表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/66

3-27話:絶望の観測者④

 オルダの頭の奥で、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 まるで脳髄そのものを叩き割るかのような、無機質で冷酷な電子音。


『メルキュリア漏出甚大――全身のメルキュリア残量、30%を下回りました。直ちに補給を行ってください』


 次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

 天地が反転したかのような激しい眩暈に襲われ、膝が崩れ落ちそうになる。

 脳を直接かき回されているかのような激痛。

 思考が白濁し、意識が遠のく。

 それでも――

 オルダは、歯を食いしばって立ち上がった。

 ふらつく身体を無理やり支え、砂に沈みかけた足を踏みしめる。

 その赤黒く濁った瞳が、まっすぐにアウロラを捉えた。

 憎悪。

 殺意。

 そして、理性の底が抜け落ちた獣の眼。

 目尻から、銀色の液体――メルキュリアがとろりと零れ落ち、頬を伝って滴り落ちる。

 その異様な姿に、アウロラは喉の奥から悲鳴を漏らし、腰から崩れ落ちた。


「ひ……っ……」


 言葉にならない声。

 恐怖で身体が凍りつき、指一本すら動かせない。

 次の瞬間。


「――グオオオオオオオオッッッ!!!」


 獣の咆哮のような叫びが浜辺に轟いた。

 空気が震え、砂が跳ね、鼓膜が破れそうなほどの音圧が周囲を支配する。

 地面が揺れたかのような錯覚に、アウロラは思わず両耳を塞いだ。

 ――セルヴィータ状態。

 その言葉が脳裏をよぎった瞬間、背筋を氷の刃でなぞられたかのような悪寒が走る。

 武器を持たぬオルダは、左脚で砂を蹴り、大きく踏み切った。

 次の瞬間には、視界いっぱいに迫る巨影。


「きゃああああっ!!」


 悲鳴と同時に、アウロラは反射的に両腕で顔を覆った。

 だが――

 轟音。

 オルダの拳は、彼女に届かなかった。

 彼女の前に、鋼鉄の巨体が割り込む。

 特別製のζ型が、主を庇うように立ちはだかっていた。


「ミハイル、撤退よ! オルダは一旦捨てるしかない! 私が逃げる時間を稼ぎなさい!」


 叫び声を張り上げながら、アウロラは必死に命令を下す。

 生き残っているζ型は一体のみ。

 デューラを撃ち抜いた、最高傑作――ミハイル。

 他のζ型はすでにクラッシャーによってフェイクコアごと粉砕され、浜辺に無残な残骸を晒していた。


「くそ……ミハイル一体いれば十分だと思ってたのに……!」


 アウロラは踵を返し、必死に砂浜を駆け出す。

 波打ち際に足を取られながら、息も絶え絶えに走る。

 その背後で、金属と金属が激突する轟音が炸裂した。

 ヒュン――ッ!

 風を切る音。

 次の瞬間、進路の先に巨大な影が落ちてくる。

 ドズン、と砂浜に突き刺さる金属塊。

 それは――ミハイルの腕だった。

 切断面から火花を散らしながら、砂の上を転がる。

 オルダはすでにミハイルを屠り、その腕を投げ捨てていたのだ。


「あ……あ……」


 喉がひくりと引きつる。

 恐怖で全身が硬直し、足が地面に縫い付けられたかのように動かない。

 ゆっくりと、ゆっくりと――

 理性を失ったオルダが歩み寄ってくる。

 砂を踏みしめる音が、死の足音のように響く。


「わ、私は……戦闘なんてできないんです……Δ型なんです……!」


 震える声で、必死に命乞いをする。


「デューラのことは……ごめんなさい……!」


 だが、次の瞬間。

 オルダの手が、彼女の喉を鷲掴みにした。


「――っ!?」


 軽々と持ち上げられ、足が宙に浮く。

 呼吸が詰まり、視界が暗転する。


「ごめんなさい! ごめんなさい!!

 ほら、謝ってるじゃないですか!! やめてぇぇぇ!!」


 涙と嗚咽が混じった叫び声も、もはや届かない。

 無表情のまま、オルダは彼女の肩に鋭い爪を突き立てた。

 皮膚を貫き、肉を抉り、骨に食い込む。


「ぎゃああああああーーーっ!!!」


 断末魔が浜辺に響き渡り、アウロラのメルキュリアが飛び散る。


「うぅ……あ……うう……」


 嗚咽が零れ、視線が虚ろに揺れる。

 オルダはなおも容赦なく彼女の肩を引き裂こうとした――その時。

 轟音とともに、背後から衝撃が走った。


「……ッ!」


 オルダはアウロラを放り投げる。

 砂浜を転がる彼女の視界に、再び立ち上がるミハイルの姿が映った。

 フェイクコアは五基搭載。

 すべてを破壊するまで沈黙しない仕様。

 だが、それも長くは続かない。

 オルダは確実に残るコアを見つけ出し、粉砕するだろう。

 ――残された時間は、せいぜい数十秒。

 朦朧とする意識の中、アウロラは必死に思考を巡らせる。

 残る方法は、ただひとつ。


「――ウルティリウス様ぁっ!

 たすけてくださいっ! ウルティリウス様!! 私をたすけてください!!」


 両目いっぱいにメルキュリアを溜め、顔を歪めながら叫ぶ。

 そこに、かつての余裕と尊大さは微塵もなかった。

 オルダはミハイルをものの数秒で再び蹴散らし、一直線にアウロラへと駆け寄る。

 邪魔をされた獣が獲物に噛みつくように、凄まじい勢いで腕を伸ばした――

 その時。


「オルダ、駄目だよ。女の子には優しくしないとね」


 その腕を掴んだのは、見知った顔と、慣れ親しんだ声。

 ――ウィル。


「グオオオオオオ!!」


 オルダが咆哮する。

 もはやその目に、味方も敵も存在しない。

 だがアウロラは、彼に向かって縋りついた。


「ウルティリウス様っ!!!」


 オルダの意識の奥で、違和感が弾ける。


(……ウルティリウス?

 どうして……ウィルを、そんな名前で呼ぶ……?)


 セルヴィータ状態のオルダでさえ、掴まれた腕を振りほどけない。

 圧倒的な威圧感。

 抗えない力の差。 


「そうだね」


 ウィルが優しく微笑み、オルダを見つめる。


「ボクがウィルこと、ウルティリウス。三神ヴァルキネスの後継機であり――君たちノクティリカ島の裏切り者だよ」


 その背には、禍々しくも神々しい翼が広がっていた。

ウルティリウスの正体が…ついに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