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運命の針が止まるまで ―101回目の「はじめまして」をあなたと―

作者: 木風
掲載日:2026/01/31

侯爵令嬢エルゼ・フォン・ヴァイマルにとって、人生とは『逃走と死』という、あまりに悪趣味な円環の繰り返しだった。


親が決めた政略結婚の相手、公爵令息ヴィクトール・ド・グロブナー。

社交界での彼の噂は、聞くに堪えないものばかりだ。


「冷酷非道な氷の彫刻」

「感情を排した魔導人形」

「彼の前では小鳥さえ囀りを止める」


そんな血も涙もない男と生涯を共にするなんて、自由を愛するエルゼにとっては死ぬより辛い苦行に思えた。


——いいえ、正確には死ぬ前に心が死ぬ未来しか見えなかった。


だから、彼女は必死に逃げた。

力の限り、全力で。

1回目の人生では、結婚式の聖堂に入る直前、侍女に変装して裏門から脱走。

しかし、逃走中の馬車が雨の山道でスリップし、崖下へ転落。


「……えっ?」


目覚めれば、16歳の『婚約発表の日』の朝に戻っていた。

そこから悪夢が始まった。


2回目の人生では、婚約発表の夜会からそのまま逃亡。

日陰の身で暮らしていたにも関わらず、裏路地で暴漢に襲われ、死亡。

3回目は隣国へ高飛びしようとして船が難破して、水難事故により死亡。

4回目は身代わりを立てて国外へ——と思ったら身代わりが泣きながら縋りついてきて計画崩壊して、結局死亡。


きっと誰も悪くない。

悪いのは、私の人生を強制終了させる世界の方よ……!


10回目、50回目、80回目……。

逃げ出すタイミングを変え、逃走ルートを変え、果ては毒殺を警戒して自炊まで極めたが、どう足掻いても20歳の誕生日を迎える前に『死』の強制イベントが発生する。


事故死、暗殺、流行病、原因不明の衰弱死。

まるで世界そのものが全力でエルゼの人生の邪魔をしてやる。とでも言うように、彼女を排除しにかかってくるのだ。


ついに迎えた100回目の死因は『笑い茸に当たって死ぬ』。

もう雑だとか無理矢理すぎるとか、突っ込む気力も起きない。

いい加減ネタ切れなのも、ちょっとどうにかしてもらいたい。


そして今。

101回目の16歳の朝。

エルゼは鏡の前で、魂が抜けたような顔で呟いた。


「……もう、嫌。やってられないわ」


16歳から20歳までの4年間を、100回。

おおよそ400年間。

エルゼは『ヴィクトールから逃げる』という一点にのみ心血を注いできた。

精神年齢はもはや400歳超え。

もはや侯爵令嬢としての淑女の仮面など、ボロボロに剥がれ落ちている。


……400年よ?400年。

私、史書に載っていい。『逃走の女王』として


「400年も逃げ続けて死ぬなら、もういいわ。101回目は趣向を変えましょう。

どうせ死ぬなら、あの『氷の彫刻』の鼻柱でも折って、美味しいもの食べて、贅沢三昧して死んでやるんだから!」


そうだ。逃げるから追われる。

なら、逃げなければいい。

——いっそ、自分から当たりに行く。


エルゼは決意した。

今回の人生は、逃げない。むしろ、全力で『当たりに行って』やる。


101回目の婚約発表夜会。

シャンデリアの光が降り注ぐ会場は、香水の香りと貴族たちの下世話な噂話で満ちている。

会場の隅、まるでそこだけ気温が5度ほど低いかのような静寂を纏って立つ男がいた。


あれ……これ、私たちの婚約発表の夜会よね?

私と同じく主役のはずなのに、なんであんな端にいるのよ。

とはいえ、この展開もすでに100回繰り返している。


ヴィクトール・ド・グロブナー。


漆黒の夜を溶かし込んだような髪に、冷徹な光を宿す氷晶色の瞳。

これまでエルゼが『視界に入れた瞬間に全速力で逃走』していた、恐怖の対象だ。


……待って。よく考えたら、まともに顔を見るの、400年ぶりじゃない?

