表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖なる夜に、君と初めての恋をした  作者: 陽ノ下 咲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/13

第十一話 素直な気持ちを伝えたら(小森春香視点)

主な登場人物


小森(こもり)春香(はるか):高校二年生。凄く穏やかで、ほんわかした空気をまとった女子。何事にも一生懸命で、とても優しい。あまり自分の意見を言わないので、色々と人から頼まれがちな性格。料理が得意。


村上(むらかみ)健斗(けんと):高校二年生。涼しい顔をして、実は独占欲強めの不器用な男子。春香を前にすると、執着心が凄く、嫉妬深くなってしまう自分に少し戸惑っている。


森本(もりもと)修弥(しゅうや):高校二年生。春香の幼馴染で健斗の親友。優しくて頼り甲斐がある。彼女の京子のことを溺愛している。


木下(きのした)京子(きょうこ):高校二年生。春香とは別の高校。頭が良く、進学校に通っている。春香と修弥の幼馴染で、修弥の彼女。



「……春香、どうしたの?何で黙ってるの」


 何も言えずにいると、村上くんに再度聞かれて、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

 泣きたくなんてなかったのに。泣いてるところなんて見られたくなかったのに。

 

 私は溢れてくる涙を必死で堪えて、無理やり押し込めた。

 

「……泣いてないよ」


 咄嗟に、そんなつまらない嘘が口から零れた。


 村上くんが、少しだけ眉を寄せる。


「泣いてるじゃん。……何で嘘つくの?そうやって嘘つかれると、辛いよ」


 え、と息が止まった。

 だって、その声音が、ほんとうに苦しそうだったから。


 泣いた私より、ずっと悲しそうな顔をしてる。

 どうしてあなたが、そんな顔をするの。そんな顔見せられたら、また涙が溢れてしまいそうになる。


 もう我慢出来なくて、思いのたけを彼にぶつけてしまった。


「……だ、だって、村上くん、春休みのあの日から、私と距離取ってるよね?……私の勘違いじゃないでしょう?」


 やっとの思いで声を出すと、村上くんはその言葉にハッとしたように目を逸らした。


「それは……」


 そのごまかすような沈黙が、胸を刺した。


 ああ……、やっぱり。やっぱりそうなんだ。


 分かってはいたけれど、実際に突きつけられて、より辛さが増してしまった。


「……私が、あの時怯んだから。村上くん、愛想つかしちゃったのかなって、……ずっとそればっかり考えちゃって」


 声が震える。

 言葉にした瞬間、自分の中の不安が全部あらわになって、恥ずかしくて情けなくて。


「私が……もっと経験あって、大人だったら違ったのかな……。村上くん、もう私のこと、好きじゃない?」


 抑え込めた涙が再び溢れてくる。頬を伝う涙を止められなくなった。

 もう息をするたび痛くて、怖くて、苦しくて。


 その私の言葉を全部静かに聞いていた村上くんが、はぁ……、とひとつため息をついた。


 その音が、妙に冷たく聞こえて、一瞬胸がぎゅっと掴まれた。


 だけど。


「……そんなわけないでしょ」


 返ってきた声音は、驚くほど優しかった。

 まるでそっと心を抱きしめてくれようとしてるみたいな声で。


「俺がどれだけ我慢してると思ってるの」


 その言葉と同時に、村上くんの指がそっと私の頬に触れた。そして優しい手つきで、そのまま軽く上へ持ち上げられる。


 顔をあげた先で、村上くんが少し眉を下げて、ほんのり困ったように微笑んでいた。


「……我慢?」


 驚いて思わず聞き返すと、村上くんは小さく息を吐き、堰を切ったように語り出した。


「そうだよ。……俺、今の関係で、どこまで踏み込んでいいのか分からなくて、ずっと迷ってた」


「……」


「春香のこと、ちゃんと大切にしたいって思ってるのに、実際目の前にしたら、また前みたいに、がっついちゃいそうで……。だから、すげぇ我慢してた」


 言いながら、ほんの少し目を伏せた。


「……それに、名前……。修弥のことは修ちゃんって呼ぶくせに、俺のことはいつまで経っても苗字のままだしさ」


 その横顔が、悔しそうで、でも優しくて、

 こんなにも私のことを考えてくれていたなんてと思い、じんわりと胸が熱くなる。


「……でも、こんなの知られたら、かっこ悪いと思ってたから、ずっと言えなかったけど」


 え?……かっこ悪い?

