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処刑台から舞い戻り、今度は悪役令嬢を演じてみる  作者: 月雅


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第3話:悪女の散財、実は投資


(なんて下品な輝きなのかしら)


王都の一等地にある高級宝飾店「ルミエール商会」。

そのVIPルームで、私は目の前に並べられた宝石の山を冷ややかに見下ろしていた。


「いかがでございましょう、アリア様。こちらのサファイアは、東方から届いたばかりの逸品でして」


揉み手をする商会長の背後で、エドワード様が不機嫌そうに腕を組んでいる。

前回のガゼボでの一件以来、彼は私に対して常に警戒心を剥き出しにしていた。

だが、公爵家との結びつきを維持するため、こうして「機嫌取り」の買い物には付き合わざるを得ないのだ。


「悪くないわね」


私は大げさに溜息をつき、ひときわ大きく、そして色彩がけばけばしい首飾りを指差した。


「でも、少し物足りないわ。……ねえ、店主。例の『新作』があるのでしょう? 噂で聞きましてよ」


「お、お耳が早いですな! ございますとも!」


商会長が恭しく運んできたのは、赤と緑の宝石が複雑に絡み合った、見るだけで目が痛くなるような派手なブローチだった。

「情熱の森」と名付けられたその品は、流行の最先端とされているが、その実態は違う。

私の記憶が正しければ、この宝石は特殊な薬剤で着色された安物だ。

数ヶ月もすれば色が抜け、ただのガラス玉同然になってしまう。


しかも、このルミエール商会自体、粉飾決算が露呈して来月には倒産する。

購入後のメンテナンスなど望めるはずもない。


「まあ、素敵! これこそ次期王妃に相応しい輝きですわ!」


私は演技たっぷりに目を輝かせた。

チラリと横目で見ると、エドワード様が顔をしかめている。


「おい、アリア。それは少々、値が張りすぎるのではないか?」


「あら、殿下。わたくしへの愛は、金貨の枚数で量れるほどお安いものでしたの?」


挑発的に微笑むと、エドワード様の眉間の皺が深くなった。

彼はプライドの生き物だ。

店主や護衛たちの前で「金がない」とは口が裂けても言えない。


「……分かった。店主、それを包め」


「ありがとうございます! では、お支払いはいつものように……」


「ああ、王室のツケで頼む」


エドワード様がサインをした伝票は、「王室公費」として処理される。

本来は国賓への贈答や備品購入に使われるべき予算だ。

それを私的な贈り物に使うのは明確な横領だが、彼は「王太子である自分は国そのものだ」という歪んだ理屈で罪の意識を持っていない。


契約が成立した瞬間、私はふっと興味を失った顔を作った。


「……待って」


商会長が商品を箱に入れようとした手を止める。


「よく見たら、デザインが少々古臭くありませんこと? わたくしのドレスには合いそうもありませんわ」


「は、はい?」


「やっぱりいらないわ。気分が変わりましたの」


私は扇をパチンと閉じた。

室内の空気が凍りつく。

エドワード様の顔が怒りで真っ赤に染まった。


「き、貴様……! 私がサインをした直後に何を言うか! もうキャンセルは効かんぞ!」


「あら、でしたらミエラさんにでも差し上げたらよろしいのでは? あの方なら、こういう派手なものがお好きでしょうし」


「なっ……なぜそこでミエラの名が出る!」


図星を突かれたのか、エドワード様が狼狽える。

彼はすでに購入してしまった「情熱の森」を突き返せず、かといって国庫の金で買ったものを王室倉庫に戻す手続きも面倒くさい。

結局、彼の手元に残るのは「高価だが使い道のないゴミ」だ。

私の予想通りなら、彼はこれを「愛の証」としてミエラに横流しするだろう。

横領の証拠品が、愛人の元へ渡る。

完璧な筋書きだ。


「わたくし、安物には興味が失せました。帰らせていただきます」


私は唖然とする二人を残し、優雅に部屋を出た。


     * * *


店を出てすぐ、大通りから一本入った静かな路地に馬車を停める。

そこで待っていたのは、目深にフードを被ったルシアン様だった。


「やあ。随分と派手にやったみたいだね」


馬車に乗り込んできた彼は、楽しげに口笛を吹いた。


「兄上、あのブローチを持ってミエラの屋敷へ向かったよ。『君のために特注した』なんて嘯いてね」


「予想通りですわ。これでまた一つ、証拠が増えました」


私は小さく息を吐き、緊張を解く。

ルシアン様は手元の書類――先ほどの店での会話を記録したメモ――を満足げに眺めている。

私たちは先日、魔法誓約書で結ばれた「共犯者」だ。

この情報は、将来の断罪劇で致命的な刃となる。


「それで? 君の方はどうなったの」


「ええ、こちらも抜かりなく」


私は懐から、一枚の契約書を取り出した。

ルミエール商会での騒ぎの裏で、執事のセバスチャンに命じて別の商会と結んだ契約だ。

購入したのは宝石ではない。

北部の寒冷地で採れる「ある香草」の独占販売権だ。


「『雪解け草』の権利か。今はただの雑草扱いされているけれど」


「来年、隣国で流行り病の兆しがあります。この草はその特効薬の原料になるのです」


前世の記憶にある情報を利用した、確実な投資。

資金の出所は、父から「好きに使ってよい」と任されている公爵家の投資用予算だ。

これは私物化ではなく、家への利益還元である。

エドワード様の浪費とは本質的に異なる。


「へえ……。君の『予言』が正しければ、公爵家は莫大な利益を得ることになるね」


ルシアン様は感心したように目を細め、それから悪戯っぽく笑った。


「悪女の散財に見せかけて、実は堅実な投資家、か。兄上が知ったら泡を吹いて倒れるんじゃないかな」


「倒れていただいて構いませんわ。むしろ、そのためにやっているのですから」


「手厳しいな。でも、そういう容赦のないところも……嫌いじゃないよ」


不意に距離が縮まる。

狭い馬車の中で、彼の夜空色の瞳が私を捕らえた。

先日、ダンスを申し込まれた時のような、甘く危険な空気が流れる。

だが、彼はすぐに身を引き、真面目な顔に戻った。


「だが、そろそろ潮時だ。兄上の浪費が市井の噂になり始めている」


「ええ。商会の口は軽いですから」


「問題は、兄上がその責任を君になすりつけようとしたり、『アリアが欲しがったから仕方なく買った』と言い訳をすることだ」


ルシアン様の声が低くなる。

それは私たちが予期していた展開だ。

エドワード様は自分の非を認めない。

必ず、誰かを悪者にする。


「望むところですわ。悪名を被れば被るほど、後のカタルシスは大きくなりますもの」


私は強気に言い放ったが、ルシアン様は少しだけ心配そうに眉を寄せた。

そして、私の手をそっと握る。


「無理はしないで。君が悪役を演じきれるよう、僕が舞台裏を完璧に整えておくから」


その手の温もりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。

ただの契約関係。

利害の一致した共犯者。

それだけのはずなのに、彼の言葉はいつも、私の孤独な戦いを支えてくれる。


「……期待しておりますわ、パートナー」


馬車が揺れる。

窓の外では、何も知らない王都の人々が行き交っていた。

この平穏な日常の裏で、国を揺るがす崩壊の足音は、確実に近づいている。


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