3-22話:戦場の剣鬼④
林に残されていたのは、戦いの痕跡だった。
焼け焦げた土の匂いが重く漂い、黒褐色に染まった地面には斑状の焦げ跡が広がっている。散乱したζ型の残骸はなお微かな電流を帯び、チリチリと火花を散らしては、沈黙を拒むように耳障りな音を奏でていた。
戦闘は終わった――はずなのに、胸の奥ではまだ嵐が荒れ狂い、心を落ち着けようとしない。
「……リディナシエ様」
ミコトが女神の名を呼んだ。声はかすれ、足取りも揺らいでいた。だがリディナシエは微笑み、小さく首を振る。
「フウマくんが心配でしょう。……彼のもとへ」
その一言に背を押され、ミコトは躊躇なく駆け出した。
「フウマ!」
地に伏した彼の身体を抱き起こす。冷たい感触。腹部からは銀色のメルキュリアが絶え間なく溢れ出し、ミコトの指先を濡らしていく。
「しっかりしてください……!」
必死に呼びかける声に導かれるように、フウマの瞼がかすかに震え、ゆっくりと開かれた。
「……まだ、生きていますよ」
掠れた声。弱々しいが、その瞳の奥には確かな光が宿っていた。
ミコトの視界が涙で滲み、胸に熱がこみ上げる。
そこへリディナシエが膝をつき、掌をかざした。藍色の髪は朝の光を受けて煌めき、指先から零れ落ちる淡い光がフウマの傷へと沁み込んでいく。
「……応急処置にすぎない。流出は抑えられるけれど、完治は無理。あとはレミナちゃんに任せるしかないね」
静かな声に、ミコトははっとして深く頭を垂れた。
「ありがとうございます……!」
「いいえ。あなたたちは私の大切な“家族”。……もっと早く来られればよかったのに」
その声音には、悔恨がわずかに滲んでいた。
フウマは震える体を無理に起こそうとする。
「主様……お会いできて、光栄でございます」
その姿にリディナシエは慌てて手を伸ばし、制した。
「ダメ。そんな身体で無理をしないで。……ミコトちゃんを不安にさせないでね」
フウマは苦笑し、かすかに頷いた。
「……承知しました。けれど、次こそは必ずジンマを……!」
決意の言葉。だがリディナシエは首を振る。
「彼はガテンツァでも最強格。この状態とはいえ、私ですら危うかった。正面から挑むのは……無謀だよ」
言葉を終えた直後、リディナシエの体が大きく震えた。
ゴホゴホと咳き込み、両手で口を覆う。その掌には銀色のメルキュリアがべっとりと付着していた。
――女神ですら、限界を超えていた。
希望の象徴がこうして傷をさらす姿に、ミコトの胸は痛みで締め付けられる。
リディナシエは翼を畳み、光を収めた。
「……ごめんね。後遺症もあって、私はしばらく動けない。だからまた、あなたたちに託すことになる」
儚くも揺るぎない声音で、彼女は願いを告げる。
「どうか……弟を――ジェンを助けてあげて」
ジェン――その真名はジェナリウス。三神の一柱であり、理想を追い求めた神。だがその記憶も力も、いまだ封じられたままだった。
「主様……必ず」
「もちろんでございます」
二人は女神の前で祈りと共に誓いを立てる。
*
一行は中央ラボを目指した。発信器で何度か応答を試みたが、誰からも返答はなかった。胸に小さな不安を抱えながらも、今は仲間の救助に動ける状態ではなく、ただ静かにラボへ戻るしかなかった。
ミコトはフウマの肩を支えながら歩き、その横顔を何度も確かめる。弱々しいながらも、彼の瞳は前を向いていた。
「……ミコトさん」
「はい」
「もし自分が……もっと冷静でいられたら。あなたを心配させずに済んだのに」
ミコトは立ち止まり、首を横に振る。
「違います。私だって冷静じゃなかった。本当に怖かったのは、ジンマじゃなくて……あなたを失うことでした。だから思わず“私が行きます”なんて言ってしまったんです。大切なデータを敵に奪われる危険も理解していたのに……。だから、フウマのせいじゃありません」
フウマはしばし沈黙し、やがて小さく笑った。
「……ありがとうございます」
そのやり取りを背で聞きながら、リディナシエは目を細める。
――かつての自分と、弟と、兄。その記憶が胸に蘇っていた。
*
林を抜ける直前、リディナシエは足を止めた。
「ここから先は……あなたたちだけで」
振り返った二人に、彼女は静かに告げる。
「ジェンはまだ不安定。記憶を思い出させてはいけない。私を見れば、彼は揺らぎ……心が壊れてしまうから」
ミコトは息を呑み、フウマも黙って頷いた。
「だからお願い。彼を守って。戦う力ではなく、心を支える力で。……何もできない私を許して」
そう告げると、リディナシエは翼を広げる。林に淡い光が満ち、風が巻き起こった。
「また、会いましょう」
優しい眼差しを二人に向けて、女神は空へ舞い上がる。
その姿は夜明けの空に溶け、やがて光の粒となって消えていった。
――女神は眠りへ帰った。
二人はしばし立ち尽くした。
やがてミコトがフウマの手を静かに握る。
「行きましょう。リディナシエ様の願いに応えるために……ジェナリウス様を守りましょう」
フウマはその手を強く握り返し、頷いた。
東の空に朝日が昇り、闇を払い始める。
その光の先に待つのは、まだ誰も知らぬ試練。
――黎明の余光の中、二人の決意は固められた。
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