3-16話:忘却の執行官③
ジェンは喉の奥にせり上がる熱を押し殺し、ロキシィの視線から目を逸らさなかった。
「この二人を斬れ」――冷酷な命令が、鋼の鎖のように耳へ絡みつき、思考を締め付ける。
(……そんなこと、できるわけがない)
背後で、リュードとメイズの気配が微かに揺れた。二人の呼吸は不規則で、次の瞬間、広場を異様な沈黙が覆う。
「……ッ!」
反射的に身を翻すジェン。リュードが長槍を振り下ろした。空気を裂く鋭い穂先が、石畳を粉砕する。
直撃すれば即死――ジェンは間一髪で飛び退き、舞い散る破片を浴びた。
「リュード!ダメだ――!」
叫びも届かない。リュードの瞳は虚ろに濁り、生気を失っていた。仲間を見るのではなく、ただ殺戮の命令だけを受け取る兵器の眼差しだった。
背後から閃光が迫る。鋭い銀の弧――メイズのナイフ。ジェンは腕で受け流すが、刃が袖を裂き、銀色の飛沫が朝の冷たい光を受けて散る。
「……やめろ!二人とも!」
懇願は届かない。リュードの槍とメイズの刃は、寸分の狂いもなくジェンを狙う。意思ではなく、操り人形の戦闘。
(ロキシィ……仲間を操るなんて許せない!)
答えは返らない。瓦礫に腰かけたロキシィは、朝日の光を背にし、楽しげにその光景を眺めるだけだった。
ジェンは必死に刃を交わし、槍を受け流す。だが防戦一方では限界がある。体力は刻一刻と削られ、仲間を傷つけぬよう立ち回ることで消耗は倍増していた。
「はぁ、はぁ……!」
息が荒れる。斬ることはできない、仲間を殺してはいけない。
(考えろ……! この状況を覆す方法を!)
焦燥が頭をかき乱す。霧の中に迷い込んだように、答えは見えない。その間にもリュードの槍が壁を穿ち、メイズのナイフが紙一重で頬を掠める。
「クソッ……!」
胸の奥のエナジーコアが破裂しそうに脈打つ。攻撃を避けるたび、仲間の殺意が突き刺さり、精神を削る。
――そのときだった。
「っ……!」
メイズの動きがわずかに速くなる。眼差しは獲物を狩るものとなり、リュードの槍と呼吸を合わせ、二人が同時に襲いかかってくる。
ジェンは身を沈め、槍を背中すれすれでかわす。だが避けた先で銀光が閃いた。
「――あっ」
ナイフが一直線に走り、リュードの肩口へ突き刺さる。
金属を裂く鈍い音。リュードの身体が硬直し、呻き声が喉奥から絞り出される。その傷口からはメルキュリアが奔流のように溢れ出し、石畳に散った。朝日に反射し、銀の飛沫が幻想的に輝く。
「……リュード!」
ジェンの声が凍りついた空気を裂く。メイズの瞳に一瞬だけ揺らぎが走ったが、すぐに消える。刃はなおもジェンを狙う。
リュードは槍を杖のように突き、身体を支えながらよろめく。銀の飛沫が槍身を伝い、地面に滴る。
――その瞬間、ジェンの視界を強烈な閃光が覆う。
――記憶の断片。
銀に濡れた仲間の姿。必死に止めようとして、それでも止められなかったあの日。泣き叫ぶ声、自分自身の嗚咽。
(……そうだ。僕は――仲間を止めたことがある。大声で泣きながら、必死で……!)
胸を焼く痛みとともに、忘れていた記憶の残滓が突き刺さる。過去に同じように仲間を止めるため戦った記憶は鮮烈で、だが完全には掴めない。指の間から砂のように零れ落ちる。
「……僕は……何を忘れているんだ……?」
膝が震え、呼吸が浅くなる。目の前のリュードの銀の飛沫、メイズの刃――過去の惨劇が重なり、頭を締め付ける。
ロキシィの乾いた笑い声が、遠くから響く。
「やっと思い出し始めたか」
ジェンは震える指先でリュードの肩を押さえる。銀のメルキュリアが掌を濡らし、冷たく、そしてどこか生々しい熱を伝えてくる。
(違う……今度こそ……僕は、誰も……!)
記憶の靄の奥で、確かな決意が芽生えつつあった。絶望の縁に立たされながら、ジェンは己に封じられていた何かを掴もうと、必死に抗っていた。