私、毎回視界の端で察知して全力ダッシュだったものね。

顔の造形を確認する余裕なんて……


思い返せばエルゼはあらゆる手法で命を落としてきた。

死因のネタ切れにも関わらず、エルゼ自身に対して、ヴィクトールが手をかけたり、関わったことは一切なかったのだ。


エルゼは扇を握りしめ、獲物を狙う豹のような足取りで彼に歩み寄った。

周囲の貴族たちが、『やっと婚約者同士が近付くのか?』『あのアイスドールに近づくなんて正気か?』と息を呑むのがわかる。


「ヴィクトール……様。はじめまして。エルゼ・フォン・ヴァイマルです」


無言で振り返ったヴィクトール。

その瞳が、初めて正面から自分を見据える婚約者を捉え、驚きに微かに揺れた。


揺れた。今、揺れたわよね?

『氷の彫刻』が動いた……!

……えっ。ちょっと、何これ。めちゃくちゃ美形じゃないの!


驚愕した。

400年前の記憶にある彼より、今の彼は数段、いや数千倍も整って見えた。

彫刻のような鼻筋、形の良い唇。

そして何より、彼が口を開いた瞬間、エルゼの世界は一変した。


「ヴァイマル令嬢。……僕に話しかけてくれるとは。明日は雪でも降らなければいいのですが」


ふわりとした微笑みと共に、その声が響いた瞬間、エルゼの脳内に直接、重厚な重低音が突き抜けた。

地下室で響くチェロのような、あるいは最高級のビロードを撫でるような、甘く、深く、震えるようなバリトン。

耳から入った振動が背骨を伝い、心臓を直接わし掴みにする。


……は?何このイケボ。

反則でしょ。

えっ、えっ?耳が妊娠してしまう!!?

400年間、私はこの声を聴かずに逃げ回ってたの!?バカなの!?私、大バカなの!?


あまりの衝撃に、エルゼの耳が幸せでぴくりと跳ねた。


「……すごく、良いお声ですわね。脳がとろけそうですわ」

「……は?」


思わず本音が漏れると、ヴィクトールは氷の仮面を剥がれ、呆然とした顔をした。

それが、致命的に人間っぽい。


今の顔、反則。

噂の『魔導人形』、感情あるじゃない……!

変な噂を流したの、いったい誰よ!?


そこからのエルゼは止まらなかった。


どうせ死ぬなら、この美貌を拝み倒し、この美声を聴きまくってから死ぬ。

そう決めたのだ。


「ヴィクトール様、その手にお持ちの本……。装丁からして、まさか禁書の『古代魔術理論・実践編』ではありませんか?」

「……知っているのか。この難解な、一般的には異端とされる内容を」

「ええ!32ページの『魂の定着に関する仮説』、著者の厭世的な性格が滲み出ていて最高にクレバーだと思いませんか?」


ヴィクトールの氷晶色の瞳に、カッと熱い火が灯った。


「……貴女ほど、この記述の本質を理解している者に……生まれて初めて会った」


その言葉だけで、胸がきゅっと締まる。

——初めて。

こちらは400年分の人生で彼を避け続けたのに、彼は今、確かに初めてと呼んだ。


……ずるい。

そんなふうに言われたら、もっと知りたくなるじゃない。


二人は会場の喧騒を完全に遮断した。

エルゼの400年分の知識と、ヴィクトールの偏執的なまでの知的好奇心が、ガッチリと噛み合ったのだ。

話せば話すほど、パズルのピースが埋まるように会話が弾む。


「エルゼ、君は……面白い。この解釈についても聞かせてほしい」

「喜んで!でもその前に、もう一度私の名前を呼んでいただけますか?その低音で」

「……なぜ」

「その声で呼ばれると、心臓が勝手に踊るんですの」


ヴィクトールは耳まで赤くしながらも、一拍沈黙し、観念したように小さく息を吐いた。

そして、耳まで赤くしながら——囁く。


「……エルゼ」


たった三音で、全身の血が熱くなる。

これはもう、恋に落ちる音だ。


キュン死にする……!ループの死因に『尊死』が加わりそう……!


