3-11話:早朝の侵入
午前三時。
監視室には静寂しかなかった。
廊下も、扉の奥も、ただ規則正しい呼吸のリズムが眠りの向こうから伝わってくるだけだ。
ジェンは椅子に沈み込み、目を閉じて呼吸を整える。
だが、緊張が顔に貼り付いたまま離れなかった。
四時。
先ほどメイズが点検したばかりの照明が、一瞬だけ暗転する。すぐに復旧はしたが、違和感は確かに残る。
誰かが意図的に操作しているのか、それとも単なる老朽化か。床に足音はなく、廊下を満たすのは不自然なほど濃い静寂だけ。
モニターに映るのは無人の廊下。
しかしジェンの胸の奥ではざわめきが止まらなかった。
――この島では、沈黙こそが危険の兆候だった。
*
午前五時直前。
唐突に、警報が鳴り響いた。耳をつんざく電子音が監視室を揺らし、ジェンは反射的に端末へ手を伸ばす。
表示された文字は赤く点滅していた。
『北西D-5区域侵入者アリ』
「……こんな時間に人間の侵略!?」
普段は朝九時以降にしか作動しないはずの区域警報。
しかも、人間が攻め込んだ実績のない北西D-5区域――物資保管棟や旧実験棟が点在する島の外縁部だ。
中央ラボからは遠く、警戒が手薄になる場所。
ジェンの胸は重く締め付けられる。
(……やはり裏切り者が人間側と繋がっているのか……このタイミングは偶然じゃない)
即座に端末へ指令を送る。
「メイズ、オルダ、エレメイ、デューラ、リュード、ウィル、ミコト、フウマ――北西D-5区域に侵入者確認。各自武器を持ち迎撃態勢に入れ! 残りの者は部屋から出ず待機!」
短く鋭い命令。迷う時間などなかった。
ジェンはアスペラを握り直し、椅子を蹴るように立ち上がる。
*
廊下へ踏み出すと、空気は一層冷たかった。照明は点灯しているのに、気配は妙に濃い。
中央ラボから北西区域まではかなりの距離。不確定要素が多すぎる道のりは、それ自体が敵の罠のように思えた。
(……僕の監視を逸らそうとする動きだ。これではっきりした。誰かが仕組んだ“必然”。仲間の中に――裏切り者がいる)
アスペラを握る手に力が籠る。
*
各メンバーの端末から短く応答が届く。準備は整った。
それぞれが武器を携え、D-5区域へ向かう。
通信のやりとりは最小限だが、沈黙の裏に緊張が張り詰めている。
ジェンは心を決め、仲間たちへ最後の指示を送った。
「エレメイは僕と来て。メイズとリュード、オルダとデューラとウィル、ミコトとフウマ――このチームで行動すること。単独行動は厳禁。いいね?全員散開!」
それぞれが持ち場へ散っていく。
「……何で俺なんだ?」
隣で走りながら、エレメイがぼそりと呟く。
ジェンは視線を前に向けたまま答えた。
「アルテットは昨日の様子から戦闘は不可能であると判断した。いつもアルテットと一緒のエレメイは他の誰かとペアは組みにくい。だから必然的に僕しかいないっていう理由もあるけど……正直に言うと、もっと別の狙いがあるんだ」
エレメイは不満げに眉をひそめた。
「それは秘密か?俺のことを、信頼しているのか?」
「信頼とは違う。ただ、今の僕にとって最適な組み合わせなんだ」
そっけない返答に、エレメイは小さく舌打ちする。
だがその横顔はどこか安堵も滲んでいた。
*
北西区域への通路を進むにつれ、空気はさらに冷え込んでいった。
外部からの侵入者がいるとすれば、まずは保管棟や旧実験棟などの死角を利用するはずだ。
赤く点滅する警報灯が、その方向を示す。
やがて視界の端に、影がひとつ揺れた。
距離はまだあるが、確かに“意志を持った存在”の動き。
ζ型ドールズか、それとも――別型か。
ジェンは息を殺し、低く告げた。
「……エレメイ、警戒を強めて。間もなく接敵だ」
エレメイは鎖鎌を構え、頷く。
その顔からは先ほどの不満の色が消えていた。
不意に、通信が割り込む。
「こちらメイズ。D-5第八実験棟にて、影を確認。数は……一体ですが、動きが妙です。動きが緩慢すぎますね」
次いで、オルダの声。
「こっちはD-5中央区画で大量のζ型の群れを発見。どうする、ジェン?」
「了解。それぞれ散り散りにならないよう、協力して戦闘開始してくれ」
ジェンの命令に全員が短く応答する。
しかし――その直後。
「待ってください……これは……!!」
メイズの声が途切れ、通信がノイズに飲まれた。
ジェンとエレメイは顔を見合わせる。息を呑む気配が廊下に広がった。
「行くぞ!」
ジェンはアスペラを抜き放ち、駆け出す。
北西D-5区域は不気味なほど沈黙に覆われていた。
色々と状況整理して読みやすいよう、用語集と登場人物まとめを書き始めました。
後日投稿します。




