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【悪役と人外の戦記】 - 悪役貴族に転生した僕には、神秘の滅びを謳う戦乱の大陸で人外を視る眼があり、ゆえに成り上がる  作者: 所羅門ヒトリモン
第1巻

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第7話



 ミアグレン村近くに到着すると、大問題が発覚した。


「どういうコトだ! ヤツら、二百はいるだと!?」


 最初に声を荒げたのは、コリン・アッシュフォード。

 中堅の若手騎士は斥候の報告に激昂し、それまで鴨肉のローストが乗っていた旅籠(はたご)の木卓を蹴り飛ばした。


 旅籠の女将と、その子どもたちが、ひどく怯えて厨房へ逃げ込む。


 槍試合の名プレイヤーである事実は、あいにくと素行の素晴らしさを証明するものではないらしい。

 僕は静かに厨房へ顔を出して、詫びの牝鹿銀貨を財布ごと女将に渡す。


 すると、包みの中身を見た女将は、「多すぎます……!」と掠れた声で突き返して来た。


 しかし、旅籠の食堂はまだ荒れる。

 ミアグレン目前のこの旅籠に着くまでの過程で、僕はそれを充分に思い知らされていた。


 壊された木卓と鴨肉のローストの補填だけじゃない。


 今夜または明日明後日も含めて、ここで起こるすべての迷惑の分を込めて。

 女将には是が非でも、牝鹿銀貨を受け取ってもらわなければならなかった。


「聞いてた話と違いますな」


 梣の槍騎士が荒い息で怒る傍らで。

 古参の補佐騎士ガレス・ハイウッドが冷静に事実を述べた。

 その眼は副総督家直臣の男に、厳しい糾弾を突き刺している。


「ソーンフォール卿。副総督家(ヴェルローズ)にはまともな書記官もいないのですか?」


「フム。どうやらなにか、不始末があったようだ」


 返答は、非を認めているようで認めていない。

 レオノール・ソーンフォールは、年嵩の騎士に向けてあくまでも偉そうに答えた。


 このふたりは主家への忠誠心について、だいぶ異なる考え方を持っている。


 ガレス・ハイウッドは静かに、黙々と主君のために尽くすのを美徳としているし、そういう家で生まれ育った。

 対して、レオノール・ソーンフォールは忠誠心とは所領の安堵と報酬あってのものだと態度で表し、道中でもたびたび意見の食い違いを招いていた。


 言葉遣いも、ガレスのほうが年嵩(としかさ)であるにもかかわらず、敬意を込めていない。


 ただ、さすがに副総督家をストレートに批判されると、レオノールも立場上、主家を庇おうとはするようだ。


 問題はその返答が、ちっとも謝意に満ちていない点である。


「不始末? そんなのは見れば分かりますが?」


 ガレスがレオノールの晩飯を、ゆっくりとテーブルの下に薙ぎ落とした。

 ああ、クソ。もったいない。

 レオノールがピクリと片眉を跳ねさせる。


「老いぼれが」


「なに?」


「まぁまぁ、落ち着きましょう! サー・ガレス、斥候の数え間違えという可能性はないのですか?」


「あるワケないだろう! 貴様、我らを愚弄しているのか!?」


 マルカス・フェルドレンが、縁戚の義務を果たすためにかレオノールの援護に回ると。

 すかさずコリンが、ガレスの側についた。


 槍と剣。


 ダイアニーシアス家直参の騎士たちと、あくまでも副総督家の息がかかった騎士たちとの間で、対立的な空気が蔓延していく。


 ……同じ御輿を担ぐ仲間同士のクセして、派閥内でも派閥闘争から避けられないなんて。


 愚かしくはあるけど、そんな彼らの手綱を握らなきゃいけないのが、エヴァンドルの役目だった。


「コリンの言う通りだ。もしそうだったなら、その斥候は斬首に値する」


「──ですな」


 従兄が片手を挙げて淡々と告げると、マルカスも引っ込んだ。

 なるほどね。

 斥候の報告を、本気で疑っていたワケじゃない。

 マルカスはレオノールが責められる流れを、話題をズラして避けたかっただけだ。


 その目論見が上手く行ったので、金麦色の髭をたくわえた男はエールを片手にエヴァンドルに提案する。

 まだ大した歳でもないのに髭を立派に整えているのは、自分を大人物に見せるためかな?


