9月7日/侑eyes 最後の日
深い眠りにはつけなかった。
もちろん粢先輩と同じベットで寝ている影響が大きいが、あの時の少女が言っていた言葉がどこか引っ掛かるのだ。
「日が明ける頃には屋上にいるかも!」
どうして俺なんかに言う必要がある? 警備員が居てただ隠れることしか出来なかった俺にどうして?
何かがありそうという直感。それは日が明ける時刻が近づくにつれ膨張するよう大きくなっていく。
「行った方が良さそうだな」
俺はゆっくりと上体を起こし、窓の先を見つめた。――まだ薄暗いがもうじき日が明ける。
「……侑?」
起き上がろうとした瞬間、袖を掴まれ引き留めようとする粢先輩。
ああ、俺は何をやってるんだ。粢先輩に単独行動をするなっと言ったくせに自分がしようとしてるじゃないか。
「あ、おはようございます」
一度自分を顧みて彼女の眼を見据える。
「……あぁ、おはよう。……どこかに行くのか?」
まだ眠そうな粢先輩には申し訳ないが、もう刻限のようだ。
俺は粢先輩にあの一件を話した。
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「――なるほどな。行ってみて損はない話だ」
粢先輩の意識も完全に覚醒し、いつもの凛とした姿になった。
夜にあんなに甘えていた姿を知っているからちょっと笑えてくる。
「……なにニヤついてるんだ?」
「え? ニヤついてましたか?」
「そりゃもう変態ですと誇示してるばかりに」
……どうやらかなりニヤついていたようだ。今後は気を付けなければ。
「日が明ける。私たちだけで行こう。時間も限定されているからな」
確かに蒼生先輩たちや聖夜たちを集めるとなると、かなり時間が経ってしまう。
生死が関わるような危険もないだろう。もしそうなっても此処ならすぐに助けが来る。
一番大切なのは約束の時間に遅れないことだ。
「そうですね。行きましょう」
粢先輩は机の上に置いてあったサブマシンガンをホルスターに入れ、小刀を携えて準備を整えている。
俺もハンガーに掛けていた防弾コートを羽織り、その懐に入っているコルト・ガバメントの有無を確認した。
出来ればこんなのは使いたくないものだな。でも万が一の時はこれで。
「準備はいいな? では行くぞ!」
名残惜しいこの部屋とも別れを告げ、少し急いだ小走りで屋上を目指した。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
やはり穏やかじゃない。どこか騒がしい。
理由は解っている。今日が最後の日だからだ。
この異世界が永遠に続き本当の世界が消滅するか、この異世界が消滅して本当の世界を守れるか。
もちろん誰もが後者を望むだろう。だけど絶対的な運命はその是非を今日問おうとしている。
「……いよいよ現実味が帯びてきたな」
「……そうですね」
辺りを見渡すと様々な人が眼に映る。
円陣を組み異世界を壊そうと指揮を高める者たち。叫声を上げながら己の主張をぶつけ合う者たち。
ひとりひとりの戦いが始まっている。
皆が一つになればこの世界も終わるのだろうか? その問いに答えはない。
目的は同じだけど歩み方が違う俺たち人は敵対し傷つけ合う。本当に人は不器用な生き物かもしれないな。
「ふぅ、面白いことをするもんだな」
そんな事を一人黙考していると、前方を見ていきなり粢先輩が微笑みだした。
「え?」
不思議になって俺も同じ視線を見てみると――
「待ってたぜ」
ファーゼストクンパニアンが俺たちを迎えてくれた。
誰一人欠けることなく、俺たちはここにいる。今日が世界の最期と知りながら――
「内心、あんたが単独行動してんじゃないかってヒヤヒヤしたわよ!」
ビシィと人差し指を粢先輩に差す緋咲。だが、その態度とは裏腹にどこか安心して気が抜けたような声だった。
「まさか心配してくれたのか?」
「し、心配!? 誰があんたなんか心配するもんですかッ!?」
「お前、目にクマできてるぞ? 心配で寝れなかったのか?」
「んなぁ――ッ!? やっぱりッ!?」
蒼生先輩の言葉を丸呑みにした緋咲は俊敏にポケットからコンパクトミラーを取り出し、恐る恐るそれを見つめる。
「って!クマなんてないじゃないのッ!?」
「やっぱりって事は昨日寝れなかったんだな。何が原因かは知らないが……」
嫌味たらしく首を傾げる蒼生先輩にうっと一つ唸り、何も言い返せない緋咲は静かにコンパクトミラーをポケットに戻した。
何か言い返したいのかただ眉毛をぴくぴくと動かすだけ。
「本当にお前らは変わりないな。今日が世界最後の日かもしれないというのに……」
そう言い粢先輩は苦笑いを浮かべる。
「別にだからと言って気落ちする必要はないですぜぇ。それに世界を救うのは俺たちなんだからな」
「おぉ~! 聖夜くんすご~い! じゃぁ全部聖夜くんに任せちゃうねぇ~!」
「おう!任せとけ!」
「おうじゃない! 絶対に無理でしょあんたッ!?」
誰一人いつも通りだった。聖夜も奏笑も菜月も。
世界の終りを目前にして笑い合っているのは、どこを探しても俺たちだけだった。
それがどうしてか面白くて、どこかすごく可笑しくて、俺たちはずっと笑い合っていた。