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【悪役と人外の戦記】 - 悪役貴族に転生した僕には、神秘の滅びを謳う戦乱の大陸で人外を視る眼があり、ゆえに成り上がる  作者: 所羅門ヒトリモン
第1巻

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第8話



 旅籠からミアグレン村までには、林がある。

 林は灌漑農村と旅籠の間を、遮るように川岸近くまで広がっている。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 [ミアグレン村]

 林林林林林

 林林林林林林林林林

 林林林林林林林林林林 道 川

 林林林林林林

 [旅籠]


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 テキスト形式で地理情報を表すと、イメージはこんな感じ。

 そのため、馬を駆ってミアグレンを目指そうとすれば、林を迂回するようにして道を駆けなければならない。


 林は障害物も多く、このあたりの低木には棘の多い植物が鬱蒼としている。

 林に入れば道の悪さや棘を嫌って、馬が足を止めるだろう。


 盗賊たちの数は五人。


 行きは人間だけなので、上手に身を隠しながら林を抜けられた。

 しかし、帰りは馬もいる。

 ファイヤーを含めて、ひとりにつき一頭。


 よく分からない行動だった。


 ソーンフォールとフェルドレンが、盗賊どもに馬を売ろうとしたのは僕をハメるため。

 そこまでは容易に理解できたけれど、盗賊側がどうしてそんな取引に応じたのかが分からない。


 ブラックロウ団の人数は二百人だ。


 なのに、たかだか五頭の軍馬を牡熊金貨まで払って買う意図。

 さては頭目や幹部連中だけでも、精強な駿馬に乗って逃げるつもりなのかな?


 正直、我が家に目をつけられた時点で、どんな盗賊団も未来は無い。


 裏切り者どもは、〝こちらの計画に協力すれば、数人の命は助けてやる〟とでも持ちかけたのかもしれない。

 真相はどのみち、必ずや白日のもとに晒されるだろうが。


 いま大事なのは、エヴァンドルの馬を取り返すコトだけだ。


 傭兵崩れと言っても、馬に乗るのは慣れていないんだろう。

 追いつくのは簡単だった。

 懸念していたよりも遥かに余裕で、僕は背中に追いつき。


「! クソ! なにが何もできねぇだ!」


「このガキ、めちゃくちゃ早ぇじゃねぇかよ……!


