9月5日/侑eyes 桜凛市脱出
ー君の魂に抱かれてー(きみのこころにだかれて)
この作品はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・事件・世界設定などは全て架空の物であり、
実際の物とは一切関係ありません。
初めて読む方は、本編からご覧ください。
ーboy and girls' aspectsとは?ー
このモードは主人公の視点ではなく、
君の魂に抱かれての主人公以外の登場人物の視点です。
これにより、より世界観がわかりやすくなります。
※目次の場合、下に行くほど時間が最新です。
「どうにか逃げ切ったようだな……」
粢先輩は首を右に回し、後ろを一瞥する。
「どうやら、そのようですね……」
さぁ、後どのぐらいで桜凛市から出られるのだろうか……。
もう随分と走った気がする。
「さぁ、後どれぐらいで着くんだ?」
先頭を走るリーダである粢先輩がリーダーらしからぬ質問をする。
「粢先輩?分かってるんじゃないんですか……?」
「何を愚かな事を。私はいつ理解出来ていると言った?」
粢先輩に鼻で笑われてしまった。
果たして愚かなのはどっちだろうか。
まぁ、俺も良く知らないから人のことはいえない。
と、ここで救世主、蒼生先輩登場。
「そうだな。恐らく日が沈む前には出れるだろう」
おおっ!なんという嬉しい達見!
今日中には出れるということか!
「だが――」
語尾に、いやな二文字を追加する蒼生先輩。
なんだか嫌な予感しかしない。
「もうじき本当の険しい山道になるぞ」
……。……。……。
昂っていた気持ちが、一気に褪めた。
だが、粢先輩は豪く前向きだった。
「そうか。最後の山を越えれば出れるんだな!」
「まぁ、そういうことだ」
俺も粢先輩を見習おう。
前向きじゃないと、この先生きて行けない気がする。
「……ん?あれが山道の始まりなんじゃないのか?」
粢先輩が前方に指を指す。
俺もその指先の先を見てみる。
薄っすらとそれっぽいのが見えた。
が、まだ断言できる距離ではない。
「ああ、場所的にあれが入り口だな。ここからは険しい山道になるぞ?」
なんと!粢先輩が当たっていた!
良く見えたものだ。
「よっし!俺が一番乗りだ―――――!!!!!」
身の程知らずの聖夜が入り口目指して爆走する。
「ああ~!わたしが一番乗り~~~~~!!!!!」
聖夜の後を追うように、奏笑ももの凄いスピードで走り出す。
「ま、待ってよ!奏笑ちゃ~ん!」
奏笑の後を追うように、菜月ももの凄いスピードで走り出す。
あれ?この光景には見覚えが……。
「善は急げっ!!!」
走り出した理由は解らないが、粢先輩ももの凄いスピードで走り出す。
みんな、何でこれから険しい山道なのに無駄に体力を消耗するんだ……。
「さぁ!俺らも行くぞっ!」
なぜか蒼生先輩はノリノリだった……。
そして緋咲と並走し、緋咲のハンドルを掴む。
「マインドコントロールッ!!!」
「ええっ!?いや……ちょ……!!!」
そして、蒼生先輩はもの凄いスピードで走り出す……。
それにつれて、緋咲ももの凄いスピードで走り出す……。
「きゃぁぁぁあああああああああああああッ!!!」
緋咲が連れ去られた。
気がついたら周りには誰もいなく、全員が前を走っていた。
「くそぉおおおっ!!!こうなったらヤケクソだ!」
良く解らない気持ちで、俺は只管にペダルをこいだ。
やるなら一番の精神で俺は後を追うのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇
これは奇跡なのだろうか。
ファーゼストクンパニアン全員が、一歩も譲らず爆走しながら並走している。
誰の脚力も限界を超えているだろう。
なのに誰もが諦めようとしない。
ファーゼストクンパニアンはそういう人等の集まりなのか?
