第7話:断罪劇開幕
「聞こえなかったのか? アリア・ローズベリー! 貴様との婚約を破棄すると言っているのだ!」
エドワード様の怒号が、再び大講堂の空気を引き裂いた。
壇上の彼は、まるで英雄気取りで胸を張り、私を指差している。
その隣では、ピンクのドレスを着たミエラが、私のことを怯えたような目で見つめながら、王太子の腕にしがみついていた。
「……理由は、お聞かせ願えますか?」
私は優雅に扇を閉じ、首を傾げてみせる。
声色はあえて平坦に、感情を殺して。
周囲の貴族たちが息を呑む気配が伝わってくる。
彼らは固唾を飲んで見守っている。
公爵令嬢が地に落ちる瞬間を、残酷な好奇心と共に。
「理由だと? よくもぬけぬけと!」
エドワード様は軽蔑を隠そうともせず、言葉を続ける。
「第一に、貴様のその冷酷な性格だ! 私の愛するミエラに対し、数々の嫌がらせを行ってきたな? 廊下ですれ違い様に暴言を吐き、彼女の純粋な心を傷つけたこと、数え上げればキリがない!」
「ひどかったですわ……。『平民上がりが気安く話しかけるな』とか、『そのドレスは安物だ』とか……っ、ううっ」
ミエラがタイミングよく涙を拭う仕草をする。
会場から「なんて酷い」「やはり噂は本当だったのか」という囁きが漏れた。
(ええ、言ったわね。事実ですもの)
私は心の中で肯定する。
王族の婚約者たる者が、礼儀も知らぬ相手を指導するのは当然の責務。
それを「いじめ」と変換する彼らの脳内はお花畑らしい。
「そして第二に! これが決定的だ!」
エドワード様は懐から一枚の書類を取り出し、高々と掲げた。
「国庫金の横領だ! 貴様は私の婚約者という立場を悪用し、王室の予算を私利私欲のために使い込んだ! その総額は、国家予算の数パーセントにも及ぶ!」
どよめきが大きくなる。
横領。それは貴族社会において、最も忌むべき犯罪の一つだ。
視線が痛いほど突き刺さる。
軽蔑の色が濃くなるのを肌で感じた。
「身に覚えがありませんわ」
私は眉一つ動かさずに返した。
「ほほう、しらばっくれる気か。だが、証拠はここにある!」
エドワード様は勝ち誇った顔で、書類を突きつける。
「これを見ろ! 貴様が宝石店やドレス店で購入した際の請求書と、貴様のサインが入った支払命令書だ!」
遠目に見えるその紙面には、確かに私の筆跡らしきサインがある。
だが、それは巧妙な偽造か、あるいは私が過去に公務でサインした書類の一部を切り貼りしたものだろう。
ミエラが私の執務室から何かを盗み出したとしたら、筆跡を真似る練習くらいはしていたのかもしれない。
「それに、まだあるぞ!」
彼はもう一方の手で、ポケットから何かを取り出した。
古びた真鍮の鍵だ。
先日、私が執務室でわざと見つけさせた、あのアンティークキー。
「これが動かぬ証拠だ! 貴様が『秘密』と言って隠そうとしたこの鍵! これこそが、裏帳簿と横領した現金を隠した金庫の鍵だろう!」
(ああ、やっぱりそう解釈したのね)
私は扇の下で、必死に笑いを噛み殺した。
その鍵は、ただの蚤の市で買ったガラクタだ。
どこの金庫も開きはしないし、そもそも私には隠すべき金庫など存在しない。
だが、彼はそれを「勝利の鍵」だと信じて疑っていない。
ミエラもまた、「これでアリア様は終わりですわ!」と目を輝かせている。
「さあ、申し開きがあるなら聞いてやる。もっとも、この動かぬ証拠の前では、どんな言い訳も無意味だろうがな!」
エドワード様が壇上から階段を降り、私の方へ歩み寄ってくる。
まるで罪人を裁く裁判官のように。
周囲の人垣が割れ、私と彼の間には誰もいなくなる。
孤立無援。
そう見えるだろう。
誰の目にも、公爵令嬢アリアは追い詰められた哀れな獲物として映っているはずだ。
私はゆっくりと視線を巡らせた。
嘲笑う令嬢たち。
顔をしかめる貴族たち。
そして、柱の陰で静かにこちらを見つめる、夜空色の瞳をした青年。
ルシアン様と目が合った。
彼は微かに頷いた。
「今だ」という合図。
私は息を吸い込み、背筋をさらに伸ばした。
怯える演技はもう終わりだ。
ここからは、冷徹な論理で彼らを殴り倒す時間である。
「……動かぬ証拠、と仰いましたわね?」
私は静寂を破り、凛とした声を響かせた。
「では、その書類を拝見してもよろしいですか? わたくしが本当にサインをしたものなのか、確認させていただきたく存じます」
「ふん、往生際が悪い。いいだろう、自分の罪を直視して絶望するがいい!」
エドワード様は無造作に、その偽造書類を私に押し付けた。
私はそれを受け取り、パラパラとページをめくる。
日付、品目、金額。
そしてサイン。
全てが滑稽なほどに杜撰だった。
彼らは知らなかったのだ。
私が公務において、どのような管理体制を敷いていたかを。
そして、この国の「法」と「会計」の仕組みを。
「……殿下」
私は書類から顔を上げ、憐れむような瞳で彼を見つめた。
「これが証拠とおっしゃるのなら……貴方様は、ご自分で墓穴を掘られたことにお気づきではありませんの?」
「な、なんだと?」
「この書類、日付がすべて平日になっておりますわ。しかも、わたくしが領地へ視察に行っていた期間の日付まで含まれております」
会場の空気が、ふっと変わった。
エドワード様の顔から、余裕の笑みが消えていく。
断罪劇の幕は上がった。
脚本を書いたのは彼らだが、結末を決めるのは私だ。




