16話-(1) ラビリンス
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
「君の魂に抱かれて」は本編とboy and girls' aspects
で構成されています。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
「行くぞっ!!」
先輩はドアノブにかけていた右手を捻らせる。
俺はコクリと息を飲んだ。
『ガチャッ!』
勢い良く開け放たれてドアは、音を立てて開く。
俺は放送の中を凝視する。
「だ、誰もいない……」
放送室は既に蛻の殻だった。
ガイは少し前に出た。
「ハズレか……」
この放送室には人の気配一つしない。
そんなには容易くいくはずがない。
仮にも、相手は戦術科の代表。
俺達は、更に放送室の内部へ進入する。
「さっきの放送も、此処からだったのかな?」
月守さんはお化け屋敷でも入るかのような表情で、放送室へ入る。
「ああ、恐らくはそうだろう」
ガイは振り返りってそういった。
確かに放送はあった。
あの朝倉が俺達に対する挑戦状だ。
だが、放送には電気が必要。
この異世界では、電気が使えない。
なのに使えるのは、おかしな話だ。
なにか、仕掛けがあるのか?
『ガチャ……』
後ろでドアが動く音が聞こえた。
「な、なんだ……」
俺達はドアの方を振り返る。
さっきまで開いていたドアが、閉まっていた。
「ど、ドアが閉まってる……?」
月守さんは驚愕の表情を作る。
「閉まってるじゃなくて、閉められた」
確かに清王さんの表現が正しい。
何かによって閉められた。
これも朝倉の罠なのだろうか……。
見事に嵌められた。
「此処にはなにもない。行くぞ」
先輩の声と共に、俺達はドアの前へ歩く。
此処にはなにもなかったか……。
そう簡単には尻尾を見せてくれないか……。
先輩はドアノブを掴む。
だが、捻れない。
「やはり、外から鍵が掛けられたか……」
閉じ込められたか……。
これも計算通りという訳か……。
「なら、壊せばいい」
『カチャッ!』
清王さんは右手に構えられていた銃を、ドアノブに向ける。
すると、桜夜先輩は銃身に左手を、清王さんの銃を下ろした。
「弾がもったいないだろ?」
そういうと先輩は、鞘から千鳥を抜く。
「危ないから下がっていろ」
先輩は背中で語りかけた。
下がった方がよさそうだな。
本当に危なさそうだ。
「翠華、下がるぞ」
「…………」
ガイに続いて、清王さんも下がっていく。
「美唯、月守さん、下がるぞ」
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
「はぁッ!!」
先輩は上段構えから、ドアノブへ目掛けて下袈裟に斬る――!
『ガキンッ!』
千鳥の刃身とドアノブがぶつかり合い、高音が鳴り響く。
『ガコンガコン……』
床へ落下したドアノブは、音を鳴らしながら、ゴロゴロと滑る。
「やったか桜月導?」
ガイは先輩の事を桜月導と呼ぶ。
どうやら、ドアノブは壊れたようだ。
先輩はドアに蹴りをお見舞いする。
『バーンッ!』
その蹴りは、ドアの真ん中上に激烈。
美しく、高さもある蹴りだ。
今、一瞬だけドアになりたいと思った。
その蹴りの衝撃で、ドアが猛スピードで開いた。
「よしッ!」
先輩は、千鳥を鞘へ戻した。
そして、両手をほろうようにパンパンと叩く。
「お見事です」
この一言しかいえなかった。
台本があるかのような完璧な動きだった。
「行くぞッ!」
先輩の声と共に、俺達は放送室から脱出した。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
再び廊下へ出た。そこはT字路。
つまりは、進めるのは右か左か……。
俺達は進まずに立ち止まり、考える。
さぁ、分かれ道だな……。
「右か左か……」
先輩は左右を交互に振り返る。
「でも、左側はさっき通ったよね……」
月守さんの言う通りだ。
左側には、机が散乱している。
さっき、俺達が通った道だ。
「なら、右か……」
先輩は右側を振り向く。
「罠ね」
清王さんは無表情のまま、そういった。
「罠?」
先輩は清王さんに聞き直す。
「そう、罠」
清王さんがいうに、右に行くのが罠といっている。
どういう事だろう?
「私達が放送室に行くことを朝倉は予想していた。だから鍵を掛けられた。だからあの机の壁を作った」
確かに外から鍵を掛けられた。
そういえば、桜凛武装高校の生徒はいないって言ってたよな……。
なら、手動で鍵を閉めたということになる。
つまり、鍵を閉めたのは、唯一キャンバスにいる朝倉。
次は机の壁のことだが、あの机の壁は、確かに放送室の前にあった。
だけど、あの机の意味がイマイチ分からない。
「朝倉は方法は何にしろ、あの机の壁を崩すと踏んでいた」
俺は、机が散乱している左側を見つめる。
改めて見ると、本当にすごい数だ。
「それも全て、右側へ誘導する為の罠。私達は今まで、朝倉の思い通りに動いていたということ」
今まで朝倉の思い通りに事が進んでいただと……。
全ては朝倉の計算通りなのか……?
それは違うと否定したいが、その理由がまったく思いつかない。
「それは減点だな、翠華」
「減点?」
清王さんにしては珍しく、少し驚くような表情を作る。
表情が変わったの、初めてかもな……。
「なら、朝倉も左側には行けないはずだ」
左側は机に埋もれている。
カギを掛けたのが朝倉だったら、カギを掛けた後は右側の方へ行ったはず。
「確かにそうだな。なら、朝倉は右方面に向かって行った」
桜夜先輩は両腕を組み、考える。
此処から行ける道は二つ。
右か左か。
一方の左は、机で通行止め。
だが、行けないという訳でもない。
現に俺達はその道を通って此処へ来た。
右側は机もないし、正常。
問題は、朝倉だったらどっちを進むかだ。
「あと一つある」
ガイは放送室のドアを振り返る。
「何故、カギを掛けたのか」
う~ん……。
確かに何故朝倉は、自分の居場所が特定されるような事をしたんだ?
時間稼ぎにしかならないような……。
ん……?時間稼ぎッ!?
「そうか!時間稼ぎかッ!?」
現に俺達は今、止まっている。
この段階で、既に時間稼ぎなんだ!
「そうだ。時間稼ぎだ」
ガイはそういうと、小さく頷いた。
だとするなら……俺達はどうすればいい?
既に朝倉に時間を与えすぎている。
「じゃ、じゃぁどうすれば……」
月守さんは左右を何度も見比べる。
右か左か。
選択肢は二つか……。
「朝倉は恐らく右から通った。なら私達も右に行くのみ」
これも、朝倉の戦略なのか……?
いや、でも朝倉も人間だ。
ここまで読めるはずがない。
「そうと決まれば行くぞ。翠華」
今の所、遭遇した罠は一つ。
そういえば、朝倉は『校内に這い巡らされている屍』と言っていた。
つまり、こんな程度ではないってことだ。
結局俺達は、右側を歩いていった。