3-23:絶望の観測者①
オルダ、デューラ、ウィルは、中央区画へ一直線に突き進んでいた。
三人という数的優位を最大限に活かし、敵の中枢を叩く。それが、最も合理的な判断だった。
粉塵が視界を覆い、焦げついた金属の臭気が鼻を刺す。
そこでは壊れかけたζ型たちが軋みながら群れ、機械の断末魔を上げていた。
「……行くぞ」
オルダの短い号令と同時に、全員の身体が跳ねる。
鋼の脚が地を蹴り、刃が閃く。
レイピアを握るオルダは、風を切り裂くように前線を駆けた。
無駄のない正確な動き。突き出された刃がζ型の関節を貫き、頸部を裂き、動力を絶つ。
一閃ごとに金属片が弾け、火花が散った。
背後では、デューラの戦鎚が唸りを上げる。
鈍い衝撃音とともに敵の躯体が粉砕され、振り抜かれるたびに地面が震えた。
その威力は凄まじく、衝撃波だけで周囲の瓦礫が砕け散る。
その後方を、ウィルが軽やかに駆け抜ける。
すれ違いざまに指を弾くように手をかざすと、ζ型たちは突如として動きを止め、互いに武器を向けはじめた。
火花が散り、金属の悲鳴が響く。混乱が戦場を覆う。
「リュードが居ないと戦いやすいね。奴、すぐ熱くなるからさ」
軽口を叩くウィルに、オルダの視線がわずかに鋭くなる。
「リュード、悪くない。熱いだけ。いいやつ」
デューラの片言まじりの声は不器用だが、温かさがあった。
「そっか。皆はリュードのこと嫌いじゃないんだね。ボクだけかと思った」
ウィルは笑った。その笑みは柔らかく、けれどどこか空虚だった。
その表情を見て、オルダの胸に小さな棘のような違和感が残る。
やがて戦場は静まり返る。
焦げた鉄と油の匂いが風に溶け、煙がゆらゆらと立ちのぼる。
一時の勝利の静寂――だが、それは長くは続かなかった。
「ねえ、ボク、もう少し海の方を見てこようと思うんだ」
「海?」
デューラが眉を寄せる。
「うん。あっち側のζ型、まだ密集してるかもしれないし。ボクが操って動きを止めれば、皆が楽になるでしょ?」
デューラは鎚を地面に突き立て、低く唸るように答えた。
「……ジェンは、単独行動ダメって、言ってた。命令、守るべき」
「わかってるよ。でも、効率の問題さ。ここで全員で足止めしてても時間がもったいない。ボクならζ型を操って一気に制圧できる。皆も助かるでしょ?」
ウィルはそう言って、オルダの方へ目を向けた。
その瞳は真っ直ぐで、どこか探るようでもある。
「オルダはどう思う?」
一瞬、時が止まった。
理屈の上では、ウィルの提案は正しい。
だが胸の奥がざわつく。“嫌な感じ”が理由もなく脳裏をかすめた。
(行かせるな――そう感じたのは、なぜだ?)
ウィルはオルダの逡巡を見透かしたように微笑む。
「オルダは冷静だから分かるよね。無駄を嫌うタイプだし」
挑発めいた声に、オルダは小さく息を吐き、静かに答えた。
「……確かに、効率は良い。お前の判断に任せる」
「やっぱり。オルダは頼りになるね。他の感情的な連中とは違う」
満足げに微笑むウィル。
そして軽い足取りのまま、瓦礫の向こうへと消えていった。
その背中を見送りながら、オルダは妙な喉の渇きを覚えた。
「オルダ。ウィル、大丈夫か?」
「……大丈夫だろう。あいつは器用だからな」
そう言いつつも、胸のざわめきは消えなかった。
灰色の空を、鉄の匂いを含んだ風が吹き抜ける。
静寂の中、崩れた機械の影が長く伸びていた。
――ウィルと別れた数分後。
オルダとデューラは、異様なζ型の集団を目にした。
まるで何かを護っているかのように整然と並び、一定の間隔を保ちながら進んでいる。
その中心には、巨大な鉄箱があった。
「な、何だあれ……」
オルダが低く呟く。
「……あの箱、中、誰か、いる」
デューラが戦鎚を握り直す。
軋む音を立てて鉄箱が開いた。砂塵の向こうから、一人の少女が現れる。
「……久しぶり」
エメラルドグリーンの髪を三つ編みにした少女。
破れた白衣の裾には乾いたメルキュリアがこびりつき、氷のように澄んだ瞳が二人を見つめていた。
「レミナお姉ちゃんは元気かしら?」
「……お前は……」
オルダの声が震える。デューラも息を呑んだ。
アウロラ――かつて同じ〈クロノメカ・システムズ〉で造られたレミナと同じ世代のΔ型。
戦争の終結と共に消息を絶ったはずの存在だった。
「死んだと思ってた?Δ型のほとんどは処分されたものね」
アウロラは独り言のように呟いた。
その笑みは美しく、そしてどこか壊れていた。
「どうして……ここにいる?」
オルダの問いに、アウロラは微笑を深める。
「連れ出してくれたの。――ウルティリウス様が」
その名が空気を震わせた。
次の瞬間、彼女の背後のζ型たちが一斉に膝をつく。
まるで、女王に跪くかのように。
「ウルティリウス様……? 誰だ、それは」
「私たち《ガデンツァ》の信仰対象よ。あなたたちが知る必要なんてない」
「信仰……? どういうことだ……?」
デューラの声が低く唸る。
アウロラは首を傾げ、悲しげに笑った。
「人間は分かり合えずに戦争を起こした。なら、私たちも同じ。――壊れるまで、戦うしかないのよ」
その言葉と同時に、ζ型たちが一斉に立ち上がる。他のζ型とは異なる、冷たい理性を宿したフォルム。
本能的な狂気ではなく、計算された殺意が空気を震わせた。
オルダはレイピアを握り直し、息を整える。
「……デューラ、構えろ」
「オルダ。あれ、倒すのか?」
「当たり前だろ。Δ型は傷付けられないが……周りの奴らなら壊せる。俺たちがここで倒すしかない」
金属の悲鳴のような風が吹き抜けた。
次の瞬間、再び鉄と火花の嵐が戦場を包み込む。
アウロラはその光景を、ただ無表情に見つめていた。
その瞳の奥には――怒りでも憎しみでもない、もっと深い“哀しみ”が宿っていた。
投稿ペースが遅くなってすみません…
まったり待って貰えると嬉しいです!