「……!」


「「グアぁあああッ!?」」


 最初にふたりの男を、後ろから落馬させた。

 手に持っているのは旗槍だ。

 馬に飛び乗って駆け出す間際に、旗手を務めている騎士から拝借してきた。


「すごーい! いまの、どうやったの!?」


 地上を当然のように並走するエスメラルダが、余裕の表情で興奮しながら目を輝かせる。

 僕は従兄のように、槍で人間を馬上から空へと突き飛ばすなんて芸当はできない。


 だが代わりに、人間がどうバランスを崩せば馬から落ちるのかは知っていた。


 槍試合と違って、斜め前からの激突ではなく。

 後ろから追走して一撃を入れるなら。


 旗槍の先端を盗賊どもの背中に突き入れるのでもなくて。

 横っ腹に薙ぎ倒して強引に力を入れるでもない。


 ただ単純に、相手の顔よりも前に旗を広げてやればいいだけだ。


 人間のバランス感覚は、視覚に大きく依存している。

 目を閉じながら自転車やバイクに乗るのは危ない。

 ほんの数秒程度でも、情報が一気に減少すれば人間はたやすくバランスを狂わせる。


 ソースは僕だ。


 エヴァンドルの槍を防ぐために、盾を使って自分の視界を遮るしかなかったときの僕。


 なら、あとはそれと同じことを再現すればいい。

 紫色の旗布を使って、ヤツらの鼻先を軽く撫でてやる。

 盗賊たちは簡単に落ちていく。

 撫でるだけじゃなく、少しは衝撃も当ててやるしね。


 エスメラルダの目には、僕が魔法でも使ったように見えたかもしれない。


 加えて、掛け声による合図だ。


「“焼き払え(バーンド・アウト)”……!」


「ッ!?」


「ぬぉぁ!?」


「このックソ馬がァ……!」


 旧王朝との戦争時代。

 我が家に限らず、多くの貴族たちはレストロヴァン王家へ憎しみを募らせていた。


 暴王の圧政許すまじ。

 カビの生えた迷信妄言、ことごとく火にかけろ。


 叔父や祖父の世代では、突撃の号令が憎悪の火炎と変わるほどに、騎士たちの怒りは凄まじかった。


 エヴァンドルの騎士道精神もまた、その歴史を受け継いでいる。


 掛け声を聞いた軍馬たち──とりわけファイヤーが、一気に興奮した様子で前脚をブチ上げた。

 騎馬に慣れていない残りの盗賊たちは、それだけで面白いくらい振り落とされて落馬する。


 ひどいヤツは頭から地面に落ちて、打ちどころが悪かったのかピクリとも動かない。


 悪態をつく四人。


 しかし、向こうから見て追っ手はひとりだけだ。

 地面に転がって痛みに呻いた男たちは、すぐに武器(短剣や斧)を取り出し殺意を剥き出しにする。


 もちろん、僕は馬に乗っているので、歩兵の攻撃なんか当たらない。


 ただ、目的は馬たちだ。

 普段は気性の穏やかな馬でも、さっきの掛け声を聞けばしばらくは興奮したままになる。


 我が家の騎士たちでもない限り、そうそう近づくコトはできない。


 が、言い換えればそれは、しばらく時間を待たなければ、旅籠に連れ戻すのに手間取るというコトで。

 四人の盗賊たちは諦めていないし、そうなると僕は極めて不利な数の差を前にして、旗槍一本で戦わなきゃいけないワケになる。


 途中、何をトチ狂ったか短剣も投擲されたりしたので、冷や汗が伝った。


 が、それはすぐに不要な心配となった。


「なんだ!?」


「川が!?」


「うわあああああああ!!」


「ば、化け物……!?」


 追走劇は川岸近くの道で行われたからね。

 ケルピーの彼は取り決め通り、生贄を貪り尽くした。

 わずかに苔臭い、泥濘んだ地面の香り。

 遠い夏の日に、川原で水遊びをした記憶を彷彿とさせる水の冷たさと溺死の恐怖。


 川から溢れ出た不自然な大波は、五人の盗賊たちを簡単に丸呑みにした。


 道には局所的に、大雨でも降ったかのような跡が残る。

 その後、ケルピーは水面に波紋も作らず蹄を置いて。


〝贄は たしかに〟

〝それと これはオマケだ〟


 と、一言だけ言い残した。


「オマケ……?」


「同じ馬同士だから、馬を助けたダンを気に入ったんじゃない?」


 エスメラルダの言葉に「?」と振り向くと、ファイヤーたちが先ほどまでの興奮が嘘だったみたいに、静まっている。

 呑気に川岸の草をモシャモシャ食んで、大人しそうに尻尾を揺らして。


「水は時に荒れ狂いもするけれど、生き物を癒して心を和やかにもするものね」


「……なるほど」


 水の精霊は人を呪う祟り神なだけじゃなくて。

 人が寄り添い方を変えれば、恵みをもたらす幸の神にも姿を変える。


 やっぱり人間に、利用できる存在じゃない。


 人外を使役し、思いのままに操ろうだなんてのは。

 絶対に避けるべき愚行/思い上がりだと胸に刻む一幕だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 旅籠に戻ると、ソーンフォールが死んでいた。