「若殿。盗賊どもが二百人いるのは、業腹ですが変えようのない現実です。しかしながら、我らに与えられたのは無辜の民を脅かす悪漢どもの誅戮」


 どうです? ここはまず、如何にして二百人の賊を血祭りにあげるか?


「その方策を練ることに致しませんか?」


「フン。当然だな。すごすごと逃げ帰るワケにはいかない」


 頬骨の張ったレオノールが続ける。


「そんな無様を晒せば、我らに待っているのは総督閣下による処罰──いや、処断となる」


「もちろんだ。そして俺も、ダイアニーシアスとして撤退など認めない。作戦を練るぞ」


 エヴァンドルは槍の騎士たちにも視線を送り、「いいな?」と訊ねた。

 主君の正統後継者がそう言うのであれば、ガレスもコリンも否やなど無かった。


 四人の騎士は顔を突き合わせながら、ミアグレンを占拠した二百人の盗賊団をどうするか話し合いを始める。


 が、それはすぐに怒号と破壊音混じりの論争になった。

 どいつもこいつも、どんな戦術どんな戦略を取るかで意見が違う。


 僕は厨房の女将に再度、「足りないくらいだ」と懐から牝鹿銀貨を数枚渡した。

 今度は女将も、突き返そうとはしなかった。


 とばっちりが来る前に、僕はそのまま裏手に回って騎士どもの喧騒から離れる。


 やれやれ。


「盗賊は二十人から五十人じゃなくて、二百人はいたのねー。ねえ、ダン?」


 私が全員、溶かしてきてあげよっか?

 まだ旅籠の裏手に回り切っていないタイミングで、エスメラルダが冗談に聞こえない声音で訊いて来る。


 僕は首を横に振った。


 そんなコトをすれば、状況がさらに厄介な事態になるに決まっていたからだ。

 周囲に誰もいないコトを確認した後、逆にこちらからも訊ねる。


「ラウグレイ高原では、貴方の黄金は地中へと溶け込んで消えていきました。でもそれは、ゾンビだったからですよね?」


「うん、そうだよ? 私が生きモノを黄金に変えたら、それはそのまま物質としてカタチを残す」


「だったら、分かるでしょう」


「なにが?」


「……盗賊二百人分の黄金の像。どうやって説明を?」


「…………あ、なるほどね?」


 分かったのか、分かっていないのか。

 エスメラルダは怪しい様子で、「言われてみれば、たしかに!」なんてリアクションを返す。


 なんて断絶だろう。


 美しくはあっても、エスメラルダはやはり人ではない。

 人間の外側からでしか、物を見れていない。

 僕はそれなのに、一瞬、アリかもしれない、だなんて思ってしまった。


 ラウグレイ高原での一件で、人ならざるモノの力をアテにする選択肢が生まれている。


 これはいけない。

 人外はそう簡単に、利用しようとして関わっていい存在じゃない。

 古今の民話や寓話で、教訓は語られている。


 だが、僕の眼はなんのために?


