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3-35話:微笑む案内人③

「状況が一段階、悪化します」


 エルドのその言葉から、わずか数秒後だった。

 空気が――沈んだ。

 耳鳴りに似た低い振動が足元から這い上がり、瓦礫の破片がかたかたと跳ねる。遠くで続いていた爆発音は、分厚い膜の向こう側へ押しやられたように鈍く沈んだ。

 レミナは反射的に空を見上げる。

 空が、揺れていた。

 正確には、大気そのものが波紋のように歪んでいる。まるで透明な水面を叩いたときのような、不自然な震え。


「なに……これ……!!」


 喉からかすれた悲鳴が漏れる。


「ガデンツァ幹部の一人、α型のマルニ。彼女の能力です。超音波による広域索敵ですね」


 エルドは静かに告げた。

 その声音に、焦りは一切ない。


「エルド――何でアンタが、ここに居るの?」


 凍りつくような女の声が、戦場の空気を鋭く裂いた。

 歪んだ空間の中心から、一人の女が歩み出る。顔全体は包帯に覆われ、表情は読み取れない。ただ、隙間から覗く赤い瞳だけが異様な光を帯びていた。

 その手に握られているのは、円環状のフレームを持つ奇怪な装置。中心で青白い光が脈動している。

 ネビロス。

 停止したドールズの制御回路を強制再起動し、理性を奪ったまま暴走兵器へと変える装置。敵味方の区別なく周囲すべてを破壊させる――“死の呼び鈴”。

 扱うには高度な制御技術が必要とされる代物だ。

 レミナの額を、冷たい汗が伝った。

 視線が、ゆっくりとエルドへ向く。


「いやあ、こちらのお嬢さん方が困っていたようなので」


 場違いなほど穏やかな笑み。

 まるで散歩の途中で世間話でもしているかのような軽さ。


「何で敵を助ける真似をしてるの? 理解に苦しむわ」


 うんざりしたように頭を掻きむしるマル

ニ。 


「その女共は捕虜として交渉材料にする。早く拘束して連れて来なさい」


 その言葉にレミナとテルルの身体が強張る。だがエルドは、軽く首を振った。 


「私はもう、あなた方のガデンツァには戻りません」


 髪先を指でくるりと弄びながら、気楽な調子で続ける。


「私は本来のガデンツァを――取り戻したいだけなのです」


 その瞬間、マルニの周囲の空気が凍りついた。


「鬱陶しいことを言ってないで、早くしなさい」


 カチッ、と乾いた音。

 直後、周囲に転がっていたζ型の残骸が一斉に痙攣した。

 切断された腕が地面を掴み、頭部のない胴体が不自然な角度で起き上がる。

 ネビロスが、起動したのだ。 


「厄介ですね」


 エルドが小さく呟く。

 死んでいたはずの機体が、統率された動きで包囲網を形成していく。


「レミナ……囲まれてる……」


 テルルの声が震える。


「つまらない茶番ね。終わらせなさい、エルド」


「お断りします」 


 即答だった。

 長銃が跳ね上がる。

 連続する発砲音。

 弾丸は一直線に複数機を貫きながら炸裂し、再起動したζ型の群れをまとめて吹き飛ばした。


「私のご主人様の命ですので」


 穏やかな声とは裏腹に、動きは精密機械のように正確だった。


「……ご主人様?」


 レミナが思わず呟く。

 次の瞬間、横合いから跳びかかってきたζ型の腕がエルドの頭部を狙う。

 だが彼は振り向きもしない。

 後ろ手に放たれた一発が関節部を撃ち抜き、機体は空中で崩れ落ちた。


「あなた方を守れ、とね」


 軽い口調のまま、視線だけはマルニから逸らさない。


「邪魔なのよ、裏切り者!」


 マルニがネビロスへさらに強いシグナルを送り込む。

 周囲のζ型が一斉に跳躍した、その瞬間――

 エルドの姿が、消えた。

 次の瞬間にはマルニの側面に回り込み、至近距離から銃口を突きつけている。


「裏切りではありませんよ」


 引き金が引かれる。


「私は最初から、あなたの陣営ではない」


 銃声。

 マルニの身体が大きく仰け反り、その場に崩れ落ちた。

 ネビロスの光が不安定に明滅し、やがて沈黙する。

 同時に、暴れていたζ型の機体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 静寂。

 瓦礫が、ぱらりと崩れる音だけが残る。


「あっ……少し派手にやりすぎましたね」


 エルドは困ったように眉を下げ、服についた汚れをハンカチで軽く払った。

 レミナは、声が出なかった。

 強い、という言葉では足りない。

 次元が違う。


「仲間じゃ……なかったの……?」


 テルルがかすれた声で呟く。


「ああ、いいんです」


 エルドはにこやかに答える。


「私はガデンツァではありますが、あなた方の敵ではありません。正確には仲間とも少し違いますが……事情はまだお話できなくて申し訳ありません。ただ、少なくとも今この場で、あなた方が私を恐れる必要はない――それだけは保証いたします」


 そう言って彼は手鏡を取り出し、乱れた髪を確認して手櫛で整えた。


「では、テルル様の治療が終わりましたら移動いたしましょう。あなた方のお仲間が、あまり良くない状況にある可能性が高いので」


 二人は同時に固まる。


「私たち……名乗ってないのに……テルルのこと知ってるの?」


 レミナが恐る恐る問う。


「ああ、ノクティリカの住人の皆様の情報は一通り把握しておりますので」


 飄々とした返答。


「助けてくれて……ありがとう……」


 テルルが痛みに耐えながらも礼を言う。

 穏やかな存在ではないと分かっている。

 それでも今は――これ以上なく頼れる護衛だった。

 レミナは深呼吸し、修理作業を再開する。

 損傷した脚部を固定し、メルキュリアの循環を安定させる。

 やがてテルルは、ゆっくりと自分の足で立ち上がった。


「……いける?」


「うん……たぶん、歩ける」


「無理はなさらず。倒れたら担ぎますよ」


 さらりと言うエルド。

 レミナは小さく頷き、端末を確認する。

 ジェンから送られてきた座標が、まだ点滅している。


「行こう。みんなのところに」


 瓦礫だらけの戦場を、三人は歩き出す。

 味方か敵か分からない青年を先頭に――

 それでも今は、その背中に守られながら。

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