その瞬間、ヴィクトールがほんの僅かに身を寄せ、他人には聞こえない声量で言った。


「……その顔は反則だ。

君がそんな顔をするなら、僕はもう、君を会場の誰にも見せたくない」


え?今、何て?

エルゼが固まると、ヴィクトールは自分でも言ってしまったことに気づいたのか、咳払いひとつ。


「……いや。忘れてくれ」

「……忘れませんわ。今の、もう一回言ってください」

「君は……っ」

「はい」

「……困る」


困る、が。

氷の彫刻の口から出た甘い弱音にしか聞こえなくて、エルゼは扇の陰で笑ってしまった。


ああ、だめ。

私、本当に……この人を好きになってしまう。


それは400年目にして初恋に他ならなかった。


それからの日々は、これまでの400年の人生が嘘のような、砂糖菓子に蜂蜜をぶっかけたような甘い時間だった。


世間では冷酷だと言われるヴィクトールだが、実態は『極度の口下手』なだけだった。

エルゼが笑うと、彼はどう反応していいか分からず顔を背けるが、その耳は真っ赤に染まっている。


顔を赤くしてはにかむ姿、顔を逸らす姿、少しだけ俯く姿。

エルゼにしか見せないその表情の、なんと可愛らしいこと!!


まるで自分しか知らない秘密を持ったようで、顔が赤くなる表情を見る度に胸が高鳴ってしまう。


ある日の庭園散歩。


「エルゼ。足元に石がある。……危ない」


差し出された大きな手。

エルゼがそれを握ると、ヴィクトールは『離し方を忘れた』とでも言うように、指を一本ずつ絡めてきた。

大きな掌の熱、指先から伝わる彼の鼓動。


「……繋いでいてもいいかな?」

「……はい」


そのイケボで訊かれたら、断れるはずがない。


またある日の図書室。


「この魔導式の記述が……」


と身を乗り出したエルゼの髪を、ヴィクトールが指先でそっと耳にかけた。

距離はわずか数センチ。

彼の氷晶色の瞳に、赤くなっている自分の顔が映っている。


「エルゼ、顔が近い。……僕の心臓を止める気か」


低く掠れた声。

耳元を掠める熱い吐息。

エルゼは逃げ回っていた400年を呪った。


こんなに幸せなら、1回目の人生でさっさと捕まっておけばよかった!

なんならこれを、400年続けられたのかもしれないのに!?


不器用な彼は、エルゼのために世界中から珍しい古書を集め、彼女が好きな花を毎日一輪、自ら摘んで届けてくれた。


「君の瞳に似ていたから」


そう言って手渡される青い薔薇と、添えられる甘い声と『氷の彫刻』とは正反対の春のような微笑み。

エルゼの心は、もう彼なしでは一日も保たないほど、深く、激しく恋に落ちるばかり。


あの図書館の日から、本を読みながらの二人の時間を過ごすのが日課になったある日のこと。


「驚いた。エルゼ、君は料理までできるんだね」

「ええ……嗜む程度ですが」


嗜むなんて嘘だ。

エルゼが400年繰り返した人生で、幾度となく毒殺された結果、なんとか回避するために自炊を覚えたからである。

今となっては普通の料理はもちろん、菓子作り、はては図書で読んだ外国の料理まで、材料と道具さえあれば、大概のものは作ることが可能なほどの腕前になったのだ。


ヴィクトールに差し入れたカップケーキを口にしていると、不意に頬に柔らかな感触が。


「ヴィクトール様!?」

「!!!すまない……!!!」


突然のヴィクトールの頬へのキスで、思わず声をあげてしまう。


「その、頬にクリームが……つい、美味しそうで……」


キスじゃなくて残念……じゃなくて……っ!

なっ!!!そんな…顔を赤らめてっ!!

私の頬なんて、いくらでも食べていただいて構わないのに!!!


あぁ!もう!どうしてこんなに心が掻き乱されるの!


