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1-2話:図書館とお昼寝

◇登場人物紹介


ジェン…主人公。暴走した個体を壊す役割を担うγ(ガンマ)型の少年。温厚で優しい性格。


テルル…人間の護衛のために製造されたε(イプシロン)型の少女。ジェンといつも一緒。純粋無垢な性格。

 木製のテーブルに残っていたトマトサンドの最後の一片を、テルルがそっと指でつまんだ。

 ふわりとしたパンの感触を確かめながら、それを口に運び、もぐもぐと咀嚼する。そして小さく息を吐いた。


 その表情は、甘いお菓子を食べ終えた子どものように無邪気で、どこか幸せそうだった。


「満腹?」


 ジェンの問いかけに、テルルは小さく頷く。

 頬がほのかに赤らんでおり、朝の柔らかな陽光と溶け合っていた。


「うん。ジェンのトマトサンドはね、しあわせの味がするの」


「しあわせの味? それって、どんな味?」


 ジェンは洗い物の手を止めて振り返る。


 テルルは少し首を傾け、まるで記憶を辿るように目を細めた。


「トマトのやさしい甘さと……ちょっとのお塩。それと、ジェンのやさしい気持ちが入ってるの」


 ジェンはふっと笑う。彼女の言葉には、説明しきれない体温が宿っていた。戦闘データでも理屈でもなく、心の奥にそっと触れるような、そんなあたたかさ。


 ジェンは立ち上がり、再び静かに食器を洗い始めた。水道から流れる清らかな水音が、キッチンの静けさに溶け込んでいく。

 この島の水は地下から汲み上げた天然の淡水。冷たく澄んでいて、喉をすっと通り抜けるたび、遠い戦場の記憶がかすかに蘇る――あの頃、水は人間の命そのものだった。


 テルルは椅子に片膝を立て、ジェンの背中をぼんやりと見つめる。肩にかかる長い銀髪が、朝の光を浴びて淡く輝いていた。


 その姿には、戦闘用の緊張感は微塵もない。ただの、穏やかな時間を過ごす女の子のようだった。

 彼女の無防備さは、この島の平和そのものを象徴しているようでもあった。


「今日は、図書室に行こうか」


 食器を洗いながらジェンが声をかけると、テルルの耳がぴくんと反応する。


「新しい本、届いたの?」


「うん。昨日ドローンがいくつか来てたよ。きっとメイズがもう整理してる」


 ジェンがまだ皿を拭いているあいだに、テルルは椅子から飛び降りた。軽やかな足取りで彼の横に駆け寄り、目を輝かせる。


「行こう!」


「うん。じゃあ、のんびり歩こうか」


 扉を開けると、潮の香りを含んだ風が頬を撫でた。海風には草花の香りが混じり、小道の脇では色とりどりの野草が揺れ、足元では虫たちが忙しなく動いていた。


「今日は、いい天気だね」


「うん。でも……ジェンは曇りの方が好きなんでしょ?」


「そうだね。雲があると、落ち着く。太陽が隠れてると、世界が静かになる気がするんだ」


 テルルは空を見上げる。薄くかかった雲の向こうに、青空がすりガラス越しのように覗いていた。


「わたしは……晴れがいい。空が真っ白じゃないから」


 その一言には、戦時中の記憶がにじんでいた。彼女の知る“曇り”は、黒煙と爆炎に染まった灰色の空。テルルにとってそれは、不安と恐怖の象徴だった。


 ジェンは、その沈黙に触れることなく、ただ彼女の歩調に寄り添いながら静かに歩き続けた。


 やがて、島の北側に建つ、かつて学校だったコンクリートの建物が見えてくる。今では図書室として再利用されており、静かな空気の中、本棚が整然と並んでいた。


「メイズ、いる?」


「こちらにおりますよ」


 本棚の隙間から現れたのは、グレーのスーツに深緑のネクタイを締めた男性型ドールズ。名はメイズ。

 かつて都市を一夜で壊滅させたと語られるβ型の戦闘特化型。しかしその立ち居振る舞いは洗練されており、過去の面影はそこにはなかった。


 今はこの図書室を管理しており、亡き戦友ノックスの墓には、今日も花が供えられていた。


「新着の書籍はすべて棚に並びました。今回は植物図鑑、料理のレシピ本、そして小説が三冊。状態は非常に良好です」


 ジェンが頷くと、テルルは背伸びして上段の棚を覗き込む。


「これ、小説の棚?」


「はい。絵本も一冊ございます。タイトルは『森で迷ったねこ』です」


「ジェン、読んで! それがいい!」


 はしゃぐテルルに、ジェンはくすっと笑った。棚からその一冊を抜き取り、ふわふわとした白ねこが森を歩く表紙を見せる。


「じゃあ、窓際のソファで読もうか」


 ふたりは並んでソファに腰掛け、本を開いた。テルルはぴたりと寄り添い、わくわくとした目でページをのぞき込む。


 物語は、記憶を失った白ねこが、大切なものを探して森を彷徨う話だった。出会いと別れを繰り返しながら、ねこは少しずつ、何が本当にたいせつだったのかを知っていく。


 ジェンの声は静かで、やさしく、まるで時間の外に連れ出すようだった。


 やがて、ねこが辿り着いた場所で物語は幕を閉じる。


「……おしまい」


 ページを閉じたとたん、テルルの頭がジェンの肩にふわりと預けられた。


「……ねむくなっちゃった」


「寝ていいよ」


「ジェンもいっしょに。……ちょっとだけ」


「うん。ちょっとだけね」


 窓から差し込む光が、銀色の髪をやわらかく照らしていた。ジェンはそっとその髪に指先を滑らせる。


 ――この時間が、ずっと続けばいいのに。


 そう願いながら目を閉じると、心がすうっと静まっていった。


 遠く、波の音が聞こえる。世界のどこかで誰かが泣いているとしても、今この場所には、ただやさしい静寂だけがあった。


丁寧に書いていきます。

誰かの心に刺さったら嬉しいです。


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