 エスメラルダの力ではなくとも。

 他のナニかを使って、ミアグレンで起こっている問題を打破する。


 それは、現状では無いものねだりの神様頼りだったけれども。


 僕の人生に発生した新たな選択肢で。


 実際に行動を起こすのだとしたら、慎重な立ち回りを心がけなければいけないアイデアだった。

 ああ、今夜はほんとうに困った夜である。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 翌日になった。

 旅籠の裏の厩で目覚めると、エヴァンドルたちの話し合いはまだ続いていた。


 敵は二百人。

 こちらは百人。


 質の差を考慮に入れれば、決して勝てない戦力差ではない。

 けれど、ミアグレン村を占拠している盗賊団も、決して愚かなだけの卑劣な略奪者ではないらしい。


 エヴァンは作戦を練る間、ミアグレン村周辺に斥候と偵察を放って情報収集も同時進行していた。


 〝ダイアニーシアスは常に備えを怠らぬ〟


 今回、我が家の標語は出鼻を挫かれた形だったが。

 それならばそれで、不利な戦いを開始する前に勝利のための万全を尽くす。


 将帥として正しく。

 騎士としても正しい判断。


 朝食の手配と気付けのワインを酌し、僕はその背中を純粋に頼もしいと思った。


 と同時に、従士として従兄の傍らに侍っていると。

 今回の盗賊退治が思っていたよりも、かなり難しそうなコトが、現実として分かってしまった。


「チッ……よりにもよって、ブラックロウ団とはな」


「ヤツら、ここいらの水に毒を流しやがった」


「それどころか、村々の女たちを攫ってもいる」


「村人の女どもなんかどうでもいい」


「厄介なのは、ヴェルデミア家の令嬢まで人質になってるコトだぞ」


 騎士どもは昨夜の喧騒が嘘だったかのように、声を落として頭を突き合わせていた。

 その眼差しはチラチラと時折り、僕に注がれ。


 特に副総督派閥のレオノールとマルカスは、ヒソヒソ声での囁き会話が多くなっている。


 ヴェルデミア家。

 旅籠には昨夜はいなかった、見慣れない家令服の男もいた。

 深夜の内に、ここへやって来たのだろう。


 僕は気がついていないフリをしながら、エヴァンの許可を得て旅籠の裏に出たよ。


「ねえ、ダン? ヴェルデミア家って?」


「前副総督家です。僕の父に最も厚遇されて、今では叔父に最も冷遇されている一族の家名です」


「? あれ、でも、その人たちって金葉城(ファーンサンク)を管理してるんじゃなかったの?」


「管理するコトと住むコトは別ですよ」


 叔父に冷遇され家格を落とされたヴェルデミア家は、出費の嵩む“黄金の季節城”を最低限メンテナンスしながら。

 自分たちは質素に、かつての栄華も虚しい暮らしを強いられている。


 - ヘイルガーデン南西外境荘園守護 -

 - 副総督格剥奪 ヴェルデミア家 -


 彼らは秋の城館(フォール・ホール)という小さな城館に移り住み。

 ここいら一帯の農村地域から僅かな税収を得ながら、片手で数えられる程度の荘園領主クラスにまで落ちぶれた。


 西部の貴族社会では、失墜館(フォール・ホール)ともバカにされている。


 現在の副総督家、ヴェルローズとは親戚同士なのに。


 ただ、極めて険悪な関係だと耳にしているね。


 ヴェルデミア家は僕のように、叔父一家と上手くやるのではなく。

 最後まで叔父のやり方に反抗を示した、処世術が下手くそな一族だった。


 もっとも。


 亡き父への忠誠心が高じて、叔父に反発したというよりかは。

 暗愚な主君を担ぎ上げておいたほうが、何かと好都合なことが多かっただけかもしれない。


