3-12話:血針の女王①
ジェンとエレメイは言葉を交わさず、荒れ果てた大地を駆け抜けていた。
冷たい風が剃刀のように頬を削ぎ、足元では砂利と瓦礫が跳ね飛ぶ。荒い呼吸の音が夜気に混じり、赤い警報灯が廃墟の影を不規則に伸ばしていた。
メイズの通信が途絶えたのは、第八実験棟の外れ――既に廃棄され、資材や装置が無造作に打ち捨てられた区域。
崩れかけた壁や鉄骨が散乱し、風に揺れるたび不気味な軋みをあげる。まるで戦場の亡霊が潜む荒野だった。
人間がζ型を送り込むには、狙いがあまりに不自然すぎる。
(……誘い込まれた。誰かに――)
ジェンは走りながら思考を巡らせる。
「ジェン……さっきの声、メイズ……やられたのか?」
エレメイの声には焦燥が滲んでいた。
「わからない……でもあれは恐怖じゃない。驚き、或いは目撃した者の声だった」
「目撃?」
「そうだ。メイズは何かを見たんだ。僕たちの想定外の何かを」
エレメイは鎖鎌を回し、金属音を鳴らす。緊張が剥き出しの苛立ちと共に伝わってきた。
*
瓦礫の陰を抜けた瞬間、ジェンは息を呑んだ。
赤い光の中で、人影がゆっくりと歩み寄ってくる。
「……ζ型か?」
エレメイが唸る。
「違う。ζなら突進してくる。あれは……別のものだ」
影は一歩、また一歩と進み――唐突に崩れ落ちるように膝を折った。
乾いた音と共に砂利が跳ね散り、ジェンの直感が警鐘を鳴らす。
(負傷者……? いや――)
次の瞬間、体から鋭い針が四方へ弾け飛んだ。
ジェンは身を翻してかわし、頬をかすめる冷気を感じる。
エレメイの前髪が数本、宙を舞った。
「っ……!」
二人は素早く距離を取り直す。
その時、廃墟の奥から女の声が響いた。
「……あら、残念。γ型が居たなんて、計算外ね」
ζ型にはあり得ない理性を帯びた声。愉快そうでいて氷のように冷たい調べ。
赤い光に照らされ姿を現したのは、紺色の軍服を纏う女型のドールズだった。
海風に青い髪をなびかせ、冷ややかな笑みを浮かべる。
エレメイの表情が強張る。
「……お前……」
女はゆるやかに歩み、唇の端を吊り上げた。
「アルテットさんは元気かしら? ねぇ、エレメイくん」
ジェンは服装から即座に悟った。
アルテットやエレメイと同じ製造元――イーサーロボティクス社製。しかし雰囲気は正反対だ。
エレメイの口から名が漏れる。
「……ルーチェ……!お前は壊されたはずじゃなかったのか……」
ルーチェは喉を鳴らし、楽しげに笑った。
「壊れた? ふふ……ただ眠っていただけ。もうすぐ“あの方”が復活なさるからね」
「……“あの方”?」
ジェンの視線が鋭くなる。
「そう。強く、美しく、絶対的な存在――ウルティリウス様よ!」
ルーチェの眼差しがエレメイを絡め取る。その視線は愛情にも似て、同時に刃のような残酷さを帯びていた。
「ウルティリウス……?」
その名に覚えはないが、ジェンの胸の奥がざわめいた。
まるで三神を思わせる響きだ。
「エレメイくんと、アルテットさん……私と一緒に"ガデンツァ"に入会しましょう?私がリーダーに特別に入れてくれるよう、頼み込んであげる。でも――」
ルーチェの視線がジェンに移る。
「そこのγ型は要らないわ。私たちの目的に邪魔な奴は消すだけ」
ジェンはアスペラを握り直し、冷たい光を瞳に宿した。
「なるほど……メイズが見たのはお前か」
ルーチェは髪を弄び、妖艶に微笑んだ。
「違うわ。他にも仲間がお邪魔しているから。どの顔に会ったかは……ご想像にお任せするわ」
エレメイの鎖鎌が軋む。
「……てめぇ、何人で来た!仲間を教えろ!」
「知りたい? なら――」
ルーチェは頬に手を添え、頬を赤く染めて恍惚とした表情を浮かべる。
「その身体をアルテットさんじゃなく、この私に捧げてくれるなら、教えてあげてもいいわ」
ジェンは一歩踏み出した。
「遊んでいる暇はない。これ以上お前から情報を引き出せないのなら、突破して仲間のところへ駆けつける」
だがルーチェは愉悦の笑みを深めた。
「アハハ……言うわね。でも――γ型がどんなに強くても、仲間がこうされちゃ……叶わないでしょ?」
その瞳が妖しく赤く光った瞬間、エレメイの体が震え、ジェンに武器を向ける。
顔は苦痛に歪み、かすれた声が迸った。
「くそっ……やめろ……!」
ルーチェは肩をすくめる。
「アルテットさんに鍛えられた分、操りづらいけど……まあ、十分ね」
ジェンが低く呟いた。
「……α型か」
「ジェン……構わずやれ……!」
エレメイの声は必死だった。β型である彼は、α型のルーチェの命令に抗えない。
「さぁ、仲間同士で壊し合うのを見せてちょうだい!」
ルーチェは軽やかに廃墟の屋根へ跳び、長い脚を組んで座り込む。
余裕に満ちた笑みを浮かべ、戦場を観客のように見下ろした。
ジェンとエレメイは武器を構え、望まぬ戦いへと身を投じた――。
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