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3-34話:微笑む案内人②

 瓦礫の隙間で、まだ動くζ型が痙攣している。

 青年はそちらを一瞥すらせず、長銃の銃口をわずかに傾けた。

 乾いた発砲音。

 片手で軽々と撃ち抜かれた弾丸は、次の瞬間、機体の頭部を跡形もなく消し飛ばす。


「……処理完了です」


 まるで点検作業の報告のような口調だった。

 レミナは言葉を失ったまま、倒れているテルルのもとへ駆け寄る。


「テルル、テルル! しっかりして……!」


 装甲は裂け、内部フレームが露出している。関節部からは火花が断続的に散り、駆動音も明らかに不安定だ。


「……レミナ……無事……?」


 かすれた声。それでも最初に出たのは自分の状態ではなかった。


「うん、うん……私は大丈夫だから……!」


 レミナは震える手で医療キットを広げる。損傷は想像以上に深刻だった。

 Δ型である自分の知識を総動員しても、優先順位の判断に一瞬迷いが生じる。


(落ち着いて……まずはメルキュリアの漏出を止める。それから脚部。機動力が戻らないと致命的だ……)


 呼吸を整え、作業に集中する。

 指先の震えは、無理やり意識の外に押しやった。

 得体の知れない青年がすぐ近くにいる。

 危険なのは分かっている。だが、さっき確かに命を救われたのも事実だった。

 疑うより先に、テルルを生かす。

 今はそれだけでいい。


「お困りのようでしたら、私が適合しそうなパーツを見繕って参りましょうか」


 背後から、柔らかな声。

 振り向くと、エルドが穏やかに微笑んでいた。

 その飄々とした雰囲気はどこかウィルの軽さに似ていて、けれど立ち姿や言葉遣いにはメイズのような品がある。

 ちぐはぐなのに、不思議と完成されている。


「指示をいただければ、可能な限り正確に回収しますよ」


 レミナは一瞬だけ逡巡し、それから決断した。


「……じゃあ、これを」


 携帯端末のメモ機能を開き、破損部位の簡易図と必要パーツの形状を書き込む。

 互換が利く型番候補も、急いで書き添えた。

 エルドはそれを受け取り、軽く目を通す。


「なるほど。少々お待ちを」


 そう言うと、エルドはζ型の残骸が積み重なる瓦礫の方へ歩いていった。

 足取りは静かで、戦場にいるとは思えないほど落ち着いている。

 レミナは再びテルルへ向き直る。


「テルル、大丈夫だから。今メルキュリア注入してるし、あの人がパーツ探してきてくれてるからね」


「……あの人……信じていいのかな……敵じゃないよね……」


 途切れ途切れの声。

 レミナの手が一瞬止まる。


「分からないけど……」


 正直な気持ちがそのまま口から落ちた。


「でも、敵ならわざわざ私たちを助ける理由ないし……でも、味方って言い切れる感じもしないんだよね」


 視線だけをエルドの背中へ向ける。

 残骸を持ち上げる動きが、やけに手慣れている。


「たぶん……別の目的があるんだと思う。たまたま今、私たちと同じ方向を見てるだけ」


「同じ方向……」


「うん。でも、それがいつまで同じかは分からない」


 テルルは小さく笑った。痛みに混じる、弱い笑み。


「レミナ……ちょっと、強くなった?」


「なってないよ。怖いままだもん」


 そう言いながらも、手は止めない。

 メルキュリアの流量を調整し、内部圧を安定させる。

 そのとき。

 ガラ、と瓦礫が崩れる音がした。

 レミナの肩がびくりと跳ねる。

 振り向くと、エルドが片腕にいくつものパーツを抱えて戻ってきていた。

 その中には、明らかにζ型の規格を超えた高性能部品が混じっている。


「ご指定の物と、代替になりそうな物をいくつか」 


 まるで買い物帰りのような口調で差し出す。

 レミナは目を見開いた。


「これ……どこに……?」 


「少し離れた区画に、分解途中の個体がありましたので」


 さらりと言うが、あの数の敵がいる中で少し離れた区画に行って戻ってくるのは異常だ。


「……ありがとう」


 警戒は消えない。

 でも、今はこの手が必要だ。

 レミナはパーツを受け取り、作業を再開する。

 エルドは少し離れた場所に立ち、周囲の警戒をしている……ように見えた。

 だがその視線は、敵ではなく、どこか遠く――まるで戦場全体を俯瞰しているようだった。


「……やっぱり」


 レミナは小さく呟く。


「この人、ただの通りすがりじゃない」


 テルルがかすかに頷いた。

 遠くで、重い爆発音が響く。

 地面が低く震えた。

 エルドが空を見上げ、静かに言う。


「急がれた方がよろしいかと。状況が一段階、悪化します」


 何を見てそう言っているのか。

 レミナには分からない。

 けれどその声には、不思議な確信があった。

 味方か敵か分からない存在に守られながら、レミナは必死にテルルの命を繋ぎ止め続けていた。

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