思わず心の中で叫びたくなるのを必死で堪え、ヴィクトールに平静を装い向き直る。


「カップケーキが気に入ったのでしたら、また作ってきます」

「それは、嬉しいな。君の手料理なら、毎日でも食べたい」

「毎日…ですか?」

「あぁ」


毎日。

私も作りたい。

ヴィクトール様が食べる食事をずっと。

一緒に食事をする時間をこの先も共有できたなら。


そう強く願えば願えほど、時間が、20歳が近くなるのが、まるで終わりへのカウントダウンのように思えてきてしまう。"

"幸せになればなるほど、エルゼの背後には巨大な影が忍び寄る。


『20歳の誕生日』


それが、彼女に科せられた『死の処刑台』だ。


誕生日の三日前。

エルゼはテラスで夜風に吹かれながら、溢れそうになる涙を堪えていた。

これまでのループなら、この時期にはもう『死の兆候』が現れている。

事故の予感、あるいはじわじわと体を蝕む病の影。


嫌だ。死にたくない。彼を置いていきたくない……!


せっかく見つけた。400年かけてようやく出会えた、私の愛する人。

この温もりを知ってしまった今、また16歳の冷たい朝に戻るなんて、耐えられない。


「死にたくない……っ」


ぽろりと零れた独り言。

その瞬間、力強い腕がエルゼを後ろからぎゅっと抱きしめてきた。

ヴィクトールの香り――落ち着く森の香りと、わずかな古い紙の香りがエルゼを包む。


「どうした、エルゼ。……何を泣いているの。何が怖い。僕がいる。何があっても、僕が貴女を守り抜く。

神が貴女を連れ去ろうとしても、僕は決してその手を離さない」


エルゼは振り返り、彼の胸に顔を埋めた。


「ヴィクトール様……どうしましょう。私、ヴィクトール様と離れたくないんです。ずっと、貴方の側にいたいのです……」


初めての懇願するような、切実な想い。

その言葉でヴィクトールの美しい瞳が大きく揺れる。


「当たり前だ。……離さない。死が二人を分かつまで、などという甘い言葉では足りない。

運命を、時を止めてでも、僕は君を離さない」


ヴィクトールからの、叫びのような愛の言葉が胸を締め付ける。

エルゼは彼の腕の中で、声を殺して泣き続けた。


あぁ、声だけじゃなくて……性格までこんなに優しいなんて。

そして、この熱い胸板……から聞こえる、心臓の音。


気が付けば、声だけでなくヴィクトールの全てがエルゼにとって、離れ難いものになっていたのだ。


そして迎えた、運命の20歳の誕生日。


これまでの人生では、どんなに逃げても、この日の夕刻、夕闇が街を染める頃には、何かしらが起きエルゼの命は尽きていた。

今度こそは死なないようにと、僅かな期待を持ちながら、それでもいつ訪れるのかわからない、体調不調、事件、事故……に怯える時間。


けれど、今エルゼを襲う不安と怯えは、過去繰り返したそのどれとも違う。

ただただヴィクトールと離れたくないという、死の恐怖とはまた違う、初めて感じる不安だった。


ヴィクトールは、エルゼの怯えを敏感に察していた。

彼は一切の公務を放り出し、寝室に籠城するようにエルゼを抱きしめ続けた。

エルゼの不安を少しでも和らげることができるように、優しく背中を撫で、愛の言葉を囁き続ける。


「ヴィクトール様……苦しいですわ」

「ダメだ。離せば、君が煙のように、また消えてしまいそうな気がするんだ。

……今日は、このまま、ずっとこうさせてほしい。我儘を言って、すまない」


首筋に顔を埋めるヴィクトールの肩が、微かに震えていた。

幸せなのに、死の足音が聞こえる気がして、エルゼは固く目を閉じる。


もし……また16歳に戻ってしまったら。

ヴィクトール様は、また私を見つけてくれますか?

私のこの恋を、もう一度、受け入れてくださいますか?


