9月7日/侑eyes 続くストーリー
「……今日でこの世界とも決着がつくのか」
星の見えない体育館天井を眺めながらそんな事を呟いていた。
いつもと違って敷布団があり温かい。まるで避難所にいるかのようだ。
「……粢先輩が心配だ」
あの後、再び俺たちはファーゼストクンパニアンとして世界を守ることを誓った。
だからこその休暇。準備を整える為にも一夜を武装高で過ごすことにした。
電気のない体育館は当然暗く、何一つ前が見えない。粢先輩は自分の部屋で休んでいるようだが……。
単独行動を取っていないか心配だ。
「見に行くか」
俺はゆっくりと立ち上がり、ポケットからマッチを取り出してすぐに火を点ける。
これで目の前は辛うじて見える。焼き落ちる前に早く行かなくては……。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ、あぶねぇ」
出口である金属の扉を開けた瞬間、指に熱気を感じてすぐ手放したのが正解だった。
前を模索しながらマッチの状況を確かめるなんて神業だ。俺に出来るはずがない。
俺は廊下に落ちたマッチを鎮火させるためグリグリと靴で踏み拉いた。
「とりあえず外に出るか」
確か寮は体育館の逆側にあったはずだ。そして部屋番号は437だったはず。
はずばかりで何とも言えないがとにかく行動する事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
「……あれは警備員」
夜な夜な行動するまさに俺のような人を取り締まる為の存在が視野に入ってくる。
物陰へ俊敏に隠れ身を隠すが……さてどうしたものか。
「警備員さ~ん!」
どこからか幼い女の子の声が聞こえてくる。
どうやら此処へと繋がる橋から来た武装高の生徒らしい。
「ん? どうした?」
「桜凛高校の生徒を一人保護して参りました!」
「そうか。夜遅くご苦労だった」
「警備員さんこそ徹夜勤務ごくろーさまです!」
ビシィっと敬礼していそうな明るい口調。
話の内容からするに善者だろう。裏取引とかじゃなくて助かった。
その隙に警備員の目を盗んで寮へ行こうとした瞬間――
「さっきからそこで何してるのお兄ちゃん?」
「……うおぉ!?」
先まで警備員と話していた少女が目の前にいる事に、思わず腰を抜かせて声を上げてしまった。
良く見るれば、この少女を合わせ4人いることに気が付く。周りが暗くシルエットしか見えないのだが……。
「さあら!驚かしてどうすんのさ!」
「ごめんごめん! 許してってばりんか!」
襲われるとも一瞬思ったが、どうやら本当に悪い人たちではなさそうだ。
ちょっと子供っぽい女の子がいるようだが……。
「星見郷。置いて行くけどいいの?」
「あ~! 待ってよ翠華お姉ちゃん!」
二人のシルエットが先へ行き、もう二人がその後を追って行った
「日が明ける頃には屋上にいるかも! まぁ、独り言だけどねぇ!」
そう最後に言い残した。
日が明ける頃に屋上、か。意図は見えないが何かありそうだな。
とりあえず覚えておこう。
「さてと、寮に行ってみるか」
もう一度警備員を見てみると、やはりここを通り抜けれる気が薄れてきた。
別に殺される訳でもないし酷い目に合う訳でもない。だが捕まって体育館に戻されるなんて俺は御免だ。
ちょっと運動がてら全力でダッシュしてみるか。
(行くぜ!)
心中でそう叫び、俺は警備員の後方を全力で駆け抜ける――!
「だ、誰だ!?」
呼びかけに一切振り向かず、暗闇が功を奏してくれると信じて走り続けた。
……なに俺はスリルを味わってるんだが。迷惑も甚だしいな。
だが、今のうちに身体を温めておくべきかもしれない。
「ふぅ、どうやら振り切ったらしいな」
建物の壁に身を隠し周囲を見渡す。追ってくる気配もない。
さて寮はこの辺りのはずだが……。
「まさかこれが寮なのか?」
暗くて分からない。だが位置的にはここで間違いない。
建物の一望を見渡していると、すぐ近くに入口があることに気が付いた。
「よし、行くぜ」
粢先輩……居てくれればいいのだが。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
「437ってことは4階ってことだよな」
またマッチの出番が訪れ、それを片手にとりあえず上の階を目指していた。
一人で怪奇現象を楽しんでいるような虚しさが胸を刺すが、無心になって歩き続けること数分、4階に進入することができた。
入ってすぐに階段があったから道に困らなくて助かったな。
「なるほどね」
目の前にあるのは案内板のようなもの。
1~50は右の通路。50~100は左の通路だそうだ。
俺はもちろん右折し、順々に50から数が減っていく愉悦を味わいながら目的の瞬間まで歩みを進めていた。
「40、39……37。あったここだ。437号室」
まさかこんなにも順調に辿り着くとは思わなかった。
俺は焼き切れたマッチを三度靴で鎮火させドアの前で佇む。
その一歩が踏み出せない。
粢先輩が一番辛いのは解っている。幾ら俺たちが真実を理解しても、大切な粢先輩の親友が狙われている事に変わりはないから。
俺たちの前では平気そうな顔をしていたが彼女も人間だ。平気なはずがない。
やはり一人にしておくべきなのだろうか。それが思いやりなんだろうか。
――違うだろ。
知らないふりをするのが優しさか? 放っておくのが思いやりなのか?