 そんなわけない。


 そんな本音、ずるいほど嬉しいよ。


 知らなかった。

 私ばかりが不安で、私ばかりが苦しいと思ってた。

 でも彼は彼で、でずっと迷って、我慢して、苦しんでたんだ。


 胸の奥から熱が広がって、気づけば言葉が零れていた。


「ねえ、……健斗くん」


 言った瞬間、彼の目が大きく見開いて、喉が小さく動いた。


 そして。


「我慢なんて……しなくていいんだよ」


 涙混じりの声で、でもちゃんと笑って言った。


「あの日、私ね、……緊張してただけなの。嫌だったとか、そういうんじゃないんだよ。私も、……その……健斗くんに、触れたいし、触れられたいって……思ってるんだからね?」


 言った途端。


 ぐいっと、力強く抱きしめられた。


「っ……」


 肩にまわされた腕が、あまりにも熱くて。

 鼓動が触れそうなほど近くて。

 呼吸が止まりそうになる。


 ぎゅう、と抱きしめられたまま、耳元に低い声が落ちてきた。


「春香の気持ち、知れて本当に嬉しい」


 その言葉に胸の奥がきゅっと締め付けられ、気づけば私は彼を求めるように腕を回していた。

 応えるように、抱きしめられていた腕に力がこもる。逃がさないと言われているみたいで、胸が高鳴った。


 顔を上げた瞬間、熱を帯びた視線と真正面からぶつかった。


 ……あ、キスだ。


 そう思って、私はそっと目を閉じる。

 けれど、唇に期待した柔らかさは触れてこなかった。


 どうして……?と疑問が浮かんだ、その直後。

 彼の唇が、私の額にそっと触れた。


 予想していなかった場所に落ちたキスに驚いて目を開けると、すぐ目の前に、必死に衝動を堪えている彼の顔があった。


「……今、唇にしたら、止められそうにないから」

「そっかぁ……」


 正直、かなり残念だったから、出た声に、残念の色が思いっきり乗ってしまった。

 それがすごく恥ずかしくて、頬を赤く染めた。


 すると彼は小さく笑って、私の頬を掌でそっと撫でた。

 優しい手つきで、ゆっくりと撫でてくる。触れる手から彼の熱が隠しきれずに伝わってきて、胸の奥がじん、と疼いた。


「でも、」


彼が、私の耳元に唇を寄せて、低い声でそっと囁く。


「今日、放課後迎えに行くから。絶対待ってて」


「……え?」


 思わず聞き返すと、健斗くんは熱を帯びた瞳で私を見つめて、ふっと笑った。


「春香の気持ち知れたのに、何もしないなんて出来る訳ないでしょ。覚悟しておいてよ」


 その笑みは、今までで一番大人びて見えて。

 胸がきゅうっと縮んで、息が震えた。


 覚悟って……。


 心臓が、うるさいくらい鳴っている。

 彼は指先で私の頬をツ、と撫でた。熱を残すようにゆっくりとなぞってから、名残惜しそうにゆっくり離して、言った。


「春香が逃げても、今日は絶対捕まえるからね」

「に、逃げないもん……!」

「ならいいけど」


 その言い方が優しすぎて、また少し泣きそうになった。

 今日の放課後が怖いくらい楽しみで。胸が苦しいほど高鳴って。彼を見つめながら、私は口を開いた。


「……覚悟、しておくね」


 小さくそう呟いた私に、健斗くんは少し驚いた顔をして、そしてとても嬉しそうに微笑んでくれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