「フム。ダンタリアス様が戻って参りましたな」


「若殿の愛馬も無事のようで」


「……何があったんですか?」


 食堂は凄惨な殺人現場に変わり果てている。

 石の床はぬらぬらと真っ赤に濡れていて、中央の柱には顎を貫かれて磔になった荊棘の騎士。


 銀色の長剣は真ん中から折れて、破片を散らかしていた。


 生きているときは、ほとんど常に他人を見下したような表情を貼り付けていた頬骨の張った男。

 ソーンフォールが他人の記憶に強く印象を残したものと言えば。

 今でも思い出せる酷薄な笑み。


 しかし、その最期は前歯を槍に砕かれ、舌を切り裂かれた末の、喉奥穿通。


 表情は目元からしか読み取れなかったけども。

 ()()と見開かれた両目、深い痛苦を刻み込んだ眉間のシワが、皮肉な運命をソーンフォールに与えたのはたしかだった。


 梣の若騎士が愉快そうに口端を歪め、鴨肉を頬張っている。


「女将。これは美味いな。この前は悪かった!」


「へ、へぇ……」


 まだソーンフォールの血と熱が、食堂にはモワモワと立ち込めていた。

 なのに、コリン・アッシュフォードは少しも気にした素振りもなく、胡椒の効いた香ばしい脂の香りに満足げだ。


 柱の槍の持ち主、サー・ガレスが「何もなにも」と質問に答えてくれる。


「まぁ、この()()()()()()は色々、もっともらしい言葉を吐いておりましたがな?」


「ンッ、ん。ダンタリアス様が我らに教えてくださった通り、裏切り者だったのですよ」


「僕の言葉を信じたんですか? 副総督家の騎士たちよりも?」


「ダリアス」


 奥のほうで、ジッと椅子に背中を預けていたエヴァンドルが。

 そのとき暗がりから、ヌッと立ち上がって何かを引きずってきた。


「グぅっ!」


「喜べ。オマエのために、一応だが片方は生かしておいた」


「どういうコトです?」


「分からんのか? オマエにしては鈍いな」


 従兄はフェルドレンの頭を踏みながら、「父上だ」と短く答えた。


「俺たちダイアニーシアスの血はな? たとえ将来の憂いだろうと何だろうと、臣下が勝手に流すコトを決めていいものじゃあない」


 すべては西部総督、ヴァルドリック・ダイアニーシアスが決めるコト。

 何故なら、彼こそが暗愚だった兄に代わり、暴王の圧政から西部の大部分を救った偉大な英雄だから。


 西部の騎士たち。


 いや、エヴァンドルにとって目指すべき騎士道とは。

 弱きものを助け強きものを挫く。

 掛け値なしに素晴らしき騎士の道であると同時に。


 骨の髄から尊敬を捧げている父親への屈服にも似た忠誠心でもある。


「コイツらはそれを履き違えた。俺に許しも求めず、勝手に行動した」


「……ああ。それはたしかに、拙かったですね」


「だろう?」


 ニヤリと口角を釣り上げ、従兄は親愛さえ感じさせる声音で「ハッハッハ!」と笑う。

 そこに本物の親愛や、血の繋がりをよすがにした家族愛があるかは分からない。


 でも、他ならぬ西部総督家の一員として、ハッキリ理解できたものがある。


 僕らはともに、同じ男の支配下にあり。

 逆らう意味を見出してもいなければ。

 怒りを買う意味を知らないワケでもなく。


 ともに間近で、最も同じ恐怖と敬服とを味わい続けた仲間でもあるのだと。


 その親近感、共感による連帯は、他人には分かるまい。


「なぜ、です……! そのガキは従──ッグアアアッ!!」


「生意気な髭を皮ごと引き剥がされたいか? フェルドレン。それにな? ダリアスはいま、俺の従士だぞ。俺の持ち物を、オマエたちはどうして勝手に奪ってもいいと思っちまったんだ? ん?」


「ェェェががあ……!」


 グリグリと、フェルドレンの頭が石床にめり込む。

 人間の頭蓋骨が、人間に踏み潰されるのではないかと。

 僕だけでなく、哀れな女将も思ったようだ。


 彼女は「ヒィィ……!」と悲鳴をあげて、厨房に逃げてしまった。


 その様子に、エヴァンドルが「おっと」と冷静さを取り戻して、フェルドレンから足を退ける。


「コイツに罰を与える権利は、ダリアスのものだったな。女将にこれ以上、迷惑をかけるワケにもいかん」


「そうですな。ダンタリアス様の潔白を、彼女は証言してくださいましたし」


「え、そうなんですか?」


「オマエ、俺たちの尻拭いをいろいろやっていただろう。女将はオマエに林檎酒を渡そうと思ったそうでな。幸か不幸か、一連のやり取りを目撃しちまったそうだ」


「ケッ! つくづく手抜かりの多いヤツらだぜ」


 最後の鴨肉をゴクンと飲み込んで、コリンはペッとフェルドレンに唾を吐いた。

 もっとも、想定外だったのはソーンフォールとフェルドレンのほうだろう。


「無理もあるまい。このクソ戯けどもからすれば、我らは同じ次期西部総督派だ」


「クハハハハ! ガレス卿の技の冴えには、相変わらず惚れ惚れしましたぜ」


「世辞は要らん。元から要らぬ雑音しか垂れ流さぬ口に、私はただ物を突き入れ塞いだまで」


 ソーンフォールは、礼儀がなっていなかった。

 敬意を払って然るべき〝本物の騎士〟を相手に。

 ヤツが贈ったのは、徹頭徹尾、侮蔑と嘲弄でしかなかった。


 無論、サー・ガレスとサー・コリンが、清廉潔白な名誉ある騎士かと聞かれれば。


 僕は決して「そうだ」とは断言できない。

 しかしながら。

 少なくとも、このふたりには腹に括った一本の太い槍があったのだろう。


(ハイウッド家の場合は、二本の槍かもしれないし)


