表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/66

3-22話:戦場の剣鬼④

 林に残されていたのは、戦いの痕跡だった。

 焼け焦げた土の匂いが重く漂い、黒褐色に染まった地面には斑状の焦げ跡が広がっている。散乱したζ型の残骸はなお微かな電流を帯び、チリチリと火花を散らしては、沈黙を拒むように耳障りな音を奏でていた。


 戦闘は終わった――はずなのに、胸の奥ではまだ嵐が荒れ狂い、心を落ち着けようとしない。


「……リディナシエ様」


 ミコトが女神の名を呼んだ。声はかすれ、足取りも揺らいでいた。だがリディナシエは微笑み、小さく首を振る。


「フウマくんが心配でしょう。……彼のもとへ」


 その一言に背を押され、ミコトは躊躇なく駆け出した。


「フウマ!」


 地に伏した彼の身体を抱き起こす。冷たい感触。腹部からは銀色のメルキュリアが絶え間なく溢れ出し、ミコトの指先を濡らしていく。


「しっかりしてください……!」


 必死に呼びかける声に導かれるように、フウマの瞼がかすかに震え、ゆっくりと開かれた。


「……まだ、生きていますよ」


 掠れた声。弱々しいが、その瞳の奥には確かな光が宿っていた。

 ミコトの視界が涙で滲み、胸に熱がこみ上げる。


 そこへリディナシエが膝をつき、掌をかざした。藍色の髪は朝の光を受けて煌めき、指先から零れ落ちる淡い光がフウマの傷へと沁み込んでいく。


「……応急処置にすぎない。流出は抑えられるけれど、完治は無理。あとはレミナちゃんに任せるしかないね」


 静かな声に、ミコトははっとして深く頭を垂れた。


「ありがとうございます……!」


「いいえ。あなたたちは私の大切な“家族”。……もっと早く来られればよかったのに」


 その声音には、悔恨がわずかに滲んでいた。


 フウマは震える体を無理に起こそうとする。


「主様……お会いできて、光栄でございます」


 その姿にリディナシエは慌てて手を伸ばし、制した。


「ダメ。そんな身体で無理をしないで。……ミコトちゃんを不安にさせないでね」


 フウマは苦笑し、かすかに頷いた。


「……承知しました。けれど、次こそは必ずジンマを……!」


 決意の言葉。だがリディナシエは首を振る。


「彼はガテンツァでも最強格。この状態とはいえ、私ですら危うかった。正面から挑むのは……無謀だよ」


 言葉を終えた直後、リディナシエの体が大きく震えた。

 ゴホゴホと咳き込み、両手で口を覆う。その掌には銀色のメルキュリアがべっとりと付着していた。


 ――女神ですら、限界を超えていた。


 希望の象徴がこうして傷をさらす姿に、ミコトの胸は痛みで締め付けられる。


 リディナシエは翼を畳み、光を収めた。


「……ごめんね。後遺症もあって、私はしばらく動けない。だからまた、あなたたちに託すことになる」


 儚くも揺るぎない声音で、彼女は願いを告げる。


「どうか……弟を――ジェンを助けてあげて」


 ジェン――その真名はジェナリウス。三神の一柱であり、理想を追い求めた神。だがその記憶も力も、いまだ封じられたままだった。


「主様……必ず」

「もちろんでございます」


 二人は女神の前で祈りと共に誓いを立てる。


          *



 一行は中央ラボを目指した。発信器で何度か応答を試みたが、誰からも返答はなかった。胸に小さな不安を抱えながらも、今は仲間の救助に動ける状態ではなく、ただ静かにラボへ戻るしかなかった。

 ミコトはフウマの肩を支えながら歩き、その横顔を何度も確かめる。弱々しいながらも、彼の瞳は前を向いていた。


「……ミコトさん」


「はい」


「もし自分が……もっと冷静でいられたら。あなたを心配させずに済んだのに」


 ミコトは立ち止まり、首を横に振る。


「違います。私だって冷静じゃなかった。本当に怖かったのは、ジンマじゃなくて……あなたを失うことでした。だから思わず“私が行きます”なんて言ってしまったんです。大切なデータを敵に奪われる危険も理解していたのに……。だから、フウマのせいじゃありません」


 フウマはしばし沈黙し、やがて小さく笑った。


「……ありがとうございます」


 そのやり取りを背で聞きながら、リディナシエは目を細める。

 ――かつての自分と、弟と、兄。その記憶が胸に蘇っていた。



          *



 林を抜ける直前、リディナシエは足を止めた。


「ここから先は……あなたたちだけで」


 振り返った二人に、彼女は静かに告げる。


「ジェンはまだ不安定。記憶を思い出させてはいけない。私を見れば、彼は揺らぎ……心が壊れてしまうから」


 ミコトは息を呑み、フウマも黙って頷いた。


「だからお願い。彼を守って。戦う力ではなく、心を支える力で。……何もできない私を許して」


 そう告げると、リディナシエは翼を広げる。林に淡い光が満ち、風が巻き起こった。


「また、会いましょう」


 優しい眼差しを二人に向けて、女神は空へ舞い上がる。

 その姿は夜明けの空に溶け、やがて光の粒となって消えていった。


 ――女神は眠りへ帰った。


 二人はしばし立ち尽くした。

 やがてミコトがフウマの手を静かに握る。


「行きましょう。リディナシエ様の願いに応えるために……ジェナリウス様を守りましょう」


 フウマはその手を強く握り返し、頷いた。


 東の空に朝日が昇り、闇を払い始める。

 その光の先に待つのは、まだ誰も知らぬ試練。


 ――黎明の余光の中、二人の決意は固められた。


久々の投稿です。

これからも頑張るので、応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