誰が勝ってもおかしくない。
そんな状況だ。
だから、そのレースの終焉は誰もが想像しても思いもしていなかった。
それは、あまりに衝撃的な終焉だったからだ――
それは、全員が並走していたからこそ起こる惨劇――
何故ならそこに、見えない壁があったからだ――
「「「「「「うわぁぁぁあああああああああッッッ!!!!!!」」」」」」」
全員、自転車から転倒し、断末魔染みた悲鳴を上げる。
まったく状況が掴めない……。
まるで、眼の前に壁があったような感じだった。
そして、さらに惨劇は続いていた。
「おおっ!チャリが自動運転に切り替わってるぞっ!!!」
俺たちを乗せていたチャリは、勢いを殺さずに無人で走行している……。
しかも起用に器用に6台並走してだ。
俺はチャリを追いに行こうと立ち上がろうとするが、転倒した衝撃で立てない……。
いや、脚力を使い過ぎて立てないのだろうか?
「ぐはぁ……これは痛いぞ……防弾制服が意味をなさない……」
粢先輩がうつ伏せで倒れながら魘されている。
「うぅ゛……骨折したかも……」
緋咲は空を仰ぎながら、顔を歪ませている。
「くぅ……。この俺に受身を取らせるとは……」
蒼生先輩は大きく脚を開脚させ、右手のひらを地面につけて受身を取っている。
男の俺が見ても、その姿は格好良かった。
「あれ~~~!」
奏笑はグルグルと転がり受身?を取っている。
「…………」
聖夜は……無言で倒れている……。
大丈夫だろうか?
誰よりも一番心配だ。
「な、なんなよ……」
菜月は今起こった状況に戸惑いを隠せない様子。
そうだ……まずはこの状況を解明しないと……。
だけど……これは痛いぞ……。
全身強打したような感覚だ……。
だけど、強打するようなモノなんてないはずだ。
「み、みんな……ぶ、ぶじかぁ……?」
粢先輩がとても大丈夫とは思えない声でみんなの心配をする。
「俺は大丈夫ですよ……」
誰よりも早く、俺は返事をする。
全身に激痛は走るが、どうにか大丈夫だ。
しばらく安静にしていれば痛みもひくだろう。
「ああ、受身を取ったから大丈夫だ」
蒼生先輩は制服についた土埃をポンポンと叩き落す。
唯一、無事な蒼生先輩が何故だがとても格好良く思える。
「あ、あたしは大丈夫だけど、左腕がヤバイかも……」
緋咲は表情を痛さで歪ませてはいるが立ち上がり、右手で左腕を押さえる。
「おいおい、大丈夫か緋咲?ちょっと診せてみろ」
蒼生は緋咲の左手を両手で掴み、胸元まで上げる。
「い、いいわよ……そんなの……」
「全然良くないだろ?重症だったら一大事だろ?」
「うぅ……」
緋咲は蒼生から視線を外し、赤面しながら左腕を蒼生に預ける。
「左腕のどの部位が痛いんだ?」
「人を食肉みたいに言わないでよ! まぁ、痛いのはここら辺だけど……」
そう言って、緋咲は右指で痛む部分を指差す。
どうやら、痛い部分は左肘の少し下の辺りらしい。
「どれ、ちょっと失礼するよ」
「うぎゃぁぁぁああああッ!? な、なんで叩くのよ!?痛いじゃないの!」
「軽く叩いたぐらいでギャーギャーいうなよ。で、響くか?」
緋咲は再び、自分の左腕に視線を落とす。
「響いては……ない」
「じゃぁ、打撲だな。お前なら放って置けば治るだろう」
「ほ、放って置かないないでよ……!」
少し緋咲は涙目で、語尾が震えていた。
その姿はまるで怖いものに怯える小動物のようなそれだ。
「治療はしてやりたい。だが、治療する道具がないんだ」
確かにそうだった……。
俺たちの性格上、全員が食用の調達を最優先にしていた。
治療道具なんて脳中にもなかった……。
なんということだ……。
「そ、そんなぁ……」
「だが鎮痛剤はある。少しは役に立つだろう」
すると蒼生先輩はポケットから薬便のようなものを取り出した。
これはかなり効きそうなオーラを出している。
それを緋咲に渡す。
「え、液薬……?」