「エルゼ……」


ヴィクトールの大きな手が、エルゼの頬を包み込む。

ゆっくりと伏せられる睫毛。

近づく、愛しい人の気配。

初めて触れ合った唇は、驚くほど柔らかく、切ないほどに熱かった。


まるで、400年分のキスを重ねるように。

何度も、何度も、失いたくない宝物を確かめるように繰り返される、甘く深いキス。


やがて――時計の針が、小さな音を立てて、0時ちょうど運命の時刻を刻んだ。


沈黙と静寂。

今までなら、とうの昔にここで胸が締め付けられ、意識が暗転するはずだった。


しかし。


「……っ、はぁ、はぁ……」


聞こえるのは、重なり合う二人の荒い吐息だけ。

瞼を開ければ、そこには変わらず、愛しそうに自分を見つめるヴィクトールの瞳があった。


窓の外では、ゆっくりと夜が明けようとしている。

黄金色の光が部屋に差し込み、二人の影を長く伸ばす。


「……私、生きてる?」

「……ああ。生きてる。エルゼ、君はここにいる。僕の目の前に変わらずに」


ヴィクトールは震える手で、彼女の頬を何度も確認するように撫でる。

手の温もりも、腕の強さも確かにここにある。

その温度に、笑みと涙が自然と零れてくる。


「私……20歳になったんですわ。ヴィクトール様!」

「誕生日おめでとう、エルゼ。……君がそんなに喜ぶなら、僕も嬉しい」


ヴィクトールの手が頬を伝う涙を拭うと、安堵のあまり、彼女を潰れそうなほど強く抱きしめ、その額に、頬に、唇に、何度も何度も深く口づけを落とした。


その日の午後。

国中で最も美しいと言われる大聖堂で、二人の結婚式が執り行われた。

400年の逃走劇の果てに辿り着いた、純白のドレス。


あれだけ逃げ続けていたのに。

幸せは結局、最初からエルゼの手の中にあったのだ。


祭壇の前、エルゼの手を取り、誓いのキスを交わそうとしたその時。

至高のバリトンが、彼女の耳元で密やかに囁いた。


「実はね、エルゼ。……僕も、ずっと奇妙な夢を見ていたんだ」

「……夢?」

「君に手を伸ばしたいのに、背を向けられ、僕の手の届かない遠いところに行ってしまう……

そんな絶望的な悪夢を、何度も、何度も繰り返していた気がするんだ」


エルゼは耳を疑い、目を見開いた。


「……ヴィクトール様も?」

「ああ。でも、この夜会で君が僕に声をかけてくれた瞬間、何かが変わった気がした。

君が僕を受け入れ、愛してくれたことで、ようやく僕は、あの悪夢から救い出されたんだ」


エルゼは理解した。

このループは、彼女一人の孤独な戦いではなかったのだ。

ヴィクトールもまた、必死にエルゼに手を伸ばそうとしていたのだ。


それを、エルゼは逃げ続け、逃げれば死ぬことを繰り返していた。


二人が互いを信じ、愛し合い、手を取ること。

それこそが、狂った運命の時計を正しく動かすための、唯一の歯車であり、鍵だったのだ。


「私もです、ヴィクトール様。私も、ようやく目覚めました。……もう、どこにも逃げたりしません」

「もちろん。逃がしてあげれる気もないけどね」


誓いのキスは、これまでのどの人生で味わった何よりも甘く、確かな熱を持っていた。


「愛している、エルゼ。一生、君の耳元で愛を囁き続けると誓おう」

「……ふふ、それは楽しみですわ。そのお声も、ヴィクトール様も、私が一生独り占めさせていただきますね」


101回目の人生で、二人はようやく『共に生きる幸せな明日』を手に入れた。

もう二度と、16歳の朝に戻ることはない。

止まっては遡り続けていた運命の針は、ようやく同じ方向を指したまま、先へと進み始めた。


これからの二人は、ただどこまでも続く、同じ時の針を進めながら共に歩むのだ。

それは、眩いほどに甘く、笑いの絶えない未来が広がっている。

そんな確信めいた希望だけを胸に抱えながら。

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