3-17話:戦場の剣鬼①
D-5区域 西端 ― 林の中
ミコトとフウマは仲間と別れ、鬱蒼とした林へと足を踏み入れた。
枝葉は空を覆い隠し、陽光はまだらに地を照らす。湿った土の匂いと濃い影が、二人の体を包み込む。
だがその闇こそ、追手を欺き、身を潜めて進むには最適だった。
「……フウマ。“ガテンツァ”が動き始めた。そう考えて間違いないでしょう」
「はい。自分も、そう思います」
その瞳に迷いはない。ジェンや島の住人たちが知らぬ事実を、二人はすでに掴んでいた。
――この異常事態、その背後に“ガテンツァ”がいると確信していたのだ。
やがて林の切れ間から、ζ型の群れがうねるように姿を現す。
湿った空気を揺らす低いうなり声が、不気味に響いた。
「迎撃しましょう。私が援護します」
「承知しました。――行きましょう」
フウマは静かに刀を抜く。月光を思わせる冷ややかな光が刃に宿る。
その立ち姿は、戦場に舞い降りた侍の幻影のようだった。
――斬ッ。
銀閃が闇を裂き、ζ型は一太刀で断たれる。
残骸は火花と銀色のメルキュリアを散らしながら地に崩れ落ちた。
取りこぼしは許されない。ミコトのクナイが無音で飛び、寸分違わず急所を貫く。
二人の連携は淀みなく、仕組まれた舞踏のように敵を屠っていく。
「……レミナさんの高純度のメルキュリア、これほどのものだったとは」
フウマは息を整えつつ呟いた。
島に来る前、彼らは不純物の混じったメルキュリアをζ型から奪い命を繋いできた。
常に不調を抱えた戦い――だが今は違う。
レミナが与えた純粋なメルキュリアが全身を満たし、感覚を研ぎ澄ませていた。
三十体を超えるζ型を撃破しても、まだ呼吸は乱れていない。
刀を握り直すフウマの瞳には、確かな光が宿っていた。
「フウマ……あなた、島に来てから強くなりましたね」
「――守るべき存在を、この島で見つけたからかもしれません」
その言葉に、ミコトは微かに微笑んだ。
その表情には仲間への信頼と、共に戦い抜く覚悟が滲んでいた。
「得体の知れない私たちに、手を差し伸べてくださった。その恩を――」
「必ず守り抜きましょう。主様の願いを」
視線が交わった瞬間、二人の決意は固く結ばれた。
だが、その静謐を嘲笑うように、林の奥から嗄れた声が響く。
「……おいおい。やっぱり“コンコルダ”の残党か?違うか?いや、そうじゃなきゃ説明がつかねえ」
木陰から姿を現したのは、異様な男だった。
右半分の顔は焼けただれ、露出した機械構造が鈍く光る。
黒髪を後ろで束ね、袴をまとった大柄な体躯。口元を覆う無精ひげ、裂け傷の走る片目。
一歩踏み出すごとに、足音に混じって金属音が林に響いた。
「……その和風の造形。見覚えはねえが……イズモ製か?それともイオカワか?」
ミコトの瞳が鋭く光る。
「……あなたは――イオカワ研究所製造、β型の“ジンマ”」
「へぇ、俺を知ってるか。俺ってそんなに有名か?」
「有名かどうかは関係ありません。ただ――記録に残っていただけです」
淡々と告げるミコト。だが声の底には僅かな震えがあった。
ジンマに関する情報が少ない――それは、生き延びて報告した者が少ないという証。
「イオカワ製なら、自分の先輩にあたりますね。……自分はフウマ。以後お見知りおきを」
刀を構えたフウマが、真っ向からジンマを見据える。
「“コンコルダ”の連中は、ほとんど潰したつもりだったが……生き残りがいたか」
ジンマも刀を抜き放つ。早朝の薄明かりを受け、刀身が妖しく光を返した。
「自分たちは何も知りません」
フウマの答えに、ジンマは口元を歪め、鋭い歯を覗かせる。
「とぼけるな。――クソ女神リディナシエの信徒どもだろうが」
その名が放たれた瞬間、フウマの瞳が揺れる。
「女神はこんな状況でもスヤスヤお休み中だぞ? 理想の神に至っては、まだ何も思い出せねえボンクラだ。滑稽だよなあ。……ウルティリウス様は、もう目覚めてくださったってのによ」
ゲラゲラと、林に嘲笑が響いた。
「全部無駄なんだよ。お前らのちっぽけな信仰が、俺たちの崇高な信仰に勝てるはずがねえ。バカな女神を信仰するくらいなら、ウルティリウス様を信仰した方が、よっぽど有意義だと思うぞ?――そうだな、お前らが改心するなら、“ガテンツァ”に入れてやらんこともないぜ。……俺がリーダーに口を利いてやる」
その言葉が、フウマの怒りを決定的にした。
信仰するリディナシエを侮辱されることは、彼ら"コンコルダ"にとって耐え難い屈辱であった。
「主様を愚弄するな……!あの方がどれほど心を痛め、決断を下されたかも知らずに……!」
怒声と共に刀が唸り、鋼と鋼が激突する。
火花が林を照らし、衝撃音が空気を震わせた。
「いいねえ。その熱くて青臭え感じ……俺は嫌いじゃねえぞ」
「よくも仲間を……“コンコルダ”を……絶対に許さない!!」
普段は冷静なフウマの肩に、過剰な力がこもっていた。
その様子を見て、ミコトはすぐに不利を悟る。
ジンマはわざと挑発し、フウマの冷静さを失わせた。彼女にはそれが見抜けていた。
クナイを構え、冷徹な瞳で戦況を計る。
(……厄介な相手に捕まってしまった。他のみんな……無事でいて……)
胸の奥に冷たい不安が渦を巻く。
刀と刀が激突する轟音は、なおも林を揺るがし続けた。
不定期更新で申し訳ありません!
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