 アッシュフォード家の場合も、背後には豊富な梣製の木槍があるに違いないけれど。


 彼らの家のモットーは、


 〝根は深く、槍は静かに〟

 〝梣はすべてに優る〟


 主君へ捧げる忠誠心。

 堅い材質、頑丈な木柄の武器といえば梣だけど。

 叔父の執務室には、樫の木で拵えられた調度品も多いからね。


「──失礼、よろしいでしょうか?」


「ん?」


 と、そこで。

 それまで部屋の隅で、無表情のまま状況をうかがっていた男が、カツンと踵を鳴らした。

 ヴェルデミア家の家令である。


 彼はソーンフォールやフェルドレンには、微塵も目を向けず。


「それで、盗賊どもの誅戮は如何なさるのですか?」


 今回の目的、その本題を思い出させるように再提起してくれた。


「……ふむ」


 エヴァンドルが顎をさすり、思案する。


「数の差は歴然。しかも、ソーンフォールとフェルドレンの家の者は、自分たちの指揮官がこんなザマを晒したとなれば、士気にも影響があるだろうな」


「やはり、火ですか?」


「ミアグレンを火で囲っちまえば。ヤツらは一網打尽だ」


「それでは当家のお嬢様はどうなるのです!」


 家令が怒鳴ると、コリンは両手を挙げて「おぉ、怖」と肩をすくめる。


「クソ戯けどものせいで、すぐに動かなければマズいでしょう」


「そうだな。ブラックロウ団は全員血祭りだ。俺の馬を奪おうとした報いは、きっちりつけてやる」


「──となると、僕の案を聞いていただいても?」


 進言をするなら、ここしかないというタイミングだった。

 僕は例の件を提案して、細部を少しだけアレンジした。


「火はつけましょう。ただし村の周囲にだけ。ヤツらに逃げる隙を与えないように」


「その上で、〝水断ち〟か」


「いいですね。斥候の話じゃ、毒の混ぜられてない水路がひとつ、たしかにあるようですぜ?」


「ダンタリアス様は案外、智将になられるやもしれませんな」


「よし。なら決まりだ」


 燃え盛る火の熱によって、農民たちの血で喉を潤していた盗賊団を渇きに追い込む。

 僕らの軍にはそれを可能にする火術具が存在し、渇きに耐えかねて出てきた盗賊たちは、水を求めて川へ駆け込むだろう。


 仮に何人か、逃げられたとしても問題は無い。


 水を求めた盗賊どもは、最期は必ず暗き水底に沈められる……


「いい作戦だ」


 エヴァンが肩に手を置いて、言葉短く賛辞をくれた。

 僕は言葉を返さず、従兄の望みである血祭りが叶わないコトを、密かに申し訳なく思った。


 ──作戦はそれから、すべて(つつが)なく遂行された。


 結果は当然、上首尾である。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 戦いが終わったら、男たちは何を欲しがると思う?


