1−3話:無骨な便り
◇登場人物紹介
メイズ…戦闘に特化したβ(ベータ)型の紳士。常に敬語で礼儀正しい立ち振舞をする。その実力は計り知れない。
「……ジェン、お目覚めですか? 先ほど開けた箱の中に、手紙が入っておりました」
昼寝から目覚めたジェンがゆっくりと伸びをしていると、部屋の隅で黙々と掃除していたメイズが、手を止めて声をかけてきた。
モップを壁に立てかけると、彼は一枚の茶封筒をジェンに手渡す。
足元の毛布が少しずれていた。整えられた畳み方からして、きっとメイズが気遣ってかけてくれたのだろう。
封筒を見下ろすと、そこに記されていたのは見覚えのある筆跡。力強く、迷いのない字だった。
「アルテットからのお便りです」
「……アルテットが?」
ジェンは目を丸くした。彼女がわざわざ手紙を書くなんて、あり得ないとは言わないが、限りなくそれに近い。筆を執る姿など想像しにくい相手だった。
今、アルテットはエレメイとキリルを連れて遠征中だ。
行き先は「汚染地区」と呼ばれる、都市の廃墟。地図から消えたその街には、人も動物も、虫すら姿を見せない。
大気は放射線と有毒ガスで満ち、風には金属を腐食させる匂いが混じる。
移動用ドローンに乗って海を越え、さらにそこからドールズが全力で走って向かっても一週間はかかる距離だ。
そんな危険地帯へ、三人は物資と部品の調達に向かった。
目的は、ドールズの身体の修繕に使えるパーツや、生活用品、あるいは本や音楽など――人間が遺した娯楽の痕跡を拾い集めること。
アルテットはこの役目を引き受けるのに、何の迷いも見せなかった。「私が行く」と言い、淡々と準備を始めたという。
いかにも彼女らしい行動だった。
封筒には、ただ一言、《ジェンへ》とだけ記されていた。
ジェンは丁寧に封を切り、中から便箋を一枚取り出した。
乱雑に見えて、実は整然とした字が並ぶ。まるで紙の向こうから、彼女の声が直接響いてくるかのようだった。
《ジェンへ
元気にしてるか。こっちは全員、問題なし。エレメイもキリルも、ちゃんと動いてる。ま、ちょっとバテ気味だが。
キリルが一回ぶっ壊れかけて、私が直してやった。あいつを拾ったときのことをちょっと思い出したよ。
当たり前だが応急処置だし、レミナ程うまく直してやれないから、帰ったら速攻で修理手配を頼む。帰る直前になったらシグナルを送る。
街は想像以上にひどい有様だ。廃墟というより、ただのゴミの山だな。ただ、ドールズの残骸からは、それなりに使えそうなパーツが取れた。
使えるかどうかは戻ってからの判断だ。
それと、本、オイル、配線、乾燥食品。収穫は上々だ。キリルが妙に張り切っててな、地面を掘り返しては何か見つけてる。
……エレメイがそれを黙ってフォローしてるのが、まあ、ちょっと面白い。
放射線量は洒落にならねぇし、毒ガスも出てる。人間なんざ絶対近づけない場所だ。
鳥も飛ばないし、音もない。だから敵も来ない。楽っちゃ楽だが……逆に落ち着かねぇな。
たまに思う。誰もいないってのは、気楽だけど寂しい。耳が妙に敏感になって、風の音すら誰かの足音に聞こえる。
……でも心配すんな。私は私でちゃんとやってる。あんたに余計な面倒、かけたくねぇからな。
帰還は七日後の夜明けの予定だ。ドローンが無事に動いてくれりゃ、そのくらいになるだろう。動かなかったら…さあな、3倍くらいかかるかもしれない。
……そっちの空気でも吸っとけ。帰ったら、飯でも食わせろ。
アルテット》
ジェンはしばらく、無言のまま便箋を見つめた。最後の一文をもう一度読み返す。
「飯でも食わせろ」――命令のようでありながら、不思議と温かみを感じさせる言葉だった。
「……らしいな」
ふっと笑みが漏れる。粗野で率直。でもその中に、彼女なりの優しさと、無事を伝えたいという意志が込められていた。
「よかったですね、ジェン」
気づけばメイズが傍らに立ち、穏やかな声でそう言った。
「……ああ。無事でよかった」
ジェンは微笑みながら頷く。
「……ねぇ、それ、アルテットから?」
ソファで眠っていたテルルが目を覚まし、ぼんやりした声で尋ねてきた。まだ寝ぼけている様子だが、ジェンの手元をしっかり見ていた。
「うん。手紙をくれたんだ」
「ふふ、やっぱり。文体も、締め方も、いかにもアルテットだね」
テルルは手紙を覗き込み、笑みをこぼした。
「うん……みんなで、帰りを待とうか」
ジェンの言葉に、テルルもメイズも、静かに頷いた。
毎日投稿していきますが、予約投稿とかしてないので時間帯バラバラです。
ゆったり待ってもらえると嬉しいです。
……読んでくれる人が居るのかは謎ですが。