その決意が俺を突き動かした。
「…………」
鍵は掛かってなかった。それがどういう意味かは分からない。
頼む……居てくれよ。
「……侑か?」
か細い声が聞こえた。それは間違いなく粢先輩の声。
暗闇が支配するこの部屋の唯一の明かりは窓から漏れる月光だけだった。
「あ、起きてたんですか?」
粢先輩がいた嬉しさと、俺だとバレた驚きでこんな言葉しか出てこない。
でも本当に良かった。考えてもみれば、これは杞憂に過ぎないじゃないか。
彼女が仲間を裏切ると思うか? そう再び自分に問いかける。
「なんだ? まさか夜這いに来たのか?」
冗談めかしい笑声で言う。
「そうだったんですけどね。粢先輩が起きてちゃ仕方ないです。また出直してきますよ」
ようやく訪れた安堵。もう迷いは何もない。これで俺たちは戦える。
俺は体育館に戻ろうと踵を返した。
「……本当は私が心配で来てくれたんだろ? 勝手な行動してないか」
「違いますよ。俺がそんな優しい人に見えます?」
「……ずっと、ずっと待ってたんだ。侑が来るのを――ずっと待ってたんだ」
その言葉に心悸が一気に増す。だから鍵も開いていて俺だと分かったのか……。
でもどうして俺なんかを待っていてくれたんだ……? 俺は粢先輩が泣いているのに何も出来ないような奴だぞ?
「ど、どうして俺なんかを?」
出る言葉も片言になる。
「侑!聞いてくれ!」
粢先輩はベットから飛び降り俺の正面までゆっくりと歩み出す。
暗闇の中でも顔が見えるぐらいに近づき、大きく深呼吸を始めだした。
「明日……いや、もう今日か。世界が終わる前にお前に伝えたいことがある!」
緊張のあまりイントネーションにバラつきがあるが、視線だけは離さなかった。
「侑! 私はお前が好きだ! 大好きだ! それだけだ! おやすみ!」
頬を真っ赤にしながら次々と投げ放つ言葉。そして逃げるよう足早にベットへ潜りこんでしまった。
……え? さっきのはまさか告白なのか!? 突然のことで頭の処理が追いつかない……。
「え、ちょ!ま、待ってくださいよ!」
そう言ったのは粢先輩が布団に潜りこんでから数秒のこと。
俺も初めてのことでどうして良いのか分からず思考を巡らせていた。
好き? 俺を? 粢先輩が? えぇっ!?
「……恥ずかしい。……すっごく恥ずかしい。恥ずかしすぎて死ねそうだぁ……ううぅ……」
布団の中で項垂れるこもった声が聞こえる。
いかにも女の子らしいその仕草に思わず微笑が漏れてしまった。
今思うと、粢先輩に先を越されただけなのかもしれない。
俺がこんなにも粢先輩のことが気になるのは――俺も彼女のことが好きだから。
なら俺も――今日のどこかで粢先輩に想いを伝えていただろう。その時がもしかしたら今なのかもな。
「……だって絶対に後悔するじゃないか。……今言わないでいつ言えばいいんだ」
未だに布団を被り何かをずっと呟いている粢先輩。
その姿が本当に可愛くていつまでも見ていたいとすら思った。
だけど俺も粢先輩に素直な気持ちを伝えないといけない。
「俺も粢先輩のことが好きです。いや、大好きです」
なるほど。確かにこれは恥ずかしい。穴があれば入りたい気分になる。
でももう逃げたりする俺じゃない。粢先輩、そして仲間たちに出会って俺は変わった。
「本当の世界に戻れたら付き合ってくれますか? 恋人同士として」
俺はゆっくりと粢先輩が待つところへ歩み寄る。
そしてベットへと腰を下ろし、粢先輩が潜りこんでいる起伏ある布団を直下した。
「……良いに決まってるだろッ!!! 愛してるぞ侑――ッ!!!」
「うわぁっ!?」
突然布団を剥ぎ、粢先輩が俺の胸に抱きついてきた……!
その勢いに耐えれなかった俺は半ば粢先輩に押し倒されたような形になる。
視界には粢先輩しか見えない。愛おしい人がこんなにも近くにいる。
「……ありがとう。こんな私を好きになってくれてありがとう……」
ぽたっ……生温い感触が頬に伝う。絶対に失いたくない、はにかんだその笑顔をと涙。
出会えたことにありがとう。一緒にいてくれたことにありがとう。俺は好きになってくれてありがとう。
まぶたを落とす粢先輩に俺も目を閉じて応える。
「ん……」
そっと唇が重なる柔らかな感触。その唇は薄く濡れていた。
舌を絡めるでもない、唇と唇が触れ合うだけのキス。
「あっ……ん……んぅ……」
濡れている互いの唇は少し押し付けただけでも甘い水音がした。
頭が溶けるような夢心地。いつまでもこうしていたいとすら思えた。
「…………」
ようやく唇が離れ、お互いを見つめ合う。
「……侑、今日は一緒に寝てくれないか?」
「良いんですか? そんなことすると俺の理性が飛んじゃいますよ?」
「侑になら何をされてもいい……ぞ?」
一気に身体の芯まで熱くなる感触がしたが、はやる気持ちを抑えるようと全神経を集中させた。
このとんでもない世界で出会った大切な人。たった一週間で俺は彼女のことを好きになってしまった。
いや、彼女を好きになるには充分すぎる時間だったのかもしれない。
「……粢先輩、愛してます」
こうして俺たちは愛し続ける。
例え本当の世界が終わっても、粢先輩と出会い、粢先輩と過ごした思い出のこの世界で――
きっと幸せになれるはずだ。