 そうだね。女だね。


 ミアグレン村は解放された。

 それに伴って、人質にされていた付近の村々の女たちも、自由を取り戻した。


 もちろん、彼女のたちの多くは無事とは言えない乱暴を働かれていたし。

 命を助けられても心は地獄の中。

 そういう女性たちが少なくなかった。


 しかし、僕らの予想に反して。


 彼女たちの中には、決して泣きもしなければ蹲りもしない人もいた。

 その人は、「ただ通り過ぎて行っただけでさぁ」と。

 どこか慣れているかのような、しかし確実に“強さ”とは言えない別種の感情を根底に滲ませた瞳で平然としていた。


 そればかりか、「殿様がたには酌で礼をしますので、どうか私たちを無事に送り届けてくださいませんかね」と。


 武装した貴族の男たちに向かって、勇敢にも交渉を持ちかけてくるほどで。

 エヴァンドルは「いいだろう。そしてもちろん、酌だけだと約束しよう」と彼女に確約した。


 結果、僕らは例の旅籠で複数の女たちにエールやワインを酌されながら、勝利を祝っている。


 ソーンフォールとフェルドレンの家の者たちは、まだ自分たちの指揮官が裏切り者として処断された──あるいは、これから処断されるコトを知らない。

 まだ知られるには面倒だからと、エヴァンドルは彼らを酒で酔わせて戦の余熱を抜こうとしている。


 女たちの本音を思えば、いまは男どもに酌をするなんて〝ふざけるな〟って心境に違いないんだけど。


 酌さえすれば無事に家に帰す。

 エヴァンドルがそう宣言しているために、唇を引き結びながら今夜を耐えるんだろうね。


 従兄は聖人君子じゃない。


 というか、この世の大半の人間は正と邪を併せ持つ。

 邪のほうが多いのが普通だ。


 我が家は冷徹で、実益を重視すればこそ〝備えを怠らない〟から。


 これもエヴァンドルなりの政治的な思惑なんだろうと思った。


 実際、騎士たちはいつぞやの命名日パーティのような乱痴気騒ぎは起こしていないものの、女たちに静かに酌をされて機嫌が良さそうだ。


 耳を傾けると、


「この林檎酒は美味いな」


「たまには紫じゃなくて、赤い果実もいいもんだ」


「若殿の愛馬も、赤毛だしな」


「今日の盗賊退治は、最後こそ鉄砲水に持って行かれちまったが」


「ああ。火攻めに水断ち。鮮やかなる事この上なしだ」


「作戦はダリアス様の案だったとか」


「ほう?」


「なら、我らが西部総督家は安泰だな」


「剛力無双にして、ワインに酔うがごとく血にも酔われる翼獅子と」


「未だ従士ながら、すでに智将の片鱗を覗かせる翼獅子か」


「若殿には赤がよく似合う」


「しかし今日の作戦、ダリアス様が考えたものだとすると」


「……やはり血縁か」


「総督閣下のご気質を、もしやすると最も濃く継いでおられるのは……」


「さて、どうだかな?」


「オレは見ていたが、ダリアス様はあの鉄砲水にすら驚いた素ぶりが無かったぞ?」


「まさか」


「ほんとうか?」


「最も若き翼獅子には、天災すらも見えていたのかもしれん」


 買い被りだ、と思わず呟きそうになった。

 旅籠に入り切らない騎士たちは、エヴァンドルの耳が物理的に遠い位置にあるのをいいことに、少々危険な言葉を囁き合っている。


 僕は「やれやれ」と女将の林檎酒を呷りつつ。

 スカッシュみたいだ、と予想外の爽快さに小さな幸せを喉で楽しんだ。


 そうしていると、横に鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)がいるのを数瞬、忘れられた。


「美味しいですか?」


「……ええ」


「では、おかわりを注いで差し上げますわね?」


「お気遣いどうも」


「いえいえ。とんでもございませんわ」


 鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)はその外見とは裏腹に、声だけは可愛らしい。

 令嬢らしい言葉遣いはくぐもっているせいで、ひどく聞き取りづらいけど。

 ヴェルデミア家の一人娘が、誠意で酌を務めているのは理解していた。


「ダン。これすっっっごい、鎧だね?」


 エスメラルダがマジマジと、右に周り左に周り覗き込む。

 そう。


 ヴェルデミア家のご令嬢は、鋼鉄の処女鎧アイアン・メイデン・アーマーという世にも奇妙奇天烈な甲冑に身を包んでいた。


 なんでも、全身貞操帯とも言うんだって。


 僕にはずんぐりむっくりとした拷問器具。

 棺桶型の土偶のようにも見えるけど、彼女は大真面目にそれを着ていて──且つ、器用に動かしている。


 露出は皆無だ。他の女たちも、異様な雰囲気を感じ取って近寄って来ない。


「ヴェルデミア嬢」


「ローゼリッタと。いえ、ローズとお呼びくださいまし」


「……ローゼリッタ嬢」


「ローズと」


「…………ローズ嬢」


「はい! なんでしょうか、ダンタリアス様?」


「貴方はどうして、ミアグレン村で人質に?」


 しかも、どうしてそんな、妙ちきりんな格好をしているのだろうか。

 あと、なんで僕にさっきからベタベタして来るんだろう。

 ゴツゴツしてとても痛いのに……


「決まってますわ。貴族とは領民を守る者。わたくしはその義務を果たそうとしたまでですわ」


「人質になって?」


「時間を稼いだのです。わたくしが人質になれば、盗賊たちは身代金に目が眩んで腰が重くなります」


「だから、その格好で?」


「ええ。……わたくしが人質になるにあたって、我が家の者たちがどうしてもと言うものですから」


 何代か前に、曽祖母の曽祖母が作らせた一点ものの鎧ですわ、と。

 ローゼリッタ・ヴェルデミアは「防御力がピカイチなのです」と、心なしか自慢げに補足する。

 疑いようは無い。


「貴族の子女が、それも未婚の乙女が貞操を守るとすれば、たしかにそのくらいの鎧は着込んだほうがいいのかもしれませんね」


「ダンタリアス様は、わたくしの貞操に興味がおありですか?」


「その鎧の構造には、今のところ興味がありますね」


「まあ。殿方はやっぱり、そういう欲をお持ちですのね?」


「当然でしょう。大の男が寄ってたかって壊そうとしたのに、まるで壊れなかったんですよね?」


 今後の戦場では、是非とも参考にしたい鎧だ。

 ただ、脱がし方を知る誰かがいないと、自分ひとりでは絶対に脱げない構造らしいのが、ひどい難点でもあるけど。

 ビジュアルもひどい。


「その鎧のおかげで、怖くはなかった?」


「……いいえ。恐怖はありましたわ。わたくしも女ですから」


「なのに、人質になったんですね? ヴェルデミアはヴェルローズと良い関係ではないのに」


 旧副総督家は、新副総督家から救援が来るのを期待していたのだろうか。

 暗に愚かなのでは? と訊ねると、鋼鉄の土偶人形は「それでもですわ」と微かに首を振った。首というものがあるとすればだけども、それでも。


「我が家とヴェルローズ家との間に、決して埋めようのない溝があるのだとしても、貴族ならば領民のために立ち上がる。それがわたくしの信条なのです」


「貴方個人の信条というワケですか? たしかヴェルデミア家の標語は……」


「〝秋は巡る〟」


「そう、それ。失礼ですが、他人のために立ち上がれる余裕が、貴方の家にあるとは思えない。貴方自身にあるとも」


 今のヴェルデミア家は、長いこと冬の最中にいる。


「にもかかわらず、貴方まで失われてしまえば、ヴェルデミア家はいよいよ来年まで保たないでしょう」


「……でも、ダンタリアス様が来てくださいましたわ」


「はい?」


「わたくしは愚かな女だったのかもしれません。あの村のなかで、自分がどれだけ向こう見ずな決断をしたのかは、嫌と言うほど思い知りましたわ」


「……」


「それでも、最後にはわたくしの希望した通りに、ダンタリアス様が助けに来てくださいました」


「実際の救助は騎士たちの働きです。僕は後ろから作戦を眺めていたに過ぎません」


「それこそが貴族というものでしょう。ダンタリアス様が覚えておいでかは分かりませんが、父はよくダンタリアス様のお父君が愛されていた城を〝あれこそ目指すべき平和の証〟と話しておりましたわ」


「……それが?」


「貴族とは領民のために、自ら戦火の火種を準備する者ではなく、至るべき〝理想の姿〟を知らしめる者でなくてはなりません」


「よく分かりませんね。貴方ももう耳にしているはずですが、今日の作戦は僕が立てたものですよ」


「現実が難しいのは承知しております。しかし、ダンタリアス様には違いがあるのですわ。わたくしはそれを感じ取りました。いまも、それは強く感じております」


「抽象的ですね。そして、力が伴っていない」


「力があれば、人は簡単に易きほうへ流れてしまいますもの。ええ、それはきっと今のダイアニーシアス家のように」


「違いますね」


 断言して、それはハッキリ否定しておく。


「我が家は力があるから、貴方の言う易きほうへと流れているワケじゃありません」


 むしろ逆だ。


「ほんとうに強い人間というのは、決して間違ったコトはしないものだと思いませんか?」


「────では、どちらが……?」


 令嬢は息を飲み、困窮した気配で鎧の輪郭を震わせた。

 その感情の揺れに、何を見出すべきなのかはまったく分からない僕だが。


「正しい正しくないかを論じることさえ、個人的には弱さの証明だと思いますね。けど、普通の人間は弱いからこそ、それを考え続けなきゃいけない宿命なんでしょう」


 僕が僕の人生に、意味を探し続けているように。

 それはこの世の誰もが、真に自分自身と向き合い続けながら、考えなければいけない命題だ。


「うん」


 はて?

