3-21話:戦場の剣鬼③
林の奥深く、静寂を引き裂くようにζ型の群れが一斉に飛び出した。
暗い金属光を帯びた機体が木々の間を縦横無尽に駆け抜け、赤黒い瞳が獣のように光る。耳をつんざく鋭い雑音と、飢えに満ちた唸り声が林全体を震わせ、空気は一瞬にして重く張り詰めた。
「数が……多すぎる……!」
フウマは荒い息を整え、刃を握る手に力を込める。胸の高鳴りを必死に抑えながら、視界に入る敵をすべて斬り伏せる決意を固めた。
「でも、私たちがここで退くわけにはいかない!」
ミコトもクナイを再装填し、木漏れ日を縫うように林を滑る。
「フウマ、無理はしないで。私が援護します!」
だがζ型の動きは異常なほど速く、フウマの斬撃が届く前に、一体が跳躍し、空中から牙を剥き出しに襲いかかる。反射的に身を翻したフウマの肩を鋭い牙がかすめ、銀色のメルキュリアが飛び散った。
「……くっ!」
痛みを感じながらも、フウマは集中を切らさない。飛びかかる敵を次々に斬り伏せ、ミコトとの連携で攻防のリズムを自然に呼応させる。二人の動きは一体の剣のように絡み合い、林の中で光と影の戦舞を描いた。
「やるじゃねえか。二人揃えば、この数でもなんとかなるようだな」
背後からジンマの声。残ったζ型を踏み台に、青白く光る刀を一閃させる。斬撃が斜面の土を抉り、フウマの動きを一瞬封じた。
「くそっ……!」
フウマは咄嗟に横に飛び、膝をつく。しかし背後から牙を剥いたζ型が迫り、脅威は一瞬たりとも消えない。
「フウマ、下がって!」
ミコトが飛び込んでクナイを投げ、敵の動きを封じる。その正確無比な動きは機械のようでありながら、仲間を守る強い意思が力となって宿っていた。
ジンマは笑みを崩さず、楽しげに戦場を見渡す。
「いいねえ……少し本気を見せたくなってきたぞ」
その言葉と同時に、ジンマの刀が青白く輝き始める。まるでジェンの武器を思わせる光だ。
彼はζ型の頭部を掴み、容赦なく真っ二つに斬り倒す。飛び散るメルキュリアが刀の輝きを増幅させ、戦場を一層冷酷に染める。
「まさか……アルタイルメカニカ社製の……」
フウマは息を呑む。
「いや、模造品さ。本家には及ばないが、嫌いじゃない」
ジンマは滑るように飛び、フウマの間合いに侵入する。刀を振り下ろす瞬間――
ギチチッ。
腕が動かない。
「……ッ!?」
目に見えない細いワイヤーがフウマの体に絡みつき、刀の動きを封じていた。ζ型が巧みに張り巡らせた罠だ。
「残念だったな、後輩くん」
ジンマの刀がフウマの腹に深々と突き刺さる。
「ガハッ……!!」
フウマは大量のメルキュリアを吐き出し、地面に倒れ込む。
「フウマッ!」
ミコトの悲鳴が林を震わせる。しかし動揺している暇はない。ワイヤーを切りつつ突破するには、ζ型の群れが壁となり、一人では不可能だった。
「こいつを今すぐ壊しても構わんが……小娘、お前はイズモ製だろ?諜報特化の個体は貴重だ。一緒についてきてもらおう」
ジンマの視線が鋭くミコトを射抜く。
ミコトの体は震え、瞳から大粒のメルキュリアが溢れる。
大切な仲間を目の前で失うかもしれない状況、何もできなかった自分への無力感、ジンマの恐ろしさ――胸を締めつける感情が彼女を覆う。
(でも……行くしかない。フウマを助けるためなら、どこへでも――)
決意が体を貫く。ノクティリカ島で過ごした短くも温かい日々、仲間との思い出――それらを失いたくない。何よりフウマは、特別な存在だった。
「フウマを離してください。あなたと共に行きます」
ジンマは一瞬、拍子抜けした表情を浮かべる。
「まさかイズモ製に人質戦法が効くとは……もしかして、こいつ彼氏か?」
ミコトは唇を噛み、答えずに睨み返す。
「ふん、熱意に免じて彼氏くんは助けてやるよ。……来い」
ジンマは軽口を叩きつつ、刀を鞘にしまって海辺へ向かう。
ミコトは黙って従った。
(ここを離れたら……きっともう二度と、みんなには会えない……無論フウマにも……)
視界がメルキュリアでぼやけ、胸を突くような切なさが彼女を襲う。
しかし、次の瞬間――林を裂く白い光が降り注ぐ。大きな翼が舞い降り、希望そのものの存在が現れた。
(これは……夢?私の願いが……?)
絶望で意識が遠のく中で、耳の奥に確かな音が響く。
バサッ――!
降臨したのは、自由を体現する女神――リディナシエ。
リディナシエはミコトの傍に舞い降り、濡れた頬を優しく右手で包む。
「……もう、大丈夫」
光沢のある藍色の髪、強気で鋭い眼光、低く澄んだ声。その存在は、フウマとミコトたち――"コンコルダ"の信仰対象そのものだった。
「おいおい……お目覚めなんて聞いてないぞ!」
ジンマは咄嗟にζ型の群れを盾にして襲わせるも、リディナシエの前では無力だった。翼の風圧で群れは吹き飛ぶ。
「デタラメな強さだな……クソ女神」
ジンマは悔しげに叫ぶものの、侍としてのプライドなのか、背中を見せることはなかった。
リディナシエとジンマの激しい戦いが繰り広げられる。
ジンマの本気の刀裁きは凄まじく、フウマとミコトの時に手を抜いていたことが一目で分かるほどだ。
リディナシエは翼を広げて風を巻き起こし、小石や枝を巻き上げ、ジンマへ向けて叩きつける。
「クソッ!」
視界を遮られ、ジンマがよろめく。
その隙を見逃さず、リディナシエは弓矢を構えた。
しかし、突如ジンマの袴の中で端末が振動する。"ガテンツァ"の撤退命令だった。
「逃げるわけじゃねえが……撤退命令だ。遅れちまうと、怒られるからな。また会おうぜ、青臭いガキども!」
軽やかに海へ駆け去るジンマ。
リディナシエは追わず、静かに光を落としながら二人の側に立つ。
林に残るのは、戦いの傷跡と、確かな希望の光だけだった。
ここから物語が加速しそうですね。
リディナシエがようやく降臨です。




