3-13話:血針の女王②
朝靄に沈む廃墟を、砂利を砕く音が突き抜けた。
互いの間合いを測る足音が、冷たく張り詰めた空気を震わせる。
赤く濁ったエレメイの瞳。その奥にわずかな抵抗の光が残り、完全な支配を拒むように揺れていた。
ジェンは息を詰める。
――ルーチェを狙えば終わる。
しかし咄嗟にエレメイを盾にされれば、彼を自らの手で壊してしまいかねない。
「ふふ……どうするの?仲間を壊す勇気なんて、ないでしょう?」
屋根の上から響くルーチェの声。挑発の色を帯びた笑みに、ジェンは奥歯を噛み締めた。
「……エレメイ……僕が止めてみせる」
アスペラを正面に構え、低く身を沈める。
鎖鎌が唸りを上げ、薄光を切り裂いた。鉄と鉄が擦れ合い、瓦礫の壁に鋭く反響する。紙一重でかわしたジェンの髪先が、光を散らした。
「うふふっ、いいわねぇ……!」
頬杖をついたルーチェが観客のように声を弾ませる。
「仲間同士で壊し合う……あぁ、最高の見世物だわ!」
「……黙れ」
低く吐き捨てたジェンの声が、廃墟を震わせた。
エレメイの動きは正確で、叩き込まれた型をなぞるように滑らか。
だが無理やり引きずられるぎこちなさも混ざり、苦悶に歪む表情がその矛盾を物語っていた。
「……くっ……!」
内側から抗う声が、掠れながら漏れる。
「エレメイ!目を覚ませ!」
鎖が地を這い、鉄の蛇のように迫る。
ジェンは瓦礫を蹴り、宙へと跳躍した。鎖は空を切り裂き、大地を抉る。
「……逃げろ、ジェン……俺なんか放って……!」
震える声に、まだ残る意志が滲む。
だがルーチェは冷たく指を鳴らした。
「無駄よ。β型はα型に逆らえない。生まれた時から、そう決まっているの。自分の運命を呪ってちょうだい」
その言葉で、ジェンの怒りが弾けた。
「戦争は終わった!型なんて関係ない!」
アスペラが閃き、鎖を断ち切る。火花と金属片が散り、赤い光が跳ねた。
「が……ああああっ!」
エレメイは頭を抱え、地に倒れ込む。ジェンが近寄った次の瞬間、何かに弾かれたように体を起こし、無音で彼の身体へと迫った。
刃がジェンの腕を打ち抜き、彼は地に叩きつけられる。
メルキュリアが飛び散った。こめかみに熱い感触が走る。
「……くそ……!」
エレメイの赤く濁った瞳が、必死に言葉を絞り出した。
「……殺せ……俺を……!俺は……最低なんだ……!」
「殺さない!絶対に助ける!」
震える足で立ち上がり、ジェンは叫ぶ。
ルーチェは甘く笑い、頬を押さえた。
「情に縛られて苦しむ姿……たまらないわ」
ジェンの拳が震える。仲間にこんなことをさせるルーチェに憎悪を抱き、怒りで冷静さを失いかけていた。
そのとき。
――パンッ!
乾いた銃声が朝の静寂を裂く。
ルーチェの肩口で火花が散り、笑みが一瞬だけ凍る。
「……誰?」
細めた視線が瓦礫の影を射抜いた。
朝光の中から、アルテットが現れた。
金色の髪が光を弾き、獣のような瞳が真っ直ぐルーチェを捉える。
「……おい」
低く響いた声が、廃墟に落ちる。
「私の大事な部下に、何をさせてる」
ルーチェは舌なめずりし、不敵に笑った。
「あら……やっと会えたわね、アルテットさん」
銃口を逸らさぬまま、アルテットの眼差しは鋭く光る。ジェンの胸にわずかな安堵と緊張が同時に満ちた。
エレメイは二人の力に引き裂かれるように、苦悶の声を上げる。
「ジェン……待機命令を破って悪かった。けど、こいつは……私に任せてほしい」
迷いの一瞬を経て、ジェンは頷いた。
「……アルテットが来てくれてよかった」
彼女の口元がわずかに緩む。
だがその表情には強い決意が宿っていた。
「多分、他の仲間も苦戦してる。お前はそっちに行け。ルーチェは私が止める」
「でも……」
「大丈夫だ。私を信じろ」
彼女のその一言で、ジェンの足は前に向いた。
「……任せる」
そう言い残し、彼は振り返らず駆け出した。
「そうだ……それでいい」
アルテットはジェンの背中を見送り、満足そうに呟いた。
アルテット、割といいキャラしてますよね。
もう少し活躍させてあげたいのが本音です。




