答され、ようやく実感が湧いて来た。
桜夜先輩がいないということの……。
俺達は……どうすれば良いんだ……?
桜夜先輩なら、次はどうしたんだ……?
桜夜先輩の存在がどれ程大きかったのか、身を持って痛感する。
俺達にとって、不可欠な存在だったということか……。
……。……。……。
会話が生まれない。
今まで俺達はどうやって接していたのかさえも分からなくなった。
俺達の仲を綴っていたのも桜夜先輩だったんだな……。
桜夜先輩が失跡して初めてそれが分かった。
俺が……俺がどうにかしないと……。
だが、何を言って良いか分からない。
何をして良いのか分からない。
俺が皆を纏められるのか?
いつも守られている身の俺に、そんな力はあるのか?
いや、そんな事はどうでもいい!
このままだと、皆がバラバラになってしまう!
「まずは皆で話そう。今後の行動を」
この張り詰めた空気の中、俺の声だけが響く。
するとガイが一つ息を吐き、俺を視る。
「そうだな。それが最善だろう」
ガイが周りを見渡す。
その視線の先には、俺、美唯、月守さん、清王さんしかいない。
気が付けば、俺達は円状に並んでいた。
話し合うにはベストな形態だな。
「二手に分かれないか?」
二手に分かれる!?
ガイの一言に俺は耳を疑った。
「俺と翠華で朝倉と"異世界"の情報を模索する。お前達は至高の桜月導を助けろ」
そうか……。俺達は真実を調べに来たんだ。
確かに全員が桜夜先輩の捜索に当たったら、朝倉は愚か真実すら分からない。
「そうだな。まずは二手に分かれよう。美唯、月守さん、それでいいな?」
俺は二人に同意を求める。
「うん、潤がいいなら」
美唯はコクリと頷く。
それに続けて、俺も頷く。
「えっ!?何ていうか……私達のグループって火力不足じゃない?」
月守さんの言う通りだな……。
ガイのグループは問題はないと思うが、俺達のグループは"火力不足"だ。
「大丈夫、朝倉は私達を殺すつもりはない」
月守さんの問いに清王さんが答える。
「どの罠も死ぬような罠ではなかった。でもピアノの罠は死んでいたかもしれないけど」
確かに清王さんの言う通りだな。
清王さんが掛かったハムスターの罠だって爆弾だったら俺達は死んでいた。
だけど煙幕弾だった。という事は朝倉は殺す気はないのか?
いや、さっきのピアノの罠は例外だ。
壁すら貫く程の威力だ。人の身体に直撃すれば死の恐れもあるだろう。
だが、俺達にも時間がない。迅速に桜夜先輩を救出しなければ!
「俺達には時間がない!とにかく動きだそう!」
俺は拳を握り、強く唱える。
「そうだな。万が一の集合場所は校門だ。いいな?」
今度はガイが皆に確認をする。
ガイの視線の先には、同じ志を同じ表情をする俺達がいた。
「ああ、ガイも無事でな!」
「俺からすれば、お前達の方が心配だが……」
ガイが苦笑を浮かべる。
確かに武器も持っていない俺達は無力だろう。
だが……。
「大丈夫だ!俺にはこの"左眼"が有る!」
俺は左眼に左手を添える。
"左眼"
俺は異能者。
この左眼には、皆を守れる力が宿ってる。
俺は名前も知らないこの左眼に、俺達の運命を賭ける。
「左眼?」
ガイは不思議そうな表情をする。
ああ、そっか……。
ガイ達は知らないんだよな……。
「だから大丈夫だ!行くぞっ!」
桜夜先輩の言葉を真似てみる。
先輩は必ず動き出す時、『行くぞ』と口にする。
俺はその言葉で、随分とやる気を貰っている。
俺だけではないだろう。きっと全員だろう。
「分かった。死ぬなよ」
「ああ」
俺とガイは強く握手を交わす。
そこには、希望に満ちた感覚があった。
「翠華ちゃんも気を付けてね?」
美唯は微笑みながら、清王さんに手を差し伸べる。
「す、翠華ちゃん……」
清王さんが笑った?
恥ずかしいのか頬を少し紅潮させている。
そして、杞憂しながらもゆっくりと美唯の手を握った。
「ああ~!照れてる翠華先輩、か・わ・いい~!」
すぐ近くに居た月守さんが、清王さんに賺さずちょっかいを出す。
「――ッ!?」
その言葉を聞いた清王さんがビクッと肩を震わせる。
その光景を見て、俺とガイはクスリッと笑った。
「翠華。楽しい所悪いがそろそろ行くぞ?」
ガイが清王さんに悪戯そうに言う。
清王さんはその言葉に機敏に反応し、ガイの方を向く。
「た、楽しい……???」
「ああ、今の翠華は楽しそうだぞ?」
「楽しい……」
清王さんがそう呟いた。
俺達と出会った時から、一つの笑顔も見せなかった『清王 翠華』
だけど確かに今、俺にも楽しんでいるように視える。
「そうだよ!楽しいのは良い事だよ?翠華ちゃん」
美唯は眩しすぎる笑顔を清王さんへ向ける。
「す、翠華ちゃんと呼ぶな……はずかしぃ……」
清王さんとは思えない口重な感じだ。
だけど、俺は今の清王さんの方が好きだ。
だから皆も笑っていられるんだろう。
何時までもこうしていたい。
だけど、急いで桜夜先輩は救出しないといけない。
そうじゃないと、桜夜先輩の身も危険になる。
名残惜しいが、俺は動きだした。
「何時までもこうしては居られない。桜夜先輩を探さないと」
この空気を壊してしまう俺の一言。
この一言で俺は此処が普通の世界ではないと痛感する。
「そうだな……行くか……」
ガイも名残惜しそうな表情を浮かべ、背負ってあるスナイパーライフルを背負い直す。
「翠華!行くぞっ!」
その言葉と同時にガイは俺達に背を向ける。
清王さんが軽く頷き、ガイの後ろに着いて行く。
「中沢!集合場所は校門だ!忘れるなよ!」
ガイの背中から声が聞こえる。
その背中は確実に小さくなって行く。
「ああ!ガイも忘れるなよっ!」
俺達は離散際も、全員笑顔だった。
約束の場所へ"仲間"を導く為に。
(幸運あれっ!!!)
俺は最後にそう"魂"で叫んだ。
魂が通じ合っている"仲間"しか聴こえない声で。