1−5話:三神像
◇登場人物紹介
レミナ…ドールズの修理とメンテナンスを担うΔ(デルタ)型の少女。恋バナが大好物。
オルダ…戦闘に特化したβ(ベータ)青年。冷静沈着な性格で、なかなかの男前。
デューラ…戦闘に特化したβ(ベータ)型の少年。カタコトで一番ロボットらしい口調が特徴的。仲間思い。
西の小道は、苔むした古い石畳がなだらかに続く、静かな下り坂だった。
長い年月に磨かれたその道は、石と石の隙間に細い草が芽を出し、柔らかな緑が風に揺れていた。
両脇を囲むのは、この島特有の低木。枝葉の隙間から降り注ぐ木漏れ日が地面に淡い模様を描き、風に揺れるたび光の輪郭がわずかに揺れ動いた。
その様はまるで水面に映る空のようにぼんやりとしていて、静けさの中に幻想めいた空気が漂っていた。
「……静かだね」
先頭を歩いていたジェンが、ふと足を緩めてつぶやいた。
声は風にさらわれ、木々の間に溶け込んでいく。隣にいたテルルが顔を上げ、小さく頷いた。
「うん……」
その返事もまた、風景に溶けるように優しく、穏やかだった。
少し後方を歩くデューラは、無言のまま、重い工具袋を肩にかけて歩いていた。
その足取りには揺るぎがなく、淡々とした歩調の中に、どこか安心感のようなものが漂っていた。
その隣ではオルダが手元の端末をちらちらと確認しつつ、視線を周囲の茂みや木立に向けている。歩きながらも、その神経は常に何かを探っているようだった。
一方、列の中で最も自由に動いていたのはレミナだった。彼女は道端に咲いた小さな白い花に気づいては、しゃがみこんで香りを確かめたり、指先で転がしたりしている。
花に顔を近づけ、ふと微笑むその表情は、年端のいかない少女のようでもあった。
「……春って、こんなに優しかったんだね。ようやく戦争の痕跡が消えかかってるみたい」
顔を上げ、空を見ながらそうつぶやいたレミナの言葉に、ジェンは立ち止まり、同じように空を仰いだ。
枝の隙間から覗く空は澄み、風にそよぐ葉がわずかに影を落とす。
「戦争の頃は……空の色すら、わからなかったからね」
ジェンの声は、深い記憶の底から掬い上げるように、かすれていた。
「いつも灰色で、空なんてただの背景だった。音も、光も、全部くすんでた。感じることなんてなかった。ただ任務をこなして、破壊して、命令に従って……でも、最近ようやく、青い空を見て『きれいだ』って思えるようになってきた。ほんの少しずつだけど、自分の……感覚が戻ってきてる気がするんだ。殺戮人形の僕が言うのもおかしいかもしれないけれど…これが本来の僕なのかなって、そう思うんだ」
誰も言葉を挟まなかった。代わりに風が木々を揺らし、枝葉がささやくように音を立てた。その音はどこか温かく、彼らの沈黙をやさしく包み込んだ。
「……我々が感じているこの静けさは、“今だけ”のものかもしれない」
沈黙を破ったのはオルダだった。端末に視線を落とし、眉をわずかにひそめながら、静かに言う。
「観測範囲の外縁部で、断続的な低周波の揺らぎが検出されている。ノイズとは断定できない微細な変動だ」
「……また人間の仕業?」
レミナが白い花を見つめたまま、不安げに尋ねた。
「明確な兆候はまだない。ただ、警戒は必要だろう。観測棟に戻れば、もう少し詳しい解析ができる」
「……オレ、戦いたくない」
黙って聞いていたデューラがぽつりと呟いた。背中の荷を背負い直しながら、どこか遠い目をしていた。
「静かなのがいい。風が吹いてて、花が咲いてて……あとはみんなが居る。それだけで、オレは、十分」
「それ、わかる~」
レミナが肩をすくめて笑い、摘んだ花を鼻先に寄せて軽く息を吸った。
「こういう時間、大事だよね。ね、ジェン?」
ジェンは静かに笑い、再び歩き出した。
しばらくして、視界が開けた。木々のトンネルを抜けた先に、三体の巨大な石像が並ぶ聖域が姿を現す。
そこは「三神像」と呼ばれる場所。島の四隅と中央にそれぞれ存在し、戦争の時代には人々の心の拠り所だったという。
中央にそびえるのは、現実を司る神・ヴァルキネス。重厚な鎧をまとい、大斧を天に掲げた姿は力と統制の象徴だった。
その左には理想を追求する神・ジェナリウス。穏やかな表情で剣を胸に携え、遠くを見つめる眼差しは静かな決意を宿している。
そして右には自由を体現する女神・リディナシエ。挑戦的な笑みを浮かべ、盾を構えたその立ち姿は、今にも動き出しそうな活力を感じさせた。
テルルが足を止め、ジェナリウス像の前に立った。じっと見上げたのち、ぽつりとつぶやく。
「……この人、ジェンに似てる」
「えっ……それは褒めすぎじゃない?」
ジェンは目を丸くし、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「僕がこんな立派な顔してたらよかったんだけどな。……イケメンすぎるよ、この人は」
「いけめん……?」
テルルが首をかしげる。
「んーとね……たとえば、オルダとかエレメイみたいに、かっこよくて女の子にモテそうな人のことを言うんだよ」
「そっか……じゃあ、ジェンはいけめんだよ。私、ジェンのこと、かっこいいと思う」
ジェンは言葉を失い、一瞬呆けたような顔をしたあと、頬を赤らめてうつむいた。
「……ありがとう。テルルにそう言ってもらえるの、嬉しいよ」
「ちょ、ちょっとぉぉぉ~~っ!」
その時、レミナが両手で顔を覆って叫んだ。
「尊い!尊すぎる……!何この純粋さ……直視できない……っ!」
大げさな身振りでのたうちまわるレミナに、ジェンは思わず吹き出した。テルルは「?」と瞬きを繰り返すばかり。
その様子に、オルダもデューラも、わずかに唇を緩めていた。
三神像の背後から陽光が差し込み、彼らの影を長く地面に落とす。その影の中に、確かに存在していた。
――それは、遠い過去に失われた感情のかけら。
戦いの果てに、ようやく手にした小さな、けれど確かな“日常”だった。
穏やかな日常が少し続く予定です。
でもそんな日常回も、悪くないですよね。




