3-14話:忘却の執行官①
瓦礫を蹴り飛ばすたび、肺が焼けつくような熱を帯びていく。
背後からは、アルテットの銃声と鎖の軋む鋭い音が響いていた。
振り返れば、助けに戻ってしまう。
だからジェンは必死に視線を前だけに縛りつける。
――あの二人を、置いてきてしまった。
胸の奥に、針で突かれるような痛みが広がる。
耳の奥では、いまだにエレメイの叫びが反響していた。
『殺せ……俺を……!』
思い出すたびに、胃の底が鋭く抉られる。
(キリルを失ったとき、一番傷ついていたのはアルテットだ。戦わせたくなかった……でも……)
手にしたアスペラの柄は、汗でじっとりと濡れていた。
だが、脳裏に焼き付いて離れないのは、アルテットの黄金の眼差し。
鋭く、迷いを許さず、射抜くような光――
『大丈夫だ。私を信じろ』
短い言葉だった。
だがそれは重荷ではなく、背を押す力強い一撃だった。
「……そうだ、信じるって決めたんだ」
声に出して、自分を縛り直す。
今は仲間を守ること。
エレメイを救うより先に、目の前の戦況を覆さなければならない。
そうでなければ、アルテットの選択も、エレメイの叫びも、すべてが無駄になる。
瓦礫の向こうで、煙が揺らめいた。仲間たちが戦っている証拠だ。焦燥が足に火をつけ、自然と速度は増す。
やがて視界が開け、焼け落ちた広場に飛び出す。
そこでは数え切れないζ型の残骸に囲まれ、メイズとリュードがボロボロになりながら座り込んでいた。
「ジェン!」
槍を構えたリュードが、最初に気付き声を上げた。
「リュード! メイズ!」
二人の姿に、胸が一瞬だけ軽くなる。
――だが。
「ジェン、こちらに来てはいけません!」
メイズが鋭く叫び、手にしたナイフで制する。
「ジェン、助けてくれよ……もう動けねえ。早く来てくれ……」
リュードの掠れた声が重なる。
必死で縋るような響き、今にも泣き出しそうな弱さを帯びていた。
だがメイズは遮るように叫ぶ。
「リュードの言葉に耳を貸してはなりません!」
「……なに?」
混乱で頭が揺さぶられる。
メイズが無意味なことを言うはずがない。
けれど理解する前に――
「ハァ……メイズ、邪魔するなよ」
低く渋い声が響いた。
瓦礫の死角から現れたのは、燕尾服に身を包んだ男性型ドールズ。
三十代ほどに見える落ち着いた顔立ち、撫でつけられた黒髪に眼鏡。
唇には紫煙を漂わせている。
その装いはノックスと同じ、サイベリオン社製だ。
「……誰だ」
相手が答えるよりも早く、メイズが答える。
声は震えていたが、必死に言葉を絞り出す。
「彼は……サイベリオン社製の私の先輩――名はロキシィ、α型です! リュードは完全に操られている……私は身体だけ。思考までは……まだ!」
「おいおい」
ロキシィは煙を吐き、冷たく笑った。
「情報をペラペラ漏らすとはな。後輩のくせに随分と生意気だ」
理性の膜が張られた声だが、奥底から滲む狂気が耳に冷たく響く。
ジェンは息を呑む。
リュードだけでなく、メイズまでもが操られている。
しかも仲間の中で最強格のメイズまで――
「……クソッ」
喉の奥が焼け付いた。
リュードが手を伸ばしてくる。
「ジェン……早く……助けてくれ……」
苦痛に歪む表情。
だが瞳は焦点を失い、空虚だ――その声が本心なのか、操られた言葉なのか。
判断がつかない。
「どうした?」
ロキシィがゆっくり歩み寄る。
「γ型なんだろう? こいつらなんざ余裕で斬れるだろ」
紫煙の向こうで、眼鏡が光を反射する。
理性の顔をした怪物、その笑みは冷酷に整っていた。
「ジェン……!」
メイズが苦痛に歪んだ顔で叫ぶ。
「近づかないでくださいっ……! 私は……私を止められない……!」
その言葉に胸が裂ける。
ロキシィは歯を覗かせて静かに笑みを浮かべる。
「さあ、早く選べ。お前が何もしなければ、この二人に殺し合いでもさせるぞ」
広場に漂うのは、煙草の焦げた匂いと鉄の軋み。
(――僕は、どうすればいい……)
ジェンの胸を抉る問いが、静かに、確実に迫っていた。




