3-18話:忘却の執行官④
状況はなお硬直していた。
だが時間は容赦なく過ぎてゆく。メイズは辛うじて耐えていたが、リュードの身体からは銀色のメルキュリアが止めどなく滴り落ち、地面を濡らしていた。
このままでは――リュードが息絶えるか、または“セルヴィータ”状態に陥る。もしそうなれば、意識が戻ってこられるかは完全なる運となるだろう。それだけは避けたい。
焦燥がジェンの喉を焼く。呼吸は荒く、胸の奥で熱が膨れ上がる。
押さえ込もうとするほどに、その熱は激しく燃え、やがて胸元のネックレスを脈動させた。
――翼を模した金属片。
メイズから託された、リディナシエの遺片と思しきパーツ。
(……これが、応えている……?)
指先で握った瞬間、冷たかった金属は灼けるように熱し、閃光が爆ぜる。
光はジェンの全身を包み、凍りついた四肢に血潮のような力を流し込んでいく。
「……っ、あ……!」
彼の背後に幻影めいた白銀の翼が広がった。
羽ばたきの衝撃で瓦礫が舞い、地を震わせるその姿は――かつて自由を体現した女神、リディナシエを思わせた。
「――止まれッ!!」
ジェンの咆哮に呼応し、沈黙していたζ型の残骸たちが鎖のように絡み合い、リュードとメイズを縫い止める。
槍を振り上げようとしたリュードの穂先は床に突き立ったまま動かず、メイズの腕も宙で硬直し、ただ震えていた。
二人の身体から散ったメルキュリアは銀の霧となり、光に照らされて舞う。
虚ろな瞳にわずかな揺らぎ――人の心を取り戻す影が差し始めていた。
ジェンは震える手を伸ばす。
胸元の翼はなお輝きを増し、仲間を守ろうとする意志を力へと変えていく。
(……本当にこれはリディナシエ様の翼……? いや、これは……)
答えは分からない。
ただ確かに――仲間を救いたいと叫ぶ心に、この翼が応えた。
その事実だけが胸に刻まれていく。
その時、乾いた声が戦場を裂いた。
「……なるほど」
ロキシィだった。
紫煙を吐くようにゆっくりと立ち上がり、眼鏡の奥の瞳を細める。
「やれやれ……随分と過保護だな」
鼻で笑いながらも、その瞳は冷ややかな光を宿していた。
「お前は、この翼を知っているのか!」
ジェンの問いに、ロキシィは肩を竦めただけだ。
「答える義理はない。……それに――」
燕尾服のポケットで短い発信音が鳴り響く。
小さな黒い装置を取り出し、ロキシィは深くため息を吐いた。
「……撤退せよ、とのご命令だ。せっかく面白くなってきたのにな」
つまらなそうに言い放ち、踵を返す。
瓦礫を踏み越え、霧の向こうへ消えゆくその背だけが、最後に振り返る。
「次は……ガデンツァ全員で遊びに来る。楽しみにしていろ」
静寂が残る中、ジェンは膝の震えを押さえ、必死に駆け寄った。
なおも拘束されたリュードとメイズ――その身体を包む銀の飛沫に、翼の輝きが重なっていく。
「リュード……メイズ……!」
その呼びかけに、虚ろな瞳がわずかに揺れた。
光が彼らをつなぎ止めている――ジェンはそう信じ、仲間の名を繰り返し叫ぶ。
(……戻ってこい。今度こそ、誰も失わない……!)
銀の霧と朝の光が戦場を満たし、わずかな温もりを取り戻していく。
ジェンはまだ知らなかった。
この翼が示す意味も、自らに眠る真実も。
だが――決意だけは揺らがない。
拳を震わせ、冷たい朝の気を切り裂くように誓った。
(……必ず守る。この翼が何であろうと――仲間を、絶対に……!)
広場に残ったのは、銀の飛沫と拘束された二人、そして消え去ったロキシィの影。
だが、それは終わりではなく――戦いの幕開けにすぎなかった。
ジェンのパートです。
あっち来たりこっち来たりで分かりづらいかったらごめんなさい…。
また読んでもらえると嬉しいです。




