第50話(第一部・現代日本編 完):そして大賢者は復讐の地へ降り立つ
光の扉の向こう側からは、現代日本とは全く違う、濃厚な魔力の混じった風が吹き込んでくる。
鼻腔をくすぐるのは、むせ返るような血の匂いと、湿った土の匂い、そして肌をピリピリと刺すような濃密な『マナ(魔力)』の気配。
間違いない。ここは俺がかつて大賢者として生き、そして仲間と信じた者たちに背後から剣を突き立てられて死んだ世界――『グランツヴァル』だ。
「……空間のねじれによる肉体への負荷は、全くない。完璧だな」
俺は一歩を踏み出し、完全に光の扉をくぐり抜けた。
背後で光が収束し、現代日本とを繋ぐゲートが音もなく消滅する。
パチン、と指を鳴らして魔法の明かりを灯す。
薄暗い空間が淡い光に照らし出された。そこは、見覚えのある石造りの地下室だった。かつて大賢者として魔法の研究に没頭し、様々な魔導書やマジックアイテムを保管していた、グランツヴァルにおける俺の絶対的な安全地帯。
机の上や本棚にはうっすらと埃が積もっているが、何者かに侵入された形跡はない。俺が幾重にも張り巡らせておいた防衛結界は、主が不在の間も完璧に機能していたようだ。
「転移は成功だ。……懐かしい匂いがするな」
地下室の階段を上り、重い鉄の扉に手をかける。
サビついた蝶番が軋む音を立て、外の冷たい空気が流れ込んできた。
視界に広がったのは、漆黒の夜空に浮かぶ赤と青の『二つの巨大な月』。そして、鬱蒼と茂る魔の森の木々だった。
肺いっぱいに息を吸い込むと、現代日本とは比べ物にならないほど膨大なマナが全身の細胞を駆け巡るのを感じる。
58歳の病弱な肉体から、不老にして全盛期を超えた26歳の肉体へと生まれ変わった今の俺にとって、この世界の濃密な魔力は極上のガソリンのようなものだ。
「……ふぅ」
俺はゆっくりと息を吐き出し、夜空を見上げた。
かつて魔王を討伐し、世界に平和をもたらした直後。王都のバルコニーで歓喜に沸く民衆を見下ろしていたあの瞬間、背中を貫かれた激痛と、背後で嗤っていた「仲間」の気配がフラッシュバックする。
勇者、剣聖、白魔術師、黒魔術師、暗殺者……。
あの10人のレア職業持ちの英雄たちのうち、誰が俺を殺したのか。そして、何の目的で。
今、俺の胸の奥底では、決して消えることのない復讐の炎が静かに燃え盛っている。
だが、かつてのような「孤独な死への恐怖」や「人間に対する絶対的な不信感」は、不思議なほど薄らいでいた。
(……俺には、帰る場所があるからな)
脳裏に浮かぶのは、ほんの数分前、現代日本のタワーマンションで俺を見送ってくれた結衣の笑顔だ。
『いってらっしゃい、私の大賢者様。……気をつけてね』
そう言って、俺の手を力強く握ってくれた彼女の温もり。
それが、今の俺に無尽蔵の活力と、ただの復讐鬼に堕ちないための『精神的な余裕』を与えてくれている。
俺は復讐のためにこの世界へ戻ってきた。だが、俺の魂の居場所は、結衣が待つ現代日本にしかない。
過去の亡霊どもを綺麗に清算し、この胸につかえた泥を全て吐き出したら、極上の土産を持って彼女の元へ帰るのだ。
「さて。まずは情報の収集だな」
俺の死後、この世界はどうなったのか。かつての仲間たちは今、どこで何をしているのか。
俺は虚空に開いた漆黒の穴――【空間収納】の魔法を展開し、中からいくつかの「現代日本の利器」を取り出した。
秋葉原やネット通販で買い集めた、最新型の『超小型高性能ドローン』。そして、大容量バッテリーを搭載した最新の『スマートフォン』だ。
当然、この異世界にはWi-FiもGPSもない。普通の現代人が持ち込んでもただの文鎮にしかならないが、俺は全ての魔法を極めた大賢者。現代の科学技術の「足りない部分」など、魔法の力でいくらでも魔改造して補うことができる。
「待っていろ、グランツヴァルの裏切り者ども。俺が受けた痛みの何千倍もの絶望を、貴様らに味わせてやる」
俺はスマホの電源を入れながら、冷酷な笑みを深めた。
異世界の英雄たちは、まだ気づいていない。
剣と魔法が全てのこの世界に、「現代ビジネスのコンプライアンス監査」と「デジタルタトゥー(証拠の録画・拡散)」という、言い逃れ不可能な圧倒的情報戦が持ち込まれようとしていることに。
現代の知識と財力で日本の裏社会を制圧した俺にとって、この世界の政治や情報戦など、もはや手に取るように簡単なゲームに等しい。
現代社会の利器と、全盛期を超えた最強の魔法。
そして、絶対に帰るべき場所(結衣)を持つ者の、揺るぎない強さ。
二つの世界を股にかける、大賢者の痛快にして残酷な『真の復讐劇』が、今、幕を開けた――。
【第一部・現代日本編 完】
(第二部・異世界復讐編へ続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
無事【第一部・現代日本編】が完結いたしました。
第二部・異世界復讐編へ続きますので、よろしければお付き合い下さい。
「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価(★★★★★)をお願いいたします。執筆の大きなモチベーションになります!