 僕はどうして初対面のご令嬢と、こんな哲学めいた議論をしているんだろうね?


「不慣れな林檎酒に酔いましたか。僕への酌はもう結構です。貴方もそろそろ、心配性の家令に気を遣うべきだ」


「……はい、そうですわね。今回の件は、とても教訓になりましたわ」


「今後は二度と、盗賊の人質になどならないでくださいよ」


「ええ、そういたしますわ。少し、目標もできましたので」


 令嬢は立ち上がり、ドソドソと足音を立てて宴会場を去っていく。

 夜の暗闇でアレと出くわしたら、化け物と間違えそうだなと、僕は何となく思った。


「目指すべき平和の証かぁ。ダンにとっても、それって幸せ?」


「さぁ? 少なくとも、父にとっては金葉城(ファーンサンク)は幸せの象徴だったんでしょう」


 父は弱い人間だった。

 だから酒と色と欲に溺れて、現実を見なくなってしまった。

 ヴェルデミア家の当主は、それをかなり好意的に捉えて一人娘に語り聞かしていたみたいだけど。


「実際のところ、地上の楽園は退廃と堕落に染まってしまった」


「うぅ〜ん。人間の幸せって難しすぎない?」


「あれ? そこはいつもの富、名声、力、ハーレムの四拍子じゃないんですか?」


「ダンを見てるとね? 思うの。人間って私が思っていたよりも、いろいろ深く考えてるんだな〜って!」


「そうですか」


「あ、でもでも! ダンもいつかは、またお父さんのお城に戻ってみたいでしょう?」


「どうして、そう思うんです?」


「え? だってさっきのダン、ちょっとだけ嬉しそうだったもん」


 気づいてなかったの? と問うエスメラルダに「まったく」と返すしかない。

 僕のような狂人が、そんな情緒を今さら持ち合わせているとも思えなかった。

 でも、そうか……


金葉城(ファーンサンク)が、世に知らしめるべき理想、か」


 否定する理由は無い。

 この世界の人間には、たしかにもっと父のような弱さがあって然るべきだ。


 ローゼリッタ・ヴェルデミアには、その気づきを与えてくれた点で感謝をしようと思った。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 林のなかは、色濃い陰に舐められている。

 樹冠を透かして足元に辿り着く星明かり。

 それらはまばらで、水中から水面を見上げたときと少し似ていた。


「さて」


「……何のつもりだ?」


 旅籠の納屋から、ロープで拘束したまま連れて来たフェルドレンが、低いを声を出す。

 噛み殺すように、押し込めるように発せられたその声は、今にも僕へ飛びかかって来そうな野良犬のそれ。


 ああ。騎士たちの祝宴が、夜の風にこそぎ落とされているね?


 木々のざわめきがチクチクと、今は男たちの喧騒よりも近い。

 僕はフェルドレンの拘束を解いた。


「…………何のつもりだ?」


 男は不審そうに、より警戒を強めて辺りを見渡す。

 自分がこのまま、僕に殺されるのではないかと不安になっているんじゃない。

 フェルドレンは他の人間を、実刑の執行者となる騎士たちを警戒しているんだろう。


「そう心配しなくても、ここに僕以外の人間はいませんよ」


「信じるワケがないだろう」


「何故です?」


「オマエは馬鹿なのか? オマエがもし自分の手でオレを殺せると思い込んでいるなら、ここで死ぬのはオマエだ」


 言いながら、フェルドレンは期待を捨て切れない。

 林を何度も確認して、ほんとうに他の人間がいないのか?

 飢えた痩せ犬のように、目を血走らせている。


 ふむ。


 たしかにそうかもしれない。


「嘘は吐いていません。だって、これはエヴァンが僕に許してくれた権利ですから」


「……どうやら、ほんとうにひとりのようだな? 小僧」


「そうですよ? ここに僕とオマエ以外の人間はいない」


「今のオレならば、簡単に殺せるとでも? 舐めるなよ……」


「舐める? まさか。オマエは曲がりなりにも騎士で、僕は従士に過ぎないんですよ?」


「その態度がッ、舐めていると言っているんだ!」


 フェルドレンが右腕を振りかぶり、よく鍛えられた筋肉質な太腕を豪快に押し出す。


 パンチだ。


 武器は事前に没収されているから、フェルドレンには素手しか使えるものが無い。

 だが、だからと言って決して侮っていい暴力でもない。


 エヴァンドルやガレス、コリンにしこたま殴られ、蹴られ、散々痛めつけられた後でも。


 この男には豪農出にふさわしい、恵まれた体格と体力があった。

 納屋に放り込まれた後で回復に努めていれば、千載一遇のチャンス、僕を殺してここから逃げ出す機会を見逃すはずもないだろう。


 でもね?


