3-9話:沈黙の裂け目
砂浜に残ったのは、波の音と張り詰めた沈黙だけだった。
互いを探る視線の先に、昨日までの仲間意識は消え――不信と恐怖だけが形を取り、漂っている。
最初に沈黙を破ったのはメイズだった。
「……不自然な証言はありません。矛盾も特に見当たらない」
「当たり前だろ」
リュードが吐き捨てる。
「俺たちの誰もやっちゃいねぇんだ。外から侵入者が来た、そうに決まってる」
ジェンは首を横に振った。
「僕もそう願いたい。でも、希望的観測はできない」
彼は全員を見渡し、静かに告げる。
「――この中に犯人がいる。僕はそう判断した」
波の音が、急に遠くに感じられた。
レミナは小さく身を縮め、震える声で口を開く。
「……でも、私とウィルは一緒にいた。オルダとデューラも、アルテットとメイズも証言が一致してる。そうなると……」
その視線に導かれるように、皆の目がリュード、エレメイ、テルルへと集まった。
「アリバイがねぇだけで犯人扱いか?」
リュードが声を荒げる。
「ふざけんな!俺が一人で動くのはいつものことだ!それに怪しい奴は他にもいるだろ?」
吐き捨てるように言い、テルルを睨む。
「わ、私は違う……!」
テルルは震える指でジェンの袖を掴み、必死に訴えた。
「仲間を壊すなんて、そんなこと……!」
「言い争っても無駄です」
メイズの冷たい声が場を断ち切る。
「視点を変えましょう。――なぜ犯人はキリルを狙ったのか」
その瞳が全員を射抜いた。
「キリルはη型。戦闘力がなく、癒しを担うだけ。狙うのは容易でした。……では、なぜあえて彼を?」
一歩進み、メイズはエレメイの前に立つ。
「あなたはアルテットを巡って、何度もキリルと衝突していました。邪魔者を排除した――そうも考えられる」
「なっ……!」
エレメイの顔が瞬時に紅潮する。
「まるで俺がやったみてぇな言い方じゃねえか!」
「……仮説の一つです」
メイズは淡々と返す。
「無差別か意図的か――そこを見極めたいのです」
空気がさらに重く沈んだ。
エレメイは拳を握り、息を荒くする。
「……俺はやってない。キリルと軽い冗談混じりの喧嘩はあったが、殺す理由にはならない」
アルテットは顔を上げ、真っ直ぐに彼を見つめた。
エレメイは耐えきれず背を向ける。
ジェンは目を閉じ、短く息を吐いた。
「確かに、彼を狙う理由は見えない」
「じゃあ誰がやった!」
リュードがまた声を荒らげる。
「アリバイがねぇのは俺とテルルとエレメイだけだろ!俺じゃねぇんだから、こいつらだろ!」
「ち、違う!」
テルルは悲鳴のような声を上げ、瞳にメルキュリアを滲ませる。
「リュード、やめるんだ」
ジェンが制する。
リュードは鼻を鳴らし、吐き捨てた。
「チッ……お前の女だから特別扱いかよ。半端なγ型のくせに、リーダー面しやがって。覚悟もねぇ癖に」
その言葉にジェンは拳を強く握った。
自分の未熟さを誰より分かっているからこそ、反論できない。
「言い過ぎだ」
低い声が空気を断つ。
オルダだった。
「ジェンはよくやってる。ここで責めても無意味だ。冷静になれ」
ジェンは小さく頷き、話題を切り替える。
「後でレミナに検死してもらう。ただ……殺された後、わざわざ頭と胴を切り離した理由を考えるべきだ。僕には、敢えて“見せつけた”ように思える」
「つまり……」
デューラが腕を組み、険しい顔をする。
「見せしめって、コトか?」
冷たい沈黙が広がる。
ただ壊すのではない。仲間に突きつけるように並べられた亡骸――残酷な意図。
「犯人は伝えたかったのでしょう」
メイズが低く呟く。
「“事故ではない”“殺意がある”……そして“互いを疑え”と」
「……どうして……」
アルテットの頬をメルキュリアが伝い、震える声が宙に消える。
「……一つ思ったんだけど」
ウィルが口を開いた。
その声はいつもと違い、張り詰めていた。
「もし誰かがキリルを壊したとして……それで目的は達成されるのか?」
ジェンは眉を寄せる。
「確かに。キリルだけで終わるとは思えない。僕たちが疑心暗鬼になってバラバラになった時……次があるかもしれない」
言葉に揺さぶられ、全員の視線が落ち着かず揺れ動く。
疑念はすでに胸に突き立ち、誰も抜け出せない。
「……やめろ」
オルダが低く唸る。
「そんなことを言えば、余計に疑心暗鬼になる」
だが、もう遅かった。
*
やがて一行は中央ラボ十五階へ移動した。
そこには十五の個室があり、すべて電子ロックで管理されている。各自が十二桁のコードを設定し、自室に入った。
一人一部屋を使用し、二部屋は空き、残り一部屋は見張り室として使うことになった。
時計は午後六時を指している。
窓のない階層に夜の気配はないが、時間の進行だけが冷たく告げられていた。
「……今夜は僕が見張りをする」
ジェンが決断を下す。
「二十時以降、全員自室から出ないこと。孤立させない」
その声に迷いはなかった。
だが心の奥では恐れていた。
――もし犯人がこの中にいるのなら、この夜こそ最も危険ではないか、と。
「了解」
メイズが静かに応じる。
「ジェンが見張りなら安心です。ただし警戒を。犯人が“見せしめ”を選んだのなら……次はもっと残酷な手を使うでしょう」
その言葉は冷たい刃のように胸を刺した。
波音すら届かない閉ざされたラボで、全員のエナジーコアは不安の鼓動を刻み続けていた。
…。




