第六話 イブの日のダブルデート(小森春香視点)
主な登場人物
小森春香:高校二年生。凄く穏やかで、ほんわかした空気をまとった女子。何事にも一生懸命で、とても優しい。あまり自分の意見を言わないので、色々と人から頼まれがちな性格。料理が得意。
村上健斗:高校二年生。涼しい顔をして、実は独占欲強めの不器用な男子。春香を前にすると、執着心が凄く、嫉妬深くなってしまう自分に少し戸惑っている。
森本修弥:高校二年生。春香の幼馴染で健斗の親友。優しくて頼り甲斐がある。彼女の京子のことを溺愛している。
木下京子:高校二年生。春香とは別の高校。頭が良く、進学校に通っている。春香と修弥の幼馴染で、修弥の彼女。
朝起きてカーテンを開けると、窓の外の空気はいつもより澄んで見えた。夜のうちに少し雪が降ったらしく、屋根の上に白い粉がうっすら積もっている。
胸がきゅっと高鳴った。いよいよ今日が、ダブルデートの日だ。
京ちゃんが「早めに行くね」と言ってくれていたので、私は少し早く起きて部屋の掃除をし、暖房をつけて部屋を暖かくしておいた。
まだ準備も終わってないのに既に緊張してしまっていて、鏡の前で髪を梳かしながら、緊張をほぐそうと、何度か深呼吸した。
そうしているうちに、ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。
玄関を開けると、キャメル色のロングコートを羽織った京ちゃんが、にっこり笑って立っていた。黒のタートルニットにグレーのタイトスカート、黒タイツ、ショートブーツを着こなす姿が大人っぽくて、すっごく綺麗だった。
「春香、おはよ!今日めっちゃ寒いね。中、入ってもいい?」
「う、うん! おはよう……京ちゃん、すごく可愛い……!」
「でしょー?私も今日、修弥に褒めさせる気満々だからね!」
そう言って笑う京ちゃんは、やっぱり頼もしくて、でも女の子らしくて、とても素敵だった。
部屋に入り、私が持っている服の中で、デート向けの服を選んで、ベッドの上に並べてくれる。
「じゃあ春香、今日は絶対可愛くしていくからね。村上くん、びっくりして固まっちゃうくらいに」
「う、うん!……よろしくお願いします……!」
「ふふ、何で敬語なの!ま、良いけど。はい、コートはこれ。中はふわふわの白ニットね。下はこのチェックのミニスカ。あと黒タイツ。靴は茶色のショートブーツが良いわ」
私は言われるがままに着替え、鏡の前に立った。
白めのコートに、ふわふわしたニット。
冬らしい落ち着いた色のチェックミニに、黒タイツ。
この服装にショートブーツを履いたら、締まって見えるだろうなと思った。
えっ……私、こんな感じになるんだ……。
自分でも驚くくらい、いつもと雰囲気が違う。
京ちゃんは満足そうにうんうん頷いた。
「うん、春香、これはマジで可愛い。普通にモテるやつだよ」
「そ、そうかな……」
「うん、そうだよ。春香、足綺麗だからミニ絶対似合うと思ってたんだよね。せっかく持ってんだし、普段からもっと、足出してきなよ」
「うーん、……。すごく可愛いから買ったんだけどね、でもちょっと恥ずかしくない?ミニスカって」
「ふふ、まあ、それが春香か」
だけど、ちょっと緊張するけど、せっかく京ちゃんが似合うって言ってくれてるんだし、これからはもうちょっと履いてみようかな、とも思った。
……この格好、村上くん、可愛いと思ってくれたら良いな。
メイクも京ちゃんがしてくれた。ビューラーでまつ毛を上げて、優しい色のリップをそっと塗ってくれる。
「春香って元がいいから、盛りすぎない方が可愛いんだよね」
「元がいいのは、京ちゃんでしょ……」
「……ありがと。春香に言われると、お世辞じゃないって分かるから、素直に嬉しいわ。……でもさ。あんただって、親友の欲目抜きにしても、普通に可愛いと思うよ?」
さらっと言われて、また顔が熱くなる。
胸の奥がくすぐったくて、でも少し自信も湧いた。
「京ちゃん、ほんとにありがとう」
心からお礼を言うと、京ちゃんはとても綺麗な笑顔でにっこりと微笑んでくれた。
今日の綺麗な服装が、京ちゃんの美しさと可愛さをより引き立てさせていて、修ちゃん、きっと凄く喜ぶだろうな、と思った。
そして、同時に村上くんを誘った日の、修ちゃんのテンションを思い出して、京ちゃんに笑いながら伝える。
「そういえば修ちゃん、今日のこと、めちゃめちゃ楽しみにしてたよ。村上くん絶対誘えって圧が凄かったもん……」
そう言うと京ちゃんは、彼女にしては本当に珍しく、一気に真っ赤に頬を染め上げだ。
「え、そうなの……?もう……、あのばか……」
とても珍しい京ちゃんの反応を見て、もしかして今日、クリスマスマーケットを見る以外にも、何か他の約束もしてるのかもしれないな、と察した。
けれど、こちらから聞くのは野暮だとも思ったから、もし京ちゃんが話したいと思ったら、その時に聞こうと決めた。
待ち合わせ場所は、駅前の広場。
京ちゃんと二人で向かいながら、私は何度も髪を直した。風で乱れてないか不安でたまらない。
「春香、緊張してるでしょ」
「う、うん……」
「大丈夫だよ。ほんとに可愛いから自信持ちなって」
