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処刑台から舞い戻り、今度は悪役令嬢を演じてみる  作者: 月雅


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第2話:共犯者は仮面の下を覗く


「いりませんわ。そのような趣味の悪いもの」


私は目の前に差し出されたベルベットの小箱を、扇の先でつんと押し返した。


王宮の庭園にあるガゼボ。

エドワード様との「定例のお茶会」という名の苦行の最中である。

彼の手には、鶏の卵ほどもある巨大なルビーの首飾りが握られていた。


「趣味が悪いだと? これは私が直々に選んだ最高級品だぞ!」


「ええ、存じております。ですが、石ばかり大きくてデザインに品がありません。まるで成金商人のようですわ」


「き、貴様……!」


エドワード様の顔が赤から紫へと変わっていく。

前世の私なら、「まあ、素敵ですわ! 一生の宝物にいたします!」と涙を流して喜んだふりをしただろう。

そしてその首飾りは、私の首を飾ることなく、王室費の不正流用という「証拠品」として保管される運命にあった。


そう、この首飾りもまた、国の予算である「外交交際費」の枠から捻出されたものだ。

本来は他国の賓客へ贈るための予算を、彼は自分の恋人へのプレゼント代として流用している。

私が受け取れば共犯。受け取りを拒否すれば、それはただの「未遂の横領物」だ。


「受け取れと言っているんだ! アリア、お前はいつからそんなに可愛げのない女になった!」


「可愛げなど不要ですわ。公爵令嬢に必要なのは品格と知性。殿下も少し学ばれてはいかが?」


「もういい!」


エドワード様は乱暴に小箱をテーブルに叩きつけた。

ガチャン、と陶器のカップが跳ねる音と共に、彼は肩を怒らせてガゼボを出て行く。


「顔も見たくない! 今日の茶会は中止だ!」


その背中が見えなくなるまで、私は背筋を伸ばして見送った。

足音が完全に聞こえなくなった瞬間、張り詰めていた糸が切れる。


「……ふぅ」


深いため息と共に、私は椅子に座り込んだ。

テーブルの下で膝の上に置いた手が、小刻みに震えている。

どれだけ虚勢を張っても、身体は正直だ。

彼と対峙するたびに、冷たい刃の感触と、首が落ちる瞬間の浮遊感が蘇る。


(大丈夫。上手くいっているわ)


自分に言い聞かせるように、震える手をもう片方の手で強く握りしめる。

これでまた一つ、嫌われる実績を作れた。


「ブラボー。見事な悪女ぶりだね」


不意に、背後の植え込みから拍手の音が聞こえた。

心臓が口から飛び出るかと思った。

バッと振り返ると、そこには先日、夜会の壁際で私を見ていた第二王子、ルシアン様が立っていた。


「ル、ルシアン殿下……いつからそこに?」


「最初からだよ。兄上があの悪趣味な石を取り出したあたりからかな」


彼は悪びれる様子もなく、ガゼボの階段を上がってくる。

そして、エドワード様が座っていた向かいの席――まだ温かい紅茶が残っている場所へ、優雅に腰を下ろした。


「それにしても驚いた。あの兄上が言葉でやり込められて逃げ出すなんて。昔の君なら、ありがたく頂戴して金庫にしまっていたでしょう?」


「……人は変わるものですわ」


私は震える手をテーブルの下に隠し、冷ややかな仮面を被り直す。


「それに、あれは私の趣味ではありません。ただそれだけのことです」


「本当に? ……じゃあ、どうして君の手はそんなに震えているの?」


ルシアン様がテーブル越しに身を乗り出し、私の隠していた手首を掴み上げた。

抵抗する間もなかった。

彼の長く綺麗な指が、私の脈打つ手首を容赦なく捉えている。


「君は兄上が怖いんだね。それなのに、わざと彼を怒らせるような真似をしている」


夜空色の瞳が、私の奥底まで見透かすように細められた。


「何のために? 国のため? それとも、兄上の目を覚まさせるため?」


「……違います」


私は彼の手を振りほどこうとしたが、その力は意外なほど強かった。

逃げられないと悟り、私は彼を睨み返す。

優等生のような答えなんて、今の私には必要ない。


「自分のため、ですわ」


「自分のため?」


「ええ。あの方の隣にいては、私は不幸になるだけですもの。だから嫌われて、婚約を破棄していただくのです。私の人生と自由を守るために」


私の答えを聞いた瞬間、ルシアン様の目が大きく見開かれた。

そして次の瞬間、彼は心底嬉しそうに、喉を鳴らして笑った。


「くくっ、ははは! 最高だ。まさか『自分のため』と言い切るとはね!」


彼は私の手を離し、ひとしきり笑った後、熱っぽい瞳で私を見つめた。


「気に入ったよ、アリア・ローズベリー。その利己的な賢さが、僕には何よりも好ましく思える」


「はぁ……?」


「取引をしよう。君の望みを叶える手伝いをしてあげる」


ルシアン様は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

淡い光を放つそれは、ただの紙ではない。

魔力を帯びた「誓約書」だ。


「僕は君が円満に婚約破棄できるよう、裏で手を回そう。兄上の有責で、君が慰謝料をたっぷりふんだくれるようにね」


あまりに魅力的な提案に、私はごくりと喉を鳴らした。

だが、タダより高いものはない。


「……対価は、何を望まれますの?」


「僕の目的への協力だ」


ルシアン様の表情から笑みが消え、鋭い策士の顔になる。


「僕はね、この腐った王宮を掃除したいんだよ。兄上の浪費、それに群がるハイエナたち。……君なら知っているだろう? 兄上がどこから金を引き出しているのか」


ドキリとした。

彼は気づいている。エドワード様の資金源が、適正な個人の財布ではなく、公的な国庫であることを。

そして私が、帳簿の管理において卓越した能力を持っていたことも。


「君には、僕の『目』となり『計算機』となってほしい。兄上の財布の紐を、僕と一緒に握り潰してくれないか」


彼はペンを取り出し、さらさらと誓約書に条件を書き込んでいく。

『アリアの婚約破棄への協力』と『ルシアンへの情報提供と実務補佐』。

そして最後に『契約違反時は、一週間の高熱に苦しむこと』というペナルティ。

死にはしないが、絶対に避けたい絶妙な罰則だ。


私は迷わずペンを受け取った。

彼が味方につけば、私の計画の成功率は跳ね上がる。

それに何より、この男となら――


「いいでしょう。共犯関係、結ばせていただきますわ」


私がサインをした瞬間、羊皮紙が金色の光に包まれ、ふわりと消滅した。

契約成立だ。


「ありがとう、僕の可愛い共犯者さん」


ルシアン様は満足げに微笑み、私の手を取って再び口づけた。

その唇の熱に、今度は恐怖とは違う種類の震えが走る。


「さて、まずは手始めに……兄上の次の散財を、少しばかり『誘導』してみようか」


彼の口から飛び出したのは、王太子の浪費を止めるのではなく、あえて加速させるという不穏な提案だった。

私は思わず口角をつり上げる。

ああ、やはりこの人は。

私と同じ穴の狢だ。


悪役令嬢と腹黒王子。

最凶のタッグが、ここに結成された。


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