「幼い頃、ヴェルデミア家は一人娘をダイアニーシアス家の正嫡と婚約させたがっていて、父もそれを深く考えずに許してしまいましたからね」


「へぇ、そうなんだ。……え?」


 えええええええええ!? と。

 エスメラルダはそこで、目を丸くして動揺する。


「じゃ、じゃ、それってつまり、ダンには(つがい)がいたってコト!?」


(つがい)って……」


 それを言うなら、せめて許嫁(いいなずけ)と言って欲しいところだった。


「幼い頃の話で、お互いの顔も知りませんけどね。僕が正嫡ではなくなったのと同時に、綺麗サッパリ立ち消えた話でもあります」


「でも、一度は番になったんでしょう?」


「なってませんよ。人間のそういう関係性を、動物的な尺度に当てはめようとしないでください」


「なんで? 人間も動物じゃない。ハーレムだって大好きなクセに」


 真理を突かれたような返しに、思わず反論できず。

 僕は口を閉ざして、その隙をエスメラルダに連撃された。


「なるほどね〜。じゃあ、あの人たちがダンをチラチラしながら、〝どうせ反乱の種だ〟って会話してたのは、そういうコトだったんだね〜」


「……」


 人外が視える眼。

 それは視覚だけではなく、聴覚や触覚、他の五感にまで情報を入力して来る。

 僕が聞こえなかった騎士たちの話も、エスメラルダの獣耳には簡単に入り込んで。


 いとも容易く、秘密が暴露される結果となった。


 そうか。アイツらはヴェルデミア家の一人娘を、犠牲にしてもいいと判断しているのか。


 盗賊団の名は、ブラックロウ。

 傭兵崩れのクズどもで、一丁前に掲げている旗印は黒い(うね)に逆さの赤鎌。

 農民たちの血を啜って快楽を貪る、正真正銘の人でなし集団。


 ついには貴族にまで、その血錆に塗れた刃を向けるとは。


「エスメラルダ」


「なに?」


「僕からひとつお願いがあるんですが、頼まれてくれますか?」


「え〜? まだ何も聞いてないのに、簡単には頷けなくない?」


「言うコトを聞いてくれたら、エスメと呼んであげます」


「! ほんと!? だったら、いいよ!」


「盗賊団はこのあたりの水辺に、毒を流したそうですね」


「うん、そう言ってたね」


「それは自分たちを討伐しに来る貴族の軍を、すぐには近づけさせない巧妙な策でしょう」


「ふむふむ。実際、上手くいってるもんね?」


「ええ。でです。ミアグレン村は、通称『水喰い村』と呼ばれているそうなので」


 どこかこの近辺に。


「水を汚されて怒りに震えるモノがいないか、探してみてはくれませんか?」


 暴王の圧政により。

 この大陸は神秘のほとんどを、迷信と定めた。


 だが、迷信ならざる神秘の具現は、たしかに眼の前で実在している。


 田舎や辺境では、その名残りが人々の暮らしの中に今も息づいているんじゃないかな?


 エヴァンドルが最初に、田舎臭いと評した理由もそこにある。

 ミアグレン村には、僕の予想/期待が正しければ──


「ああ、それなら簡単だわ。なに? あの仔に用があるの?」


「……いるんですね?」


「ええ、いるけど」


 エスメラルダは、言った。

 水の精霊。

 川のヌシ。

 溺れる者を喰らうモノ。


水棲馬(ケルピー)の彼で、いいんでしょう?」


 ──やはり。

 黄金よりもよっぽど説明をつけやすい存在(モノ)が、利害を一致させて存在した。


 どいつもこいつも、自業自得と知ればいい。


「では……その彼と話をつける手助け……も、お願いできますか?」


「エスメって呼んでくれるなら」


「エスメ」


「うわっ! ダンって女たらしじゃない?」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 夜になる前には、ケルピーとの話し合いは終わった。


