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聖なる夜に、君と初めての恋をした  作者: 陽ノ下 咲


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第五話 クリスマスデートの誘い(村上健斗視点)

主な登場人物


小森(こもり)春香(はるか):高校二年生。凄く穏やかで、ほんわかした空気をまとった女子。何事にも一生懸命で、とても優しい。あまり自分の意見を言わないので、色々と人から頼まれがちな性格。料理が得意。


村上(むらかみ)健斗(けんと):高校二年生。涼しい顔をして、実は独占欲強めの不器用な男子。春香を前にすると、執着心が凄く、嫉妬深くなってしまう自分に少し戸惑っている。


森本(もりもと)修弥(しゅうや):高校二年生。春香の幼馴染で健斗の親友。優しくて頼り甲斐がある。彼女の京子のことを溺愛している。京子の事が絡むと時々暴走してしまう事もある。


木下(きのした)京子(きょうこ):高校二年生。春香とは別の高校。頭が良く、進学校に通っている。春香と修弥の幼馴染で、修弥の彼女。


 コンビニのバイトってクリスマスは結構忙しくて、よほどの事情がない限り、イブか当日のどっちかにはシフトに入るよう言われる。

 去年は、二日間ともバイトだった。

 だけど今年は、イブは休みで希望を出した。春香をデートに誘いたかったから。


 だというのに。しかも、せっかく春香がクリスマスマーケットの話題を振ってくれたのにも関わらず。

 心の準備ができていなくて、とっさに「なんか女子が話してたな」なんて、当たり障りのない返ししかできなかった。


 何で俺は、一緒に行こうよって、そのたった一言が言えないんだ……。


 家に帰ってから、風呂に入ってる間も、寝る前も、ずっと考えていた。

 駅前で見かけたクリスマスマーケットのポスターに載っていた、あのイルミネーションの写真。

 あんな綺麗な場所を、春香と一緒に歩けたら。


 ……絶対楽しいよな。


 想像しただけで、胸の奥がじんわりあたたかくなる。

 そして思い出してしまうのは、夏祭りの時に誘えなかった苦い記憶。

 もうあの時と同じ様な展開にはしたくない。


 明日、絶対に誘おう。俺はその夜、そう心に決めた。



 はずだったのに。


 よりによって、その日に限って朝からずっと忙しかった。


 その日はたまたま日直で、朝から担任の頼みごとに振り回されていた。プリントの配布に、資料運び。どれも大した用事じゃないのに、積み重なると妙に時間を取られる。


 昼休みには、絶対に話そうと思った。

 でも教室に春香の姿はなくて、居そうな場所を探しながら校舎内を歩く。


 でもあの子、まだ飯食ってる最中かもしれないな……。


 春香が教室で昼飯を食ってる姿を何度か見た事があるけど、いつも幸せそうにゆっくり時間かけて食ってる。

 見てると、作るのだけじゃなくて食べるのも好きなんだろうなってのが伝わってきて、なんか心が和んだ。

 それに、よく考えたら春香はいつも、友達と一緒に食ってる。他の子が居る前では流石にちょっと誘いにくいな、と思った。


 ……女子って何で、集まって飯食うのかな。


 そんなことを考えながら校舎内をうろうろしていたら、ポケットの中でスマホが震え、バイト先の店長からの着信が表示された。

 急ぎの確認だと言われ、答えているうちに時間がかなり経ってしまった。


 確認ついでに「十二月二十四日の夜、休みでシフト出してるけど、もし大丈夫なら入ってもらえない?」と聞かれたけど、「すみません、その日は絶対に無理ですっ!」と、勢いよく断ってしまった。


 店長はかなり話しやすい人で、バイトとも割と距離が近い。だから自然と学校のこととかもいろいろ話していて、好きな子に片思いしてることもバレてしまっている。

 俺の態度から何かを察した店長から、「お、村上くん、イブの日、遂にデートするの?……それじゃあ、頼めないか。いやー、若いって良いねぇ、頑張ってね」と揶揄い混じりに応援されつつ、ちょっと笑われてしまった。

 まだ誘えてないですが、これから誘うつもりです、っていうのは言わなくて良いよなと思って、曖昧に笑って誤魔化した。


 電話を終えてすぐチャイムが鳴って、結局春香と話す時間は無く、昼休みは終わってしまった。


 そして気づけば午後の授業も終わっていて、焦りが首の裏にまとわりついたまま、とうとう一日が終わってしまった。


 なんか今日ずっとタイミング悪いし、もう今日は諦めて明日にしようかな、と思ってため息が勝手に漏れた、その時。


「……ねえ、村上くん。今、大丈夫かな?」


 声がした。


 振り返れば、ちょっと緊張した雰囲気の春香が立っていて。


「ん?うん、大丈夫だよ」

「良かった……。朝から話しかけたかったんだけど、今日村上くん、ずっと忙しそうだったから」


 心臓が跳ねた。


 俺のほうも話したかったけど、春香も話したかったって……。

 たったそれだけで、胸の奥が熱くなる。


「ああ、ごめんな。なんか今日ずっとバタバタしてて……」

「ううん、むしろ、お疲れさま」

「……ありがとう」


 好きな子からのお疲れさまって言葉が、こんなに嬉しいなんて知らなかった。

 一気に疲れが飛んで、胸がいっぱいになってお礼を言った。

 