「──ぁ、え……?」


「どうしました? ああ、足が動かなくなりましたか」


「なん、だ……なに、を……しやがった……!?」


「僕は何も。でも、最初に言いましたよね? ここに僕以外の人間はいない」


「は、はぁ!?」


「鈍い人だな。人間ではない存在なら、いると言っているんですよ」


「……ッ! 狂っているのかっ? クソッ、なんだこれはぁァッ!?」


「黄金化。オマエの肉体をそこに縫い留めているのは、万物を黄金に変える神の(まじな)いです」


「ッ〜〜!?」


 話している内に、その変化は服の表層にも顕われ始めた。

 フェルドレンが踏み込みのために軸足としていた左は、もう腿まで黄金に変わっている。


 そして。


「どうです? どんな感覚なんでしょう? 参考までに教えてください」


「ヒッ、ヒィッ! い、いやだ、なんだこれっ、た、助けて、助けてくれ!」


「嫌ですよ。それより、もう時間も少ないんですから、聞かれたコトに答えてくれませんか?」


 生きながらに黄金に変わっていく。

 肉体の一部が無機物に置き換わっていく。

 エスメラルダには敢えて、緩やかな変化を希望していた。


「へぇ? 見たところ、血流が滞って血管が破裂するだとかは無さそうですね。すごいな、服の繊維、一本一本に至るまで鮮やかなものだ」


「あ──アアアぁ……! 助けて、たすけ、わるカッタッ、あやまる、許して、許してくださいぃぃッ!」


「無茶を言わないでください。下半身はもう完全に黄金化しているのに、どうやって胴体だけで生き残るつもりなんです?」


「うっ! うわっ、うあぁあああぁ──!」


 フェルドレンは暴れ始めた。

 両腕を振り乱して、動かなくなってしまった下半身から、どうにか逃れようとして腰を捻ろうとする。


 しかし、その行動はあまりに哀れだった。


 黄金化された肉体の部位は、落とし穴のようにそこから先を固定化していて、フェルドレンは地上にいながら半分は地下に埋まっているのと変わらない。

 恐慌状態に陥った男は、それでもまだ黄金から逃れようと、空を掻く。


 変化は徐々に、腹部を呑み込み胸部にまで達していき。


「どうやら、主要な臓器(中身)が完全に黄金に変わっても、話をすることは最後までできそうですね」


「はっ、ひゃッ! やだッ、おぇぇぅ! ぬぅぅ、なんであああぁぁぁ……!」


「なんで? 不思議な人だな。オマエは盗賊どもから、金貨を受け取っていたじゃないですか」


「へッ? ふぇ……?」


「あんな小さな包みに入り切るくらいの〝はした金〟で、オマエはエヴァンの馬を売ろうとした。しかも、僕をハメようとするオマケつきで」


 百歩譲って、それは構わないにしても。


「もしアレが、オマエの家のポリシー……〝実りは掴む者のもの〟という信条に従っての行動だったのなら、僕も我が家の標語を教えてあげようと思いましてね? あ、ふたつ目のほうじゃなくて、ひとつ目のほうですよ?」