 水の精霊は人間との対話を望まなかったけど、エスメラルダが仲介になってくれたので辛うじて意思疎通が叶った。


 エスメラルダが彼と呼んでいたのと、便宜上、代名詞が無いのは不便なので僕も彼と呼称するけど。

 彼は凄まじい怒り狂いようで、自分の棲み家である川を毒で汚された事実に、盗賊団のみならず手当り次第人間を殺したがっていた。


 しかし、ケルピーは水辺から離れられないらしく。


 また、水辺に近づいた人間だけしか、溺死させられない存在らしい。


 旅籠の裏手には井戸があり、その水底から現れてくれた彼は。

 最終的に、盗賊団を全員〝喰らえる〟のなら、怒りを鎮めると約束してくれた。


 ただし、条件があった。


 人間を喰い物としか見ていない彼は、僕が盗賊団を水辺に追い込めなければ、代わりに僕の家族を喰らうと宣言したんだ。


 僕自身はエスメラルダに守られているから、ここで狙われるのはエヴァンドルに他ならなかった。


 そして、約束を守ることを証明するために、生贄も捧げろと要求して来た。


 生贄は誰でも良くて、彼はとりあえず人間の命を奪わなければ溜飲を下げられない、と譲らなかったんだよ。


 盗賊団でもいいですか? と訊ねると。


 もちろん構わない、とのコトだったので。


 僕はエヴァンドルに、数人の盗賊を生け捕りにしてもらわなければならなかった。


 どのみち、二百人もの盗賊団を一度に相手取るのは愚かだったので。

 これは従兄も却下しない範囲の進言になる。


 まだ騎士たちが、どんな作戦を決行するか分かっていないものの。

 少数をおびき寄せて少しずつ敵戦力を削っていく作戦なら、採用される可能性が高い。


 ヤツらは自分たちの飲み水を確保しておくために、必ず毒を入れなかった水源を確保している。


 それを見つけて徐々に堰き止めてやれば、不審に思った盗賊たちが確認のために村から出てくるだろう。


 向こうもそろそろ、僕らの存在に気がついているはずなので。


 まだこちらが、向こうの作戦通りに手をこまねいていると、錯覚させたまま闇討ちを決行するのだ。


 これは我ながら、上手くいきそうな作戦だと僕は思った。


 そして。


〝贄を以って 我が怒りは 力を増す〟


 ケルピーの彼は生贄を喰らうコトで、一時的にかなりの超常現象を操れるらしい。


「雨降らし。液状化。鉄砲水。多少近くまで追い込んでくれれば、後は川の流れを少しイジって、強引に()()コトもできるそうよ?」


 エスメラルダによる翻訳と補足には、ほんとうに助けられた。

 そこまで聞いたら、後はもうコチラの努力次第である。


 闇討ちによって敵勢力を削れば、ある段階で敵も攻撃に気がつく。


 盗賊団は僕らを疑い、そして自分たちのほうが僅かに数で上回っていると分かれば。


 逃げるのではなく、怒りと復讐に駆られて必ずや戦いを選択するはずだ。

 貴族にまで手を出すほど増長しているのなら、賊の首魁は絶対に戦いを挑んでくる。


 仮にそうならなかったとしても、背中を向けて逃げ出すのならば騎馬による追撃戦だ。


 人質を盾に、村に立て篭もられているのが厄介なのであって。

 盗賊団が村を出れば、ヤツらはどうあれ自分たちの優位性を手放すことになる。


 ミアグレン村は、ケルピーの棲む川から水を引いていた。

 いまは毒が投入されているので、灌漑農村は水引きを堰き止めているけど、水源との距離自体は非常に近い。


 そのため、村から盗賊たちをおびき出しさえすれば、水の精霊はヤツらを容易に喰らえる。


 僕はエヴァンドルに、盗賊たちを川の対岸で待ち受け、逃げるようだったら追い立てましょうと。


 後はただ、そう進言するだけで良かった。


 目論見通りに事が運べば、水にまつわる天災が盗賊たちを破滅させる。


 川を挟んで真向かい合う形になっても、実際には戦いは起こらず、敵は精霊の祟りで蹂躙されて死ぬのだ。


 これなら、無茶な作戦で犠牲者が出ることも無い。


 人質が戦闘に巻き込まれる可能性も、恐らくは低い。


 従士の立てた作戦では信頼されないかもしれないけど、レオノールとマルカスが提案する作戦に比べれば、遥かにマシだと信じてエヴァンドルのもとに向かった。


 願わくば、従兄が我が家の悪癖を発動させて、人質を見捨てる方向に舵を切っていませんように。