 これ、誘う絶好のタイミングじゃね?と思って、声をかけようとした、その時。

 春香が少し緊張した様子で、伏し目がちに聞いてきた。

 

「あのね、……十二月二十四日って、何か用事ある?」


 息が止まるかと思った。

 俺も言いかけていた事だったから、なんの話か、一瞬で察した。


「え……いや、何もないけど。……なんで?」

「あ、あの……良かったら、なんだけど。ほんとに何も他にすることが無かったらで良いんだけど、その……一緒に、クリスマスマーケットに行かない?」


 嬉しくて、一瞬頭が真っ白になった。


 緊張した表情で、春香が俺を見てる。


 ……可愛い。

 

「絶対行く」


 気づいたら返事が出ていた。緊張で、ちょっと声が裏返ってしまった。恥ずかしい。


「え、ほんと!?」


 声が裏返った事なんて気にも止めず、パッと目を輝かせて嬉しそうに頬を染める春香。

 こんな顔を見せられて、断れる人間いるのか?


「うん。行きたい」


 正直に言うと、春香は、ほっとした様な顔でふわりと笑った。


「良かった。実はね、前に言ってた修ちゃんの彼女と修ちゃんと、四人でダ……」


 だ……?


 春香は不自然に言葉を止めて、気まずそうに目をそらした。


「……四人でクリスマスマーケットに行こうって誘われててね。村上くんも一緒に行けたら良いなって思ったの」


 そう言われて、『だ』の続きをすぐに理解した。


 ああ、ダブルデートって言いかけたのか……。それで、デートじゃ気まずいから、言い直したのか。


 胸の奥が、少しだけ沈んだ。

 彼女があえて、デートって言葉を避けた事にも、二人きりじゃない事にも。


「なんだ。二人きりのデートじゃないんだ」


 モヤっとした気持ちが、そのまま口をついて出てしまった。


「え……」


 その途端、春香の頬が一気に赤く染まった。


 その顔を見たら、まあ、それでもいいか、デートってことには変わりないんだし。と、すっと毒気が抜けてしまった。


 それよりも、驚いて、照れて、顔を真っ赤にして困ってる。その反応が、可愛いすぎた。


「いや、なんでもないよ。……二十四日、楽しみにしてるね」


 そしてハッとした。ずっと聞きたかった連絡先。聞くなら、今しかない。

 

 俺は、この機を逃してなるものかと、すかさずスマホを取り出した。


「連絡取り合えたほうがいいからさ。連絡先、交換しようよ」

「あ、そうだね。私QR出すから、読み取ってくれる?」


 春香も慌ててスマホを出して、連絡先交換の画面を開こうとするけど、緊張しているのか、動きがちょっともたついていて。


 その姿がかわいすぎて、きゅんとしてしまった。

 可愛いなあ、って眺めてたら、


「ご、ごめんお待たせ」


 そう言って、春香がぱっと顔を上げて、スマホの画面を出してくれた。ぱちっと目が合って、心臓が跳ねた。

 

 動揺したのバレてないといいな……。


「全然、大丈夫」


 そう返して、自分のスマホを構えて画面に出てるQRを読み取った。そして、連絡先登録が終わるやいなや、勢いでメッセージを送る。


『よろしく』


 他の奴相手だったらこれだけで終わるところだけど、春香相手だと、なんかこれだけだと素っ気ないかなって気になって、無料で元から入ってた、くまのスタンプも送った。


「あ、このくま、可愛いよね」


 ふふ、と嬉しそうに微笑む彼女に、瞬時に、いや、お前の方が百倍可愛いと頭に浮かんだけど、流石にそれは、言えなかった。



 家に帰ってからも、さっきの春香の笑顔が頭から離れなかった。

 とりあえず自室へ入って、ベッドに倒れ込む。


「あー……やば……」


 一人で悶えて、少しだけ暴れて、なんとか深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

 そんで、やっと落ち着いてきて、期末の為にわざわざバイト減らしてんだからちゃんと勉強しよ、と机に向かい、鞄から問題集を取り出して、勉強を始めた。


 ……あ、これ、春香に教わったやつの応用だ。


 彼女に教わった内容を思い出しながら解いてみると、すらすらと解けた。

 春香に分からないところを聞く様になってから、今まで分からなかった問題も分かるようになってきた。

 分かってくると案外、勉強って面白くて、過去一、積極的に取り組めている。

 

 けど、やっぱり解き方が分からない問題ももちろんあって。

 ちら、とスマホを見る。チャットアプリを開いて、友達リストに追加された『小森春香』という名前を見て、また、じんわりと幸せが広がった。


 聞いてみてもいい、よな……?


