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3-15話:忘却の執行官②

 ジェンは喉を焼く焦燥を奥歯で噛み砕き、一か八かの言葉を吐き出した。

 ほんの一瞬でも時間を稼ぎたい。敵の正体を、かすかでも暴きたい。


「……一つ、聞かせろ。どうして僕たちの平和を踏みにじる?お前たちの狙いは何だ」


 声は刃のように放たれた。だがその切っ先の奥で震えを隠しきれないことを、ジェン自身がいちばん知っていた。


 挑発を込めた問い。けれど、ロキシィはまるで待ち構えていたかのように、眼鏡の奥で細く光を灯し、口角をわずかに吊り上げる。


「ほう……心理戦か。悪くない。だが惜しいな」


 吐息のような声は冷え切っていて、耳朶をなぞるだけで血が凍る。


「声が震えているぞ」


 その瞬間、広場の空気が凍り付いた。背筋を氷柱で貫かれたかのように、思わず肩がこわばる。

 ロキシィは、しかし飄々と肩をすくめ、こともなげに続けた。


「まあいい。どうせ今日は――挨拶に来ただけだ」


 軽やかに瓦礫へ腰を下ろし、脚を組む。ゆるやかに紫煙を吐き出す仕草だけで、場の空気は彼の支配に落ちた。

 朝の風に溶けるはずの煙は、なぜかその場にまとわりつき、灰色の渦となって漂う。


「俺たちは"ガテンツァ"――ウルティリウス様を信奉する選ばれし一団」


 ロキシィの声は無駄なく澄み切り、異様に耳へ届く。

「AからCまでのシリアルナンバーだけで構成され……俺はその“ナンバー4”」


「……AからC?」


 ジェンの眉が鋭く跳ねる。


「どういう意味だ」


 ロキシィの唇がゆるやかに歪み、眼鏡の奥で光が薄笑いを浮かべた。


「やはり知らぬか。まだ何も思い出せないようだな」


 吐き捨てるように言い、煙草の先を赤く灯す。


「こんなちっぽけな島で、仲間と平和ごっこに浸っている。……その程度なら、思い出せるはずもない。お前には失望させられてばかりだ」


 その言葉は刃のように胸を突き刺した。

 ジェンは思わず呼吸を詰まらせる。だが反論する言葉が出てこない。


 ロキシィはわざとゆっくりと煙草を弾き、瓦礫に投げ捨てた。火種は小さく赤く光り、ぱちりと音を立てて消える。


「お前……これまで何かを忘れていると感じたことはないか?」


 声は低く、甘やかに響いた。


「大事な“誰か”や、“自分自身”を……置き去りにしているような、胸にぽっかりと穴が空いている気分に陥ったことは」


 ジェンの心臓が一瞬、掴まれたように跳ねた。

 思考が霧に包まれ、記憶の奥から何かがかすかに呼びかける。


「奇妙だろうな。ドールズは記憶が失われぬように設計されている。本来なら欠落など起こり得ない。不具合でも事故でもない……だとしたら」


 ロキシィは、にやりと笑った。


「“消された”と考えるのが自然だろう」


 ジェンは無言で拳を握り込む。爪が掌に食い込み、痛みが走る。

 しかし問い返す言葉は出てこない。


 ロキシィは、その沈黙をまるで肯定の印のように受け取った。


「いいだろう。ならば交渉だ」


 彼は立ち上がり、ジェンを真下に見下ろした。

 眼鏡に朝日が反射し、瞳を覆い隠す。その下の口元は、冷酷な愉悦に濡れていた。


「この二人――どちらかを斬れ」


 声は淡々としていた。だが、その冷たさこそが残酷さを際立たせる。


「そうすれば話してやろう。俺たちの目的も、組織の規模も……そして、お前の“忘却”の理由も」


 背後で、仲間たちの息が詰まる。

 刃を突きつけられたわけでもないのに、全員の喉元へ冷たい鉄の枷がかかったかのようだった。


 ジェンの呼吸が乱れる。選択を迫られる重圧に、視界が揺らぐ。

 ロキシィの喉の奥から、くぐもった笑い声が漏れた。


「どんな理想も、現実には敵わない。……お前はそのことを誰よりも知っているはずだろう?」


 胸を突き抜ける言葉。

 理想。平和。希望。

 それらはジェンが、仲間たちと共に必死に築き上げてきたものだった。

 けれどそのすべてを裏切るかのような囁きが、己の奥底から微かに響いてくる。


(違う。僕は……僕は、一体何を――忘れている?)


 心の奥に沈んだ影が、わずかに輪郭を持ち始める。

 だがそれは、手を伸ばせば伸ばすほど靄へと溶け、指の間から零れ落ちていく。


「答えろよ、ジェン」


 ロキシィが囁いた。


「お前は本当に――お前自身を知っているのか?」


 息を呑む沈黙の中で、ジェンの鼓動だけがやけに大きく響いていた。

忙しくて更新ができない日も出てきてすみません…。

ストックがなくなってきたので、執筆頑張って再開していきます!

引き続き読んで貰えると嬉しいです!


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