「あ、ぁぁ……〝黄金は──」


「そうです。〝黄金は豊穣の証〟」


 金が欲しかったのなら、ああ。


「使い切れないくらいに、くれてやるよ」


「〜〜ッ!?」


「二度と忘れないでくださいね? 我が家を安く見たツケは、高くなる」


 命を以ってしても、贖い切れないほどに。


「────────!」


 最後の悲鳴は、声なき絶望だった。

 フェルドレンは死に、生きながらにして完璧な黄金の彫像となり。

 末期に零した涙でさえも、黄金の粒となって頬を伝った。


「エスメラルダ」


「うん。じゃあ、溶かすね?」


 事前に申し合わせておいた通り、エスメラルダは彫像を人間のカタチから別のものへ変えていく。

 ぐにゃぐにゃとどろどろと。

 冒涜的な変化は正気度を削る光景を経由し、程なくして延べ棒の束となった。


「よし。じゃあコレ、秋の城館(フォール・ホール)ってところに置いてくればいいんだよね?」


「ええ、お願いします。帰ってきたら、できる限りの範囲で」


「うん! 律儀だよね〜、ダンって! 私はダンを幸せにできるなら、なんでもする奴隷なのに」


「それでも、この関係性はできるだけ公平なものにしたいんです」


「素敵だね? じゃ、行ってくるから!」


 人間ひとり分の体積と同等の、延べ棒状の黄金を抱えて夜陰を疾走るヒトガタの獅子。

 契約に縛られたエスメラルダを、僕は今日、明確に自分の意思で武器として扱った。


 ……その恐ろしさが、微かな指先の震えとなって全身に伝わりそうになる。


「けれど」


 拳を握りしめる。

 エスメラルダが帰ってきたら、僕は彼女の言うことをなんでも聞く。

 そういう約束だ。

 だから、問題は無い。


 公平性は保たれている。

 一方的な利用じゃ、ない。


 僕はそう言い聞かせて、(きびす)を返した。


 納屋から消えた裏切り者のことは、川が攫っていったと説明しよう。


 倫理も知性も教養も。

 法の概念すら未成熟なこの世界で。


 人々の上に立つ者は、舐められたら終わり。


 僕につけられる箔。

 ヴェルデミア家が僕に抱く思い、企み。

 それらを想像しながら、林檎酒の後味がこれからどんなものになるかを、少しだけ想像した。

 そんな秋の夜だった。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 後日。


「ヘイルガーデンでは上手くやったようだな」


「運が良かったんです」


「鉄砲水か。あのあたりの土地には、昔から水害の記録が残されている」


 知っていたのか? と叔父が例によって例の執務室で無言のまま僕へ訊ねた。

 訊ねる、というよりかは見透かす。

 そう表現したほうがいい眼光ではあったけど。


「まさか、僕が天災を予見したと言うんですか?」


「……フン。まぁ、よいだろう。ヴェルデミアから礼状が届いているぞ」


「そうですか。内容をうかがっても、よろしいですか?」


「〝秋は巡る。金葉はじきに潤う〟」


「……はぁ。感謝の言葉としては、ちょっと意味不明ですね」


「そうか? これはヴェルデミアが、オマエの後ろ盾になるという宣言だと受け取れるがな」


「いまさら僕に、何を期待しようと言うのでしょう。彼らが後ろ盾になったからと言って、どれほどの心強さになるかも怪しいものです」


「毒舌だな? だが、私がまだオマエを捨てていない。それだけでもヤツらには価値があるのだろうよ」


 言外に、これは僕の有用性を認めてくれている発言だろうか?

 膝を着いて、忠誠の体勢を取った。


「叔父上には感謝しております」


「感謝か。オマエは私に、いつも感謝と口にする」


「口だけでなく、行動でもお応えしているつもりですよ」


「認めてやろう。だが、その殊勝さがどこまで保つのかは見ものだ」


 冷酷なせせら笑い。

 叔父はそれから、何件かミアグレンと同じような問題を僕とエヴァンに押し付ける旨を語った。


「どうでもいいんですけど、これってもう初陣終わってますよね?」


「智将として名を馳せるよりも、まずは首級のひとつでも取って武功をあげてから言え」


 眉を歪めると、叔父はそのときだけ微かに笑った。

 いや、気のせいかもしれない。

 まばたきした後では、もういつものおっかない顔に戻っていたから。


 ドロドロの勢いが一瞬だけ勢いを増して、叔父の顔面へへばりつこうとしたように視えても。


 それもまた、圧倒的な覇気に弾き返され、気のせいだったと思うしかなかった。


「ああ、それと」


「?」


 執務室を出る前、叔父は最後にこんなコトも言った。


「これからはオマエに、書記官をつける」


「え?」


「グレイムヒルとヴェルデミア、それから二家の動きに触発されたのか。近頃、オマエ宛に手紙が多い。内容はすべて確認させるが、返事くらいは自分で書くようにしろ」


 年頃の若者には、縁談も飛び込んで来る。

 そうした処世術も、いい機会だから学んでおけと叔父は命令した。

 少しだけうんざりした気配だった。


 ……そう言えば、普段なら香らないはずの華やかな花や香の匂いが、執務室に微かに漂っている。


「叔父上は甘いものが苦手ですか?」


「……」


「失礼しました」


 ちょっとだけ勇気を出したら、極寒の眼差しが返ってきたので逃げる。

 しかし、そうか……


「名を挙げれば、そういうコトにもなるのか」


 それとも、これも歴史の修正力とか言うヤツかな?

 原作のダンタリアス・ダイアニーシアスも、物語が始まる前に複数の異性に囲まれていた。


 マリセアにひどく絡まれそうな話だ。


「ダンタリアス」


「マリセア」


 そんなコトを考えていたら、廊下で従姉と出会した。

 あれから未だに王都に帰っていない紅一点は、何やら眉間にシワを寄せて僕の耳たぶを突然、引っ張る。


「いっ!?」


「ちょうどいいわ。ついて来なさい」


「いきます。いきますからっ」


 耳たぶ離して。

 我ながら、かなり情けない声で嘆願しそうになった。

 すると、マリセアはそんな僕を引っ張ったまま、曲がり角の陰でクルリと僕を壁ドンする。

 そして、小さな声で信じられない言葉を口にした。


「ねぇ、ダンタリアス? 私を助けてくれる?」


「……マリセアを、助ける?」


 人を支配し、人を痛めつけ。

 人を虐げるコトこそ無上の喜びとしている従姉が。

 なんと僕に、まるで弱り果てた乙女のような上目遣いで頼って来ているだって?


 偽物だ。


「助けてくれないなら、殺すわ」


 違った。

 本物だ。


「安心しました。もちろん、なんなりと」


 叔父に次いで恐ろしい我が家の権力者に、首を横になんて振れやしない。




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