 他にどうしようもないのならともかく、現状はまだその時ではない。


 従兄は昨日から変わらず、サー・ガレスやコリンに囲まれ、ミアグレン周辺の地図を見下ろしていた。


 僕は無事な木卓がまだ残っていたコトに驚きながら、「失礼します」と彼らに近づこうとして。


 しかしそこで、副総督派閥のふたりが姿を消している違和感に足を止めた。


 ヴェルデミア家の家令は哀れな様子で項垂れながら、部屋の隅で「〈地母〉と〈貴人〉と〈幼童〉よ、どうかお嬢様をお救いください……!」としきりに祈っている。


 ちょうどそこに、旅籠の女将が後ろから現れたので、僕は訊ねた。


「すいません、ふたりの行方をご存知ですか?」


「荊棘と金麦の殿様たちですかい? さっき、厩のほうに向かうのを見ましたよ」


「ありがとうございます」


「え、ありがとう……?」


 貴族に感謝されるのに慣れていないのか、女将は目をパチクリさせて硬直した。

 それを尻目に、僕はなんだか嫌な予感がして厩へ急いだ。


「あの人たち、何をする気なのかな?」


「ッ」


 人目があるので、エスメラルダに返答はできない。

 僕は早足で、日没の境界線に染まる厩へ途中からはほとんど走っていた。


「何を! そこで!」


「おっと。見られたぞ」


「構うものか。反乱の種は、コイツも同じだ」


「!」


 レオノールとマルカスが、ファイヤーの手綱を見知らぬ男たちに引き渡している。

 そして手には金貨の小袋を持ち、どう見ても騎士ではない胡乱な格好の男たちから、また新たな小袋を渡されていた。


「裏切ったな」


「見解の相違だな、小僧」


「見方を変えれば、これは忠誠だ」


「馬代は、たしかに払ったぜ?」


「そいつはどうする? オレらが処理するか?」


「いや、結構」


「どうせ何もできん」


「ファイヤーッ!」


 思わず叫んだ。

 だが従兄の愛馬は手綱を引っ張られて、鞭で叩かれる。

 ゴロツキども──盗賊たちは、そのまま自分たちの馬──僕らの軍馬だ──にも乗ってミアグレンの方角へ。


 酷薄な笑みを浮かべたソーンフォールとフェルドレンが、クツクツと肩を揺らした。


「なんてことだ。盗賊団め、我らの軍馬を奪っていきおった」


「我らの軍馬ばかりか、若殿の愛馬まで奪われるとは」


「馬の世話を任されていた従士は、何をしていた?」


「さぁて? 我らが駆けつけたときには、ここにはおらなんだ」


「この状況下で、どこぞをほっつき歩いていたワケか」


「ダン。殺していい?」


 最後のはエスメラルダの言葉だが、良いと言わないで唇を引き結ぶのには、多大な苦労を要した。


「それがオマエたちの選択か」


「言葉に気をつけろ、小僧」


「オマエを処断するのは、我らではない。若殿だ」


 ファイヤーから目を離した非は、たしかに僕のものだった。

 従士として雑な仕事をしてしまった罪は認めよう。

 だが。


「言葉に気をつけろ? 下級貴族が思い上がりも甚だしいな。忘れたのか?」


「なに?」


「僕は従士でも、馬に乗れる従士だ」


 ダッ! とカラダを反転させ、僕は急いで表の軍馬のもとへ向かった。

 裏切り者どもは盗賊団に、よりにもよって貴族に不可欠の馬を譲り渡す愚行を犯した。


 ファイヤーは臭いけど、エヴァンドルが大事にしている馬なんだよ。


「なっ、チッ!」


「く、待てこのガキが……!」


 すばしっこさでは若さが勝つ。

 厨房を抜けて、食堂へ。

 カウンターテーブルを飛び越えながら、「裏切った! ソーンフォールとフェルドレンは裏切った!」と力の限り叫ぶ。


 驚いたエヴァンやサー・ガレス、コリンたちが、何事だ? と声を発するのも置き去りにして。

 視界の端で、槍の騎士たちが武器を取るような仕草をしたのを確認しながら。


 僕は表で待機していた見張りの騎士が、呆気に取られているのを良いことに、「奪われた馬を取り戻す!」と叫んで彼の馬に飛び乗った。


 そして駆る。


 走る先は当然、ファイヤーを連れて行かれたミアグレン。


 しかしミアグレンに着く前に、追いついて見せる。


 僕に武芸の才能は無かったけれど。


 貴族の本物の騎行ってヤツを、盗賊どもに教えてやる。




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