3-24話:絶望の観測者②
七体の異形――ζ型。
それらはアウロラを取り囲むように立ち並び、まるで黒鉄の聖堂を築くかのように静止していた。
いずれも身の丈二メートルを超える巨躯。漆黒の装甲が鈍い光を返し、空気そのものが重く脈打っている。
風が吹くたび、金属が微かに鳴いた。
(……これは、今までのζ型とは違う)
オルダは息を呑み、剣の柄を握り直す。
レイピアの切っ先がわずかに震えるのは、恐怖ではなく本能が発する警鐘だった。
視界の端で、アウロラがゆっくりと微笑む。その瞳には、まるで“結末”をすでに知っている者の余裕が宿っている。
(正面からじゃ勝ち目は薄い……けど――)
思考の途中で、地面が震えた。
砂を蹴り上げ、巨体が駆け出す音。風が裂ける。
「――先手、ひっしょう!!」
咆哮とともに、デューラが動いた。
オルダの制止は間に合わない。
「デューラ、待て――!」
轟音が走る。
クラッシャーが空気を叩き割り、最前列のζ型を粉砕した。
砕け散った装甲が閃光を放ち、金属片が雨のように降り注ぐ。
続けざまに二撃、三撃。
巨体が弾丸のように突進し、残るζ型たちが反応する間もなく、全て地に伏した。
戦場は静まり返った。
焦げた鉄と油の匂いが漂い、遠くで波の音だけが響く。
「……お前、マジで化け物だな」
オルダが呆然と呟く。
だが、デューラの顔に笑みはなかった。
クラッシャーを肩に担いだまま、彼は俯いている。
「こいつら、弱い。ノックスの方が……よっぽど、強かった」
低く漏れる声には、深い悔恨が滲んでいた。
「オレ、ノックスとの戦いで、むりょくだった。ジェンが来て、助かった。……でも、もう、あんな思い、したくない」
地面に突き立てたクラッシャーが、鈍く響く。
重い音が、戦場の空気をわずかに震わせた。
――パン、パン。
乾いた拍手が響く。
アウロラが、微笑みながら手を叩いていた。
「思っていたより強いじゃないか、デューラ。あっぱれだよ」
その声には賞賛ではなく、冷たい愉悦が混じっていた。
護衛を失ってなお、その表情に焦りの色はない。
オルダの胸に、不吉な予感が広がる。
「……何を企んでやがる」
「ふふ、そんな怖い顔をしないで。少しだけ“事実”を教えてあげよう」
アウロラが歩み出る。
風が緑の髪を揺らし、瞳に血のような光が宿る。
「デューラ。君がどうして、そんなに不器用な喋り方をするのか――知りたい?」
デューラの眉がぴくりと動いた。
アウロラは唇の端を吊り上げ、胸のあたりを軽く叩く。
「私たちの胸にある“エナジーコア”。心臓であり脳でもあるその核は、多量のミラサイトで構成されている。けれど君のコアには――他のドールズよりもずっと少ない。素材が足りなかったのさ。つまり、欠陥品ってことだよ」
「……ケッカンヒン?」
デューラが呟く。
「そう。クロノメカ・システムズはアルタイルメカニカの試作品がよく流れてくる企業だった。“安くて高性能”を掲げた結果、粗悪な素材も多かったのさ。世間じゃ『不良品回収会社』なんて不名誉な呼ばれ方をしていたよ。もっとも、Δ型の開発技術だけは、他より優れていたけれど」
アウロラの言葉を受けて、デューラの瞳が揺れた。
拳が震え、クラッシャーの先端が軋む。
「ドールズの力は、ミラサイトの量に比例する。だから不思議だった。デューラは他のドールズより思考力は劣っているけれど、パワーに関しては言えば目を見張るものがあるからね。欠陥品のくせに役に立つこともあるんだなと、少々驚かされた」
「黙れ」
オルダが唸るように言った。
「デューラは欠陥品じゃねぇ! お前なんかに、何がわかる!」
「私はただ、事実を述べているだけ。……それに――」
アウロラの声が途切れる。
空気が一変した。
デューラの背後で、金属が軋む音。
――ζ型の一体が、ゆっくりと立ち上がっていた。
「なっ……!デューラ後ろッ――」
オルダの声より早く、閃光が走る。
刃が空気を裂き、デューラの首筋を掠めた。
白銀のメルキュリアが宙に舞う。
「――デューラァァァァァッ!!」
オルダの叫びが響く。
だが、もう遅かった。
巨体が揺れ、頭部が地面に転がる。
クラッシャーが手を離れ、鈍い音を立てて倒れた。
その瞬間、世界から音が消えた。
アウロラは微笑んでいた。
まるで劇の幕引きを見届ける観客のように。
「でもやっぱり、思考力が戦況を大きく変えるんだ。油断する子は、やっぱり“頭”が悪い。ね? ――出来損ないには相応しい最期でしょ」
風が吹き抜ける。
砂の上で、デューラのメルキュリアがきらめき、やがて黒い土に吸い込まれていった。
オルダは膝をつく。
喉から漏れたのは、言葉ではなかった。
怒りとも悲しみともつかぬ、獣のような咆哮。
胸の奥を引き裂くような叫びが、無人の戦場に響き渡る。
アウロラはそれをただ見ていた。
その瞳に哀れみはない。
あるのは、純粋な“興味”だけ。
「さあ、オルダ。君の番だよ」
その声は、慈しむように甘く。
けれど、底知れぬほど冷たかった。




