3-6話:不穏な予感
「……では、三件目です――私についてきてください」
メイズは椅子から音もなく立ち上がった。
その動きにためらいも隙もなく、呼吸の延長のように自然だった。背筋はまっすぐ伸び、視線は一切揺るがない。
ジェンとアルテットは短く目を合わせた。
互いの瞳に浮かぶのは説明しようのない緊張と不安な予感。言葉はもう必要なかった。
二人は足音を殺し、静かにメイズの背を追う。
扉を押し開けた瞬間、夜の冷気が頬を切るように流れ込む。
白く濃い霧が庭を覆い、遠くの景色を丸ごと飲み込んでいた。
雲間から漏れる月光は輪郭を失い、銀色の霞となって漂う。三人の影は細く長く、霧の中で時折ちぎれては繋がった。
やがて庭の奥、芝の手入れが行き届かない一角に、それはあった。
ぽっかりと口を開けた黒土の穴。掘り返された土が山のように盛り上がり、湿り気を帯びて鈍く光っている。
重い土の匂いが、生々しく鼻を刺した。
「……ここが、ノックスが眠っていた墓です」
メイズの声は低く抑えられていたが、その奥に沈む感情は隠しきれなかった。
「ノックスは、私がこの島に連れてきました。すでにエナジーコアは損傷し、完全に停止していた。彼を倒したのは――イズモ製作所のθ型個体、ミコトの姉妹です。闇討ちでした」
言葉に詰まり、一瞬だけ目を閉じる。眉間に深い皺が刻まれ、記憶の中の光景が甦る。
闇の中に迫る影、閃光、砕けるコアの鈍い音。温もりを失っていく仲間の身体。
「それも……私を守るために」
短い言葉の重みが、二人の胸に深く沈んだ。ジェンは唇を固く結び、アルテットは思わず息を呑んだ。
「もちろん、恨みはありません」
メイズは視線を落とし、足元の黒土を見つめる。
「戦争の最中、私もノックスも数え切れぬ人間を殺戮し、数多のドールズを破壊し尽くしました。それでも――我々はサイベリオン社の最高傑作と呼ばれ、無敵の兄弟のように並び立っていた。人間で言う“絆”のようなものが、確かに存在していたのです」
静かな沈黙が落ちる。夜の湿った空気だけが流れた。
「……そして先日、ノックスがこの島で姿を現しました」
その言葉は若干震え、憂いを帯びて夜風に消えていった。
「最初は、人間の侵略によって目覚めたと思いました。機能停止中の個体を無理に再起動させる装置――ネビロス。戦時中、理性を失って敵味方問わず襲う暴走状態に陥るため、主に敵地周辺で使われていたと聞いています」
一瞬、言葉を切り、間を置く。
「しかし調査の結果、墓とζ型の侵入経路との距離はネビロスの有効範囲――半径約15メートルを大きく超えていました。つまり、外部から偶発的に覚醒させるのは極めて困難です」
メイズはゆっくりと膝をつき、穴の縁を指先でなぞった。爪の間に黒土が入り込む。
「さらに、この掘り返し方……葬送時の埋め方とは異なります。土の盛り方が不自然で、墓の周囲にζ型の足跡が一切ありません。ζ型はメルキュリアや稼働中のコアに強く引き寄せられますが、ノックスのメルキュリアは劣化し、コアも破損していました。外部から偶然嗅ぎつけることは、ほぼ不可能です。何より、ネビロスの操作は高度で、理性がほぼないζ型には扱いきれません」
アルテットの瞳が大きく揺れた。
「つまり……誰かが、意図的に?」
ジェンは言葉を飲み込み、深く息を吸った。
「――はい。外部犯よりも、内部犯の可能性が極めて高いです」
冷水を浴びせられたような言葉が背筋を走った。霧が一層濃くなったように感じられた。
「これこそ、今日お二人を呼んだ理由です」
立ち上がり、二人を順に見据える。
「ジェン――あなたは島のリーダーとして、この事実を知るべきだ。アルテット――あなたはその右腕であり、私が信頼を置く者です」
沈黙の後、メイズは淡々と告げた。
「この島に裏切り者がいる可能性があります。偶然にしては、あまりに出来すぎています」
ジェンは心の中で叫びたかった。
そんなはずはない、と。だが証拠は何もなかった。
アルテットはわずかに視線を伏せ、何かを飲み込むように息を吐いた。
「このことは、誰にも漏らしてはいけません」
メイズの声は低く鋭かった。
「もし私の勘違いであれば、それに越したことはありません。ですが、私の勘は滅多に外れることがない。……覚悟してください」
「……わかった」
アルテットが答え、ジェンも少し遅れて無言で頷いた。
「――さて、夜も更けました。解散としましょう」
メイズは背を向け、霧の中へと溶けるように歩き去った。
ジェンとアルテットも、それぞれ胸に重い思惑を抱えながら歩き出す。
霧深い夜は三人の足音をすぐに飲み込み、庭には湿った沈黙だけが残った。
………。




