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処刑台から舞い戻り、今度は悪役令嬢を演じてみる  作者: 月雅


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第4話:泥船の上の恋人たち


「お待ちください、アリア様!」


王宮の回廊を歩いていた私は、背後から投げかけられた金切り声に足を止めた。

振り返ると、桃色の髪をふわふわと揺らした小柄な少女が、侍女も連れずに駆けてくるところだった。

男爵令嬢ミエラ。

エドワード様が入れあげている愛しき「癒やし」であり、私の処刑エンドにおける元凶の一人だ。


「……何の用ですの? 男爵家の分際で、公爵令嬢の道を塞ぐなど」


私はゆっくりと扇を開き、口元を隠して冷ややかに見下ろす。

周囲には、公務中の文官や貴族たちの姿がある。

絶好の観客だ。


ミエラは私の言葉にわざとらしく怯え、胸の前で手を組んだ。

その腕には、先日エドワード様が王室費で購入し、私が突き返したはずの「情熱の森」のブローチが輝いている。

横領品を堂々と身につけて歩く神経の図太さには、ある意味感服するしかない。


「ひどいです、アリア様……! あた……私、ただ殿下のことをお伝えしたくて」


彼女は潤んだ瞳で上目遣いをする。

得意の「悲劇のヒロイン」の演技だ。


「殿下、最近とてもお心を痛めていらっしゃいます。アリア様が冷たい態度をとるから、夜もお眠りになれないって……。どうか、もう少し優しくして差し上げてください!」


回廊がざわめいた。

「健気な子だ」「それに比べてアリア様は……」という囁きが漏れ聞こえる。

彼女の狙いはこれだ。

私を悪役に仕立て上げ、自分がいかに慈悲深く、王太子を愛しているかをアピールする。


(反吐が出るわね)


私は扇をパン、と音を立てて閉じた。

その音にミエラがビクリと肩を震わせる。


「優しく? 平民上がりの貴女に、王族との付き合い方を説教される覚えはありませんわ」


「そ、そんなつもりじゃ……」


「身の程を知りなさい。そのブローチの輝きも、貴女のような家格の低い娘には釣り合っておりませんことよ」


私は軽蔑の眼差しを一瞥だけ残し、踵を返した。

背後でミエラが「うっ、うう……」と嘘泣きを始める声が聞こえる。

周囲の同情は完全に彼女へ向いただろう。

これで私の「悪役令嬢」としての評判は盤石なものとなった。


     * * *


「お疲れ様。見事なヒールっぷりだったね」


人目を避けて訪れた王宮の温室で、ルシアン様がクスクスと笑いながら出迎えてくれた。

緑に囲まれた小さなテーブルには、湯気を立てる紅茶と、色とりどりのマカロンが用意されている。


「見ていらしたのですか?」


「もちろん。君が彼女をあしらう時の、あのゴミを見るような目。ゾクゾクしたよ」


ルシアン様は私の手を取り、エスコートして椅子を引く。

その手つきは優雅で、エドワード様のような乱暴さは微塵もない。


「それにしても、あの女狐も随分と派手に動き始めたな」


席に着くと、ルシアン様は一枚の書類をテーブルに滑らせた。

それは、王都の服飾店から王室宛に届いた請求書の束だった。

宛名はエドワード様だが、購入明細には女性用のドレスや靴、鞄がずらりと並んでいる。


「これ、すべてミエラ嬢のツケだ。兄上の名前を使って、サイン一つで買い漁っているらしい」


「……限度を知らないのですか、あの方は」


金額を見て呆れた。

これだけの額があれば、小さな村の一つくらいは買えるだろう。

彼女は「王太子の愛人」という立場を、無制限の打ち出の小槌か何かと勘違いしているようだ。


「店側も、王太子のサインがあるから断れない。だが、支払いの期日は迫っている。兄上の手持ちの予算――というより、横領できる枠はもう底をついているはずだ」


ルシアン様がマカロンを一つ摘み、私の口元へと差し出した。


「はい、あーん」


「……自分で食べられますわ」


「いいから。毒なんて入っていないよ。君の疲れを癒やすための、僕からの個人的な贈り物だ」


甘い香りに誘われ、観念して口を開く。

サクッとした食感と共に、フランボワーズの酸味と甘みが広がる。

張り詰めていた神経が、ふわりと解けていくのを感じた。


「美味しい……」


「だろう? 君は頑張りすぎだ。たまにはこうして甘やかされないと」


ルシアン様は頬杖をつき、優しげな瞳で私を見つめる。

その眼差しは、先ほどのミエラの演技とは違う、本物の温かさを帯びているように見えた。

ただの契約関係。

利用し合うだけの共犯者。

そう分かっているのに、彼といる時間の心地よさに、私は少しずつ溺れ始めている。


「さて、甘い時間の後には、少し苦い話をしようか」


マカロンを食べ終えた私を見て、ルシアン様が声を落とした。

その瞳から温かさが消え、冷徹な策士の色が戻る。


「兄上は追い詰められている。金がない、女にはせがまれる、婚約者には冷たくされる。……次に彼が何をするか、予想できるかい?」


「……普通なら、節約するか、私に泣きつくかですが」


「あいにく、兄上に『節約』という概念はない。そして君にはプライドが邪魔して頭を下げられない。となると、手をつけるのは一つだ」


ルシアン様は人差し指を立て、天井――その遥か上にある、王の執務室の方角を指差した。


「国の根幹に関わる資産。換金性の高い『重要書類』の持ち出しだ」


背筋が凍った。

王室予算の横領ならまだ金銭の問題で済むが、権利書や国債に手を出せば、それは国家反逆罪に等しい。

前世ではそこまで堕ちる前に私が処刑されたため、知らなかった展開だ。


「鉱山や領地の権利書……それを担保に闇金から借りるつもりかもしれませんね」


「その通り。そして兄上は、それを管理する鍵の場所を知っている」


ルシアン様の言葉に、私はハッとした。

エドワード様は知らないはずだ。

だが、かつて私が王太子妃教育の一環で鍵を預かっていた時期があり、それを彼が見ていたとしたら。


「……罠を張りましょう」


私は残りの紅茶を飲み干し、不敵に微笑んだ。


「泥船に乗った恋人たちが、自ら沈んでいくための舞台を」


「ああ。最高のショーにしよう」


ルシアン様もまた、妖艶な笑みを返す。

温室の花々が震えるほどの、美しい悪意が二人の間で交錯した。


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