3-32話:残された者たち
中央ラボの待機室で、レミナは静かに息を吐いた。
天井の照明は落とされ、室内を照らしているのは無数のモニターが放つ淡い光だけ。青白い映像が頬をかすめ、影が長く床に伸びている。
画面の向こうでは砂煙とノイズが渦巻き、戦況の詳細は読み取れない。それでも、断続的に弾ける火花や崩落した構造物が、外の戦闘の激しさを無言で伝えていた。
「……私も、こんなとき戦えたらいいのに」
思わず零れた本音は、自分でも驚くほど小さかった。
その言葉に、隣で銃を分解整備していたアルテットが顔を上げる。
「何を言ってるんだ」
金属部品を布で拭きながら、呆れたように鼻を鳴らした。
「お前がいるから、私たちは多少無茶ができる。私の代わりは居ても、レミナの代わりはいない」
淡々とした口調。それでも、言葉は真っ直ぐだった。
テルルもこくこくと力強く頷く。
「レミナは頼もしいよ。あったかくて、優しくて、元気になれる」
「テルル……」
胸の奥に、じんわりと熱が広がる。
自分の役割は理解しているつもりだった。それでも、こうして言葉にしてもらえると、張りつめていた心がゆるむ。
アルテットは銃を組み上げ、スライドを引いて最終確認をした。
「さて、私は行ってくる」
「え?」
「待機しろと言われていたが、じっとしている性分でもない」
立ち上がる背中はいつも通り頼もしいはずなのに、どこか硬い。張り詰めた空気が、その輪郭を鋭く見せていた。
「ジェンのことだ。キリルの死で私が本来の力を出せないとでも思ったんだろうが……」
一瞬だけ、声が低く沈む。
「私は戦える。もう仲間は死なせたくない」
テルルの頭を、いつものようにわしゃわしゃと撫でる。
「テルル、レミナを守ってくれるか?」
テルルは拳を握りしめ、大きく頷いた。
「レミナは私が守る! アルテット……無事でいてね」
「おう。任せとけ」
軽く手を上げ、アルテットは出口へ向かう。
その背中を見た瞬間、レミナの胸がざわついた。
理由のない不安が、冷たい指で心臓を撫でる。
「待って……アルテット!」
思わず呼び止める。
振り返った彼女の表情は、穏やかだった。
「辞めたほうがいい。今はジェンたちに任せて……ここに居たほうがいいんじゃないかな……」
自分でも驚くほど弱い声だった。
アルテットは目を細め、そして小さく笑う。
「大丈夫だ。ここで何もせずにいて、救えたかもしれない命を見捨てるほうが、私には耐えられない」
扉に手をかける。
「私は私を信じている。お前たちも、私を信じて待っていろ」
その笑顔はいつも通りなのに、どこか無理をしているようにも見えた。
扉が閉まる音が、やけに重く響く。
「アルテット……心配だわ」
レミナの呟きに、テルルは首を振る。
「アルテットは強いよ。皆を助けたい気持ち、私も分かる」
小さな手がレミナの服の裾をぎゅっと掴む。
「私たちは、帰ってくる場所を守ろう」
その言葉に、レミナははっと息を呑んだ。
「……そうね。私たちは皆の帰りを待ちましょう」
端末を操作し、複数のドローンを発進させる。
モニターに次々と外部映像が映し出された。
崩れた通路。炎上した区画。動かなくなったドールズの残骸。
「かなりの数……この前よりも多いわ」
声がわずかに震える。
テルルも不安なはずなのに、唇をきゅっと結び、前だけを見ていた。
「大丈夫。皆強いから。中央ラボの扉も、この前のとき補強したし……ζ型が集まっても、すぐには壊せないはずだよ」
必死に励ますその姿に、レミナはかすかに笑う。
それでも胸の奥のざわめきは消えない。
モニターの隅で刻まれる時刻表示だけが、やけに大きな存在感を持っていた。
30分。
そして、皆が出て行ってから1時間が経とうとした頃。
通信回線が唐突に開く。
『……負傷したメイズとリュードを回収して欲しい。座標はすぐに送る』
「ジェン!」
レミナは椅子から立ち上がった。
「了解。今から二人で向かうわ。待っていて」
ようやく来た役目に、医療キットの入ったバッグを掴む手に力がこもる。
『ありがとう。頼んだ』
冷静を装っているが、ジェンの声には隠しきれない動揺が滲んでいた。
レミナはテルルを見る。
「準備して。皆を助けに行かなきゃ」
テルルは大きく頷く。
「うん! 行こう!」
自動ロックが解除され、中央ラボの扉がゆっくりと開く。
外の空気は焦げ臭く、熱を帯びていた。
その向こうに広がるのは、仲間たちが命を削っている戦場。
レミナは一瞬だけ目を閉じる。
怖さを胸の奥に押し込み、静かに息を吸う。
――今度は、待つだけじゃない。
そして、走り出した。