「そうだ。全部は多いから加減して飲んでくれ」
だが緋咲は黙り込んでしまった。
「に、苦い……?」
「そうだな。良薬口に苦しというだろ?」
「す、すごい苦い……の?」
「まぁ、恐らく相当苦いと思うぞ」
緋咲は明らかに化け物を見たかのような表情だ。
だが、その視線の先は化け物でもモンスターでもなく鎮痛剤。
その睨み合いが未だに続いている。
「どうした?飲めないのか?なら俺が飲ませてやろうか?」
蒼生先輩は茶化したつもりだったのだろう。
だが、緋咲は、ゆっくりと頷いた。
その弱々しい緋咲の姿を見て蒼生先輩はふぅっと鼻で笑った。
「まったく、しょうがないな……」
蒼生先輩は緋咲から鎮痛剤を優しく奪い、蓋を開ける。
その飲み口を緋咲の口元へゆっくりと運ぶ。
「ほら、口を開けてごらん」
妙に優しい口調でキザな発言する蒼生先輩。
そんな口調に緋咲はいつも通りの反抗はせず、素直に言うことを聞いている。
そして、力強く瞼を閉じた。
その瞬間、蒼生先輩が持っていた鎮痛剤が銃声と共に爆発した。
「お、お前たち……!!! 面前の前で、なんともうらやま……いや!なんとも破廉恥な真似を!!!」
鎮痛剤に発砲したのは粢先輩だった。
サブマシンガンの銃口は消失した鎮痛剤に向いていて、カタカタとサブマシンガンが震えている。
あと、間違いなく「うらやましい」と言ったんだろう。
「し、粢氏!自分がやったことを解っているのか!?」
蒼生先輩は蒼白になり、粢先輩を見る。
「ああ、解っている!事前に不純異性交遊を防いだだけだ!」
「なっ!不純異性交遊だと!?ふざけるのもいい加減にしろ!お前は鎮痛剤を地に返したのだぞ!?」
粢先輩と蒼生先輩の言い争いが始まった。
粢先輩は不純異性交遊と言い張っているが、さっき「うらやましい」と言わなかっただろうか?
「ならこれを使え!これの方が効果的だ!」
ブンッ!と粢先輩がオーバースローで箱を投げる。
中身は……確認できない。
その箱を、蒼生先輩は片手でキャッチする。
「おお!消炎鎮痛剤じゃないか!」
「しょ、硝煙ちん通剤!?な、なんだそれは―――――!!!」
自分で投げた物を、自分で驚愕し恐慌している粢先輩。
果たして粢先輩は何を投げたのだろうか。
「ち、違う!俗に言う湿布だ!そんな怪しい剤ではない!」
「なら最初から湿布といえ―――――!!! 変な誤解をしてしまっただろ―――!!!」
ズドドドドドドドッ!!!っと粢先輩のサブマシンガンから銃声が響く――!
し、粢先輩が発砲した――!
発砲した銃弾は吸い込まれるように蒼生先輩の上半身に次々と吸い込まれていく……。
「ぐぅはぁあああああッ!?き、貴様!いくら防弾制服と言って発砲するな!」
被弾した蒼生先輩からは血の一滴も出ていない。
これが防弾制服なのか!改めてすごいと確信した。
どうやら、防弾制服は本当に近距離じゃないと貫通しないようだ。
これが凶と出るか吉とでるか……。
「全て計算済みだ!淫猥男は神妙にしろ―――!!!」
粢先輩が再びトリガーに指を置く。
「ちょっと!止めなさいよ!銃弾が無駄じゃないの!」
緋咲が二人の間に割り込み、粢先輩を見る。
「お前は俺より粢氏の弾数を心配するのか!?」
蒼生先輩が叫ぶ。
右手に持った湿布の箱が潰れてしまいそうな勢いだ。
あ、俺もつい湿布の心配をしてしまった。
「みんな~!落ち着いてぇ~!」
どこからか現れた奏笑は最前線に割り込む。
その手には、手榴弾が握られていた――!
「か、奏笑ちゃん!そんな物騒なもの持って仲介しないでよ!」
菜月は奏笑を背中から抱き止める。
もう、何がなんだか解らなくなって来た。
そうだ!聖夜は!?
俺は聖夜を探す。
「まだ気絶してんのかよ―――――!!!!!」
俺たちファーゼストクンパニアンはその後もまだ騒然な状態が続いた。
みんな元気だということは、身に沁みて解った。