確信を持った声で言ってくれる京ちゃんの横顔が、どこか頼もしくて心強かった。
そして待ち合わせの広場に着いた瞬間、村上くんと修ちゃんが、ぽかん、って顔をして固まった。
京ちゃんが「ほら見て」と肘でつついてきたけれど、私の方こそ固まっていた。
だって、私服の村上くん、すごくかっこいい……。
紺のロングコートをさらっと羽織っていて、その下には白いニット。黒の細身パンツにシンプルなスニーカーでまとめていて、制服の時より少し大人っぽく見えた。
京ちゃんは、村上くんと簡単に自己紹介をし合ったあと、
「……春香、可愛いでしょ?」
得意げにそう言った。
「うん。すごく可愛い」
村上くんはまっすぐに、何のためらいもなくそう言ってくれた。凄く嬉しくて、顔に一気に熱が集まった。
「あ、ありがと……」
「……うん」
「む、……村上くんも、かっこいいね」
ちょっと恥ずかしかったけれど、ちゃんと伝えたくてそう言うと、村上くんは目を見開き、次の瞬間、顔がぶわっと一気に真っ赤になった。
「……良かった。そう思ってもらいたくて、頑張ったから」
そう言って、熱の篭った瞳で私を見つめて、照れくさそうに微笑んだ村上くんの顔に、胸の奥の何かをぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなった。
「……京子、その格好、すげえ似合ってる」
修ちゃんが頬を赤らめながら京ちゃんを褒めていて、それを聞いた京ちゃんも嬉しそうな顔をしていた。
そんな二人のやりとりを見て、なんだかこっちまで幸せな気持ちになった。
クリスマスマーケットに向かう前に京ちゃんが近づいてきて、こっそり「村上くん、いい人じゃん。春香とお似合いだと思う」と言ってくれて、それも凄く嬉しかった。
会場はすごく賑わっていた。けれど、なんとか人波を抜けながら四人で出店を見て回った。
冬の空気は冷たくて甘い匂いが混じっていて、お店のあちこちからスパイスの香りや焼き菓子の匂いが漂ってくる。
木製の屋台には、ガラス細工のオーナメント、キャンドル、ドライフラワーのリース、焼き立てのシナモンロール。
お店ごとに違うイルミネーションが灯っていて、赤や金のライトが木材の屋根を照らし、まるで小さな絵本の町みたいにキラキラと幻想的に煌めいている。
キャンドルを眺めて「これ、可愛いね」って言ったり、ソーセージやホットチョコレートの屋台の前を通って「全部美味しそうに見えて困るなぁ」とか言い合いながら進んだ。
クリスマスマーケットに来たのはこれが初めてだったけど、会場全体の雰囲気がクリスマスムード一色に染まっていて、歩いているだけで楽しい気持ちが溢れてくる。
けれど、奥へ進むにつれて人混みがどんどん濃くなっていき、ぶつかるような流れに押し流されてしまって、気づいたときには三人の姿が見えなくなっていた。
「あっ、え……?」
京ちゃんの姿も、修ちゃんの姿も、村上くんの姿もどこにも無くて、焦る。
連絡しようと慌ててスマホを取り出そうとしたその時。
「春香!」
後ろから呼ぶ声。
振り返ると、息を切らせた村上くんが走ってきていた。
「良かった……見つかった」
言った瞬間、焦った表情が、ほっとしたものに変わり、ふわりと微笑みかけてくれて、安心すると同時に心臓が跳ねた。
「ごめんね……はぐれちゃって。見つけてくれて、ありがとう」
感謝の気持ちを伝える。
「ううん、すぐに見つかったから大丈夫だよ。だけど……」
村上くんはそう言ってくれた後、少し息を整えて、ふっと真剣な表情になった。
「またはぐれたら困るから」
そう言って、私の手をそっと掴んだ。
彼の指先が私の指にするりとからんでくる。
「二人と合流するまで、こうしてよ?」
「……っ」
手が、しっかり繋がれている。驚いて声が出ない。
緊張でドキドキしたけれど、凄く嬉しい。その気持ちを伝えたくて、指先に少し力を込めてキュッと握り返した。
その瞬間、村上くんの指がびくっと震えたのが分かって、胸の奥がしぼられたみたいに熱くなった。
村上くんは、繋いだままの手を軽く引いて、片手で器用にスマホを操作し始めた。
その姿をチラッと見上げる。すると彼の耳が赤くなってる事に気がついた。
……なんだ、村上くんも緊張してるんだ。
そう分かって、なんだか胸が熱くなった。
電話がつながって、スマホの向こうから、修ちゃんの声がかすかに聞こえた。
「春香、見つかった。……うん、……うん、分かった。ふはっ、……おう、お前もな」
電話を切ると、私の手を握る力が少しだけ強くなった。
そして、村上くんがこちらを見る。目がしっかりと合って、ドキリと心臓が跳ねた。
「修弥がさ、混んでるし、ここからまた合流するの大変だから、……今日はもう、別行動しようって」
「あ……そうなんだ」
「……俺と二人きりになるけど、それでもいい?」
真っ直ぐに聞かれた。
ここからは、村上くんと二人きり……。
その言葉の意味が胸にじんわり広がっていく。
「……うん」
私はこくりと頷いた。
すると村上くんは、ほっとしたように息をついて、
「……良かった」
そう言って微笑んだ。
その笑顔が、今日見た中で一番優しくて、張り裂けそうなほど激しく胸が高鳴った。