 春香も勉強してたら邪魔になるかな、と少しだけ悩んで、でも結局送りたい欲に負けて、長文にならないように悩みながら文章を作って、


『今、テスト勉強してるんだけど分からないところあるから明日聞いてもいい?』


 と送った。すると少しした後に既読がついて、


『うん、もちろんいいよ!』


 という文章と、ゆるいひよこのスタンプが送られてきた。

 らしすぎて、ふはっと笑ってしまった。



 そして次の日の昼休み、分からなかったところを教えてもらった。やっぱり春香の説明は凄く分かりやすくて「すごいよな」って褒めたら、春香は凄く嬉しそうな顔をした。


「私ね、中学の時に京ちゃん、……あ、修ちゃんの彼女、京ちゃんっていうんだけどね、その子に教わってた時の説明の仕方を真似してるの。凄く分かりやすい説明だったから」


 そして、「京ちゃんってほんとに凄い子でね……」と、なぜか修弥の彼女の、小中学校時代の武勇伝を楽しそうに話し始めた。


 俺が褒めたいのは春香だし、どうせなら春香の昔の話を聞かせて欲しいなと思ったけど、修弥の彼女を自慢しているときの春香の表情がすごく可愛かったから、まあ、いっか、と思いながら話を聞いた。

 時々、修弥も話に出てきて、聞いているうちに羨ましくなってきてしまった。


 修弥の彼女も、修弥も、俺の知らない春香のことをたくさん知ってるんだよなぁ……。


 仕方ないことだって分かってる。でも、どうしてもモヤった。だけど、この気持ちは本当にどうしようもないものだから、無理やり蓋をした。



 その日の夜。丁度今日教わったところをもう一度自分で解いてみていた時、メッセージが届いた。

 画面を見ると春香からで、ドキッと心臓が高鳴った。いそいそとチャット画面を開く。


『公園、もうイルミネーションの準備してたよ』


 というメッセージと、帰り道に撮ったんだろう、イルミネーションの準備が始まった木々の写真を送ってくれていた。


 ……え、そんなこと、送ってくれんの?


 一瞬目を疑って、そしてじわじわと嬉しさが全身を支配して、顔が勝手にニヤけてくる。

 どう返そうか少し迷ってから、


『クリスマスマーケット、楽しみだな』


 とだけ送った。すぐに既読がついて、ちょっとして、


『うん、楽しみだね』


 と返ってきた。その後続けて、


『でもその前に、まずは期末テスト頑張らないとだね!』


 というメッセージと、ひよこが、がんばろ!って言ってるスタンプが送られてきて、今回のテスト、めちゃくちゃ頑張ろうと思った。

 

 そしてその日から、他愛もない、一通、ニ通程度のメッセージが途切れることなく、毎晩続いた。


 テストのことだけじゃなくて、明日の天気、今日の授業、帰りに撮った綺麗な空、好きなホットドリンクの話など、内容はいろいろだった。


 どこでも終われそうなのに、終わらなかった。

 春香も俺も、どちらともなく次の話題を出してしまう。


 春香もこの時間を楽しんでくれてるのかな。


 そう思うだけで、胸が熱くなった。


 学校でも話すのに、夜は別でチャットしたくなる。

 こんなに誰かと時間を共有したいと思ったこと、今までなかった。


 毎晩寝る前に、春香の名前が画面に残っているのを見ると、明日も話せるかなって期待してしまう。


 結局、毎晩ちょっとずつ続いた会話は、クリスマスマーケット当日まで、ずっと途切れる事は無かった。


 そしてクリスマスマーケット前日の夜。

 寝る前のチャットで、春香が送ってきたメッセージ。


『明日、楽しみだね』


 短い言葉と、目をキラキラさせたひよこのスタンプに、胸の奥がじんわり熱くなった。


『うん、楽しみだな。寒いみたいだから、あったかい格好してきなよ』


 送るとすぐに、


『うん。村上くんもね』


 と返ってきた。


 ……これもう、両想いって思っていいんじゃないかな。


 メッセージを見返して、最近、どうしたって期待してしまっていることを、またじわじわと反芻してしまう。


 でも、決定的な言葉はなくて。


 だけど明日。

 イルミネーションの下で一緒に歩いたら。

 もう一歩くらい、踏み出してしまいそうな気がした。


 期待で胸がいっぱいのまま、スマホを握りしめてベッドに倒れ込む。


 ……早く、明日が来て欲しい。


 心からそう思いながら目を閉じた。




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