1-1話:彼らの朝
遠くの空で、鈍い爆発音が鳴った。地響きのように低く、空気をわずかに震わせる。
だが、この島の住人たちはもう驚かない。むしろ、それすら“日常”に溶け込んでいた。
山の斜面に沿って建てられた、老朽化したコンクリートの建物群。
戦後、使われなくなった軍の研究施設を改装して造られた、彼らの隠れ家。
かつて“殺戮人形”と呼ばれた存在――ドールズたちがひっそりと暮らす、小さな楽園。
ジェンはスリープモードからゆっくりと意識を浮上させた。
ただのシステム再起動――のはずの行為が、まるで“目覚め”のように感じられることに、自分で気づく。
灰色の瞳に微かな光が灯る。
静まり返った部屋。唯一耳に届くのは、冷却ファンの低い唸り声だけ。
「……またか」
誰に向けるでもなく、独りごちる。
外からの爆音は、明らかに人為的なものだ。
ジェンはγ型――
戦時中、暴走したドールズを排除するためだけに造られた、特殊なドールズ。
圧倒的な機動性と破壊力。そのアルゴリズムの核には、“同胞排除”が組み込まれている。
否応なく、自らの手で仲間を壊してきた。
感情を持たぬはずの彼の中に、“壊れる”音だけが、静かに残っていった。
そして今、γ型で動いているのは、世界に彼ひとりだけ――。
ジェンはベッドから出た。
カーテンからは優しい光が漏れており、薄っすらと雲がかかった青空が覗いている。彼は驚いて窓の向こうの景色に釘付けになった。ここ数カ月ずっと濃い霧に包まれた朝しか訪れていなかったからだ。
上着を羽織り、ドアを開ける。冷たい朝の空気が、肌を撫でた。
それは不快ではなく、むしろ心地よい。感覚を持てることすら、“嬉しい”と感じるようになっていた。
施設の中央、中庭に続く石畳の広場。
その端に、一人の少女が立っていた。
銀糸のような髪が風に舞い、朝日を受けて淡く輝く。
制服のような白い上着に身を包んだその姿は、まるで硝子細工のように繊細だった。
「また人間が来たみたい。でも……もう、大丈夫。壊したみたい」
その少女の名は、テルル。
小柄で幼さの残る容姿ながら、れっきとしたドールズだ。型式はε。
人間の護衛を主目的に造られたモデルであり、その多くは戦争の最中に“主”を失っている。
ジェンはわずかに眉を動かす。“誰が壊したのか”を尋ねる必要はない。
この島にいる仲間たちの能力も、傾向も、互いに暗黙のうちに把握していた。
「寝られなかったの?」
「うん。…風が、叫び声みたいだった」
テルルの声はか細く、風に紛れそうなほどだが、確かに聞こえる。
ドールズに睡眠は不要。しかし彼女はときどき“眠れない”と言う。
「目を閉じても、暗くならない」――
記憶と夢の境界が曖昧になり、忘れられない“声”が、内側で騒ぎ出すらしい。
昨夜の強風は、亡き主の声を呼び起こした。
「……朝ごはんにしようか」
ジェンのその言葉に、テルルの表情が少しだけやわらいだ。
「……うん。トマトサンドがいい」
「またそれ? 毎日じゃ、飽きない?」
「いいの。ジェンの、すき」
その言葉は、戦場では聞かれなかったものだ。
誰かの“好み”を気にする余裕など、あの頃にはなかった。
だが今、彼らにはそれがある。
家の中へ戻りながら、ジェンは思う。
そもそも食事など必要ない。
だが、“ミラサイト”と呼ばれる特殊鉱石を組み込まれた彼らは、戦後、少しずつ変わっていった。
香りを感じ、味を楽しみ、会話を求め、孤独を知るようになった。
手を取り合い、寄り添い、“生きたい”と願うようになった。
それが祝福か呪いかは、まだ誰にもわからない。
けれど――少なくとも今、彼らは確かに“生きている”。
キッチンに入り、冷蔵庫を開ける。
完熟のトマト、瑞々しいレタスに塩を軽く振っただけの質素なものだ。パンは軽くトーストする。
テルルは、少し焦げ目があるくらいが好きだ。
包丁の音が、静かに空間に響く。
外では、また遠くで爆発音が鳴った。
けれどここは、もう戦場ではない。
この朝が、少しでも長く続くことを彼は誰よりも願っていた。
壊れしまいそうな儚い日常。
そんな雰囲気を感じ取って貰えたら幸いです。
☆追記
登場人物が多くて分かりにくいという意見があったため、次話より登場人物紹介を前書きに記載しました。是非、活用してください。




