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3-31話:絶望の観測者⑥

「デューラ……」


 オルダを抱え上げたまま、視界の端に転がるそれを見つけた瞬間、ジェンの喉がひくりと鳴った。砂と煤にまみれた地面に、デューラの頭部が無造作に横たわっている。

 駆け寄りたい。せめて抱き上げてやりたい。

 けれど今は――


「オルダ、しっかりして! 僕の声、聞こえてる?!」


 腕の中の身体は重い。

 砕けた装甲の破片が掌に食い込み、隙間から滲み出たメルキュリアがぬるりと指を濡らす。

 周囲にはまだ戦闘の残滓が生きていた。

 焼き切れた配線が断続的に火花を散らし、空気には硝煙と焦げた金属の臭いが重く漂う。その奥に混じる生臭いメルキュリアの匂いが、ここで起きた現実を容赦なく突きつけていた。

 オルダの瞼が、わずかに震える。


「オルダ……!」


 開いた瞳は焦点を結ばず、視線は虚空をさまよっている。唇がかすかに動いたが、漏れた音は意味を結ばないまま消えた。


「メイズやリュードより……明らかに損傷が酷い……このままじゃ……」


 その先を、ジェンは飲み込んだ。口にした瞬間、取り返しのつかない現実に変わってしまいそうで怖かった。

 そのとき、不意に視界の端で鈍い光が瞬いた。

 黒い、艶のあるキューブ状のパーツ。

 オルダのすぐそば、血溜まりのように広がるメルキュリアの中に半ば沈んでいる。 


「……これは……」


 構造に詳しいわけじゃない。

 だが直感が告げていた。

 ――重要な部品だ。


「ウィルの……置き土産か……」


 胸の奥がざわつく。嫌な予感と、縋るような希望が同時に込み上げる。

 だが迷っている時間はない。


「……やるしかない」


 自分に言い聞かせ、ジェンはオルダの胸部装甲に手をかけた。歪んだ固定具を力任せに外すと、内部機構が露わになる。

 思わず息を呑んだ。

 焼き切れた配線。歪んだフレーム。蜘蛛の巣のように走る亀裂。

 中央では、淡い橙色のエナジーコアが今にも消えそうな弱さで明滅している。


「……まだ、動いてる……!」


 その下――腹部。本来キューブが収まっているはずの箇所は、無残に裂けていた。


「これが……中継パーツ……」


 壊れたそれを慎重に引き抜き、代わりに黒いキューブを震える手で差し込む。

 カチリ、と内部で接続音が響いた。

 次の瞬間、オルダの身体が大きく跳ねた。 


「オルダ!」


 全身のフレームが激しく痙攣し、指先まで不規則な振動が走る。


『エナジーキューブ適合率47%――推奨されません』


 無機質な音声が、静まり返った戦場に冷たく響いた。


「……それでも」


 ジェンはキューブを外さなかった。


(僕のエゴじゃない。オルダはまだ……生きようとしてる)


 歯を食いしばる。


『――適合率上昇。67%を推移。メルキュリア循環を開始。直ちにメルキュリアの供給を行ってください』


「……よし……!」


 張り詰めていた緊張が、わずかに緩む。

 ジェンは通信機を起動した。


「レミナ、来てくれ! 他の怪我人は後回しでいい、オルダが最優先だ! 座標送る!」


 だが返事はない。ザーッというノイズだけが虚しく流れる。


「……どうしたんだ……?」


 胸の奥に冷たい不安が広がる。

 それでも立ち止まれない。ジェンはオルダを抱え直し、中央ラボへ向かって走り出した。

 走りながら、どうしても脳裏に浮かんでしまうのは――ウィルの顔だった。

 穏やかで、優しくて、いつもどこか遠くを見るような目をしていたウィル。

 テルルのためにトマトを分けてくれた。

 魚を釣ってきてくれた。

 島の防衛システムを管理し、誰よりも頼れる、皆の兄のような存在。

 そのウィルが、敵として現れた。

 黒い翼を広げて。 


(まるで……三神みたいだ……)


 ズキリと頭が痛む。

 何か重大な記憶に触れかけるが、意識の底へ沈んでいく。


「……今は考えるな」


 自分に言い聞かせる。


「今は、オルダと……みんなを助けることが先だ」


 腕の中の体はまだ微かに震えている。だがコアの光は、確実にさっきより強い。

 ジェンは歯を食いしばり、崩れかけた通路を駆け抜けた。

 やがて、中央ラボの灯りが遠くに見え始める。


(――みんな、どうか無事でいて)


 祈るような思いを胸に、ジェンは走り続けた。

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