3-5話:眠りにつく三神
図書館に入ると、メイズと――アルテットが待っていた。
その意外な組み合わせに、ジェンは思わず目を見開く。
「よう。一分遅れだぞ」
アルテットは読んでいた本を閉じ、軽く顔を上げて言った。
自分以外にも呼ばれていたことに、ジェンは少しだけ胸を撫で下ろす。
「……ごめん」
軽く謝り、ジェンはメイズが用意した椅子に腰を下ろした。
メイズは静かに座り直し、深く一礼する。
「お越しいただき、ありがとうございます」
「そんなのいいから、早く本題に入ってくれ」
アルテットはあくびを噛み殺しながら言った。
けれど、テーブルの下で組まれた指先がわずかに震えているのを、メイズもジェンも見逃さなかった。
――その軽口は、緊張を隠すためのものだと。
「では……お伝えしたいことが三件あります。まずはこちらです」
メイズは立ち上がり、机の上に擦り切れた古い絵本をそっと置いた。
「それは何だ?」
怪訝そうに眉をひそめるアルテットに、メイズは静かに答えた。
「三神の絵本です。あなたたちが遠征から持ち帰った資料の中に紛れていました」
「三神って……ヴァルキネス様、ジェナリウス様、リディナシエ様のことか?人々の信仰の象徴だった神々だろ。で、それがどうしたんだ?」
「ええ、その通りです。ですが――」
メイズの声が少し低くなる。
「彼らは“ただの神”ではありません。機械神――つまり、《機械としての神》なのです」
「機械神……」
ジェンが小さく呟いた。
「そう。この三神こそ、我らの起源。人間が“神”として造り出した三体のドールズだったのです」
メイズは絵本を開き、静かに読み上げ始めた。
「あるところに、三たいのかみさまがいました。にんげんがこのよのせんそうにうんざりし、せかいをへいわにするためにつくった、きかいのかみさまです」
その声は、まるで子供に読み聞かせるように穏やかだった。
「ちょうなんはヴァルキネス。げんじつをつかさどるやくめ。まんなかのこはリディナシエ。じゆうをあいするめがみ。すえっこはジェナリウス。りそうをおいもとめるおとうと。かれらはとてもなかのいいきょうだいでした」
ページがゆっくりとめくられるたび、埃が光に舞った。
「かれらはおたがいをりかいしあい、たいせつなかぞくでした。しかし――にんげんにたいするかんがえかたがちがいました」
その瞬間、ジェンの胸の奥で何かが激しく脈打った。
全身のメルキュリアが熱を帯び、封じられた記憶が目を覚まそうとしているようだった。
「……ッ!」
胸を押さえ、息を詰めるジェン。
異変に気づいたメイズが慌てて本を閉じる。
「ジェン、どうされましたか?」
冷静を装いながらも、不安の色がその声に滲む。
アルテットも身を乗り出した。
「おい、大丈夫か?」
「い、いや……平気だ。ただ、少し……」
ジェンは言葉を濁しながらも、身体の震えを抑え込もうとする。
(何だ……この感覚……記憶……?)
「無理は禁物です。ここからは要約に留めますね」
メイズは一呼吸置いて、再び語り始めた。
「戦争を繰り返す人間に、ヴァルキネス様は深い失望を抱きました。そして、人類を“管理下”に置こうとした。一方、リディナシエ様は自由を愛するがゆえに、女神としての役目を捨て、姿を消した。そして末弟ジェナリウス様は、人間の可能性を最後まで信じ、戦わぬ平和を模索した。三者の思想は次第に衝突し、やがて――争いに発展します」
メイズは破れたページを指でなぞった。
「ですが、この先の部分は失われており、読むことができませんでした。誰かが意図的にこの事実を闇に葬ったと、そう考えられます」
「で?それが今にどう関係する?」
アルテットは腕を組み、低く問う。
「三神は“まだ眠っている”可能性が高いのです。この島のどこかに――」
メイズの推測にアルテットが「根拠は?」と真剣な眼差しで問いかける。
「いくつかあります。まず我々のような固有個体は、この島にしか存在しないと私は推測しています。人間が使うζ型は、すべて残骸の再利用。エナジーコアを扱える技術者――アルタイルメカニカ社の者たちは、全員戦争犯罪人として処刑されています。つまり新たなドールズを造ることは不可能ですし、今の人類に三神の管理は到底できません」
アルタイルメカニカ社――全ドールズの命の源を生み出した企業。
それはドールズの脳であり、心臓でもある。
ミラサイトを多く含むそれを、唯一扱えたのが彼らだった。
メイズは淡々と言葉を続ける。
「さらに、三神ほどの存在が戦争で破壊されたとは考えにくい。いずれかが眠り、あるいは……私たちの誰かが、その記憶を継いでいるのかもしれません」
アルテットは小さく鼻を鳴らす。
「信じがたい話だが……確かに妙だな。もし三神が再び目覚めたらどうなるんだ?」
「この島は――世界は一変します」
メイズの声には確信があった。
「人間が再び侵略を始めれば、彼らは必ず動くはずです」
「……一件目にしては、重すぎるな」
アルテットがぼやき、ジェンは深く息をついた。
熱がようやく引いていく。
「では、二件目です」
メイズは懐から何かを取り出した。
「今日、岩場で拾いました。光を放っていたのです」
差し出されたそれは――青白く輝く“鳥の翼”を模した部品だった。
「きれいだ……」
ジェンが手に取った瞬間、世界が揺れる。
『ジェン……あの子のこと、頼んだよ。しばらくの間、さようなら』
――女性の声が、頭の奥に直接響いた。
力強く、そして限りなく優しい声。
初めて聞いたはずなのに、どうしようもなく懐かしかった。
「……誰の声だ?」
ジェンは翼を見つめ、息を呑んだ。
「それに触れた瞬間、声が聞こえたように感じました。ジェン、あなたにも?」
「うん。確かに聞こえた……でも、もう思い出せない」
「私にも貸してくれ」
アルテットが触れる――そしてすぐに手を離した。
「……一瞬、何か聞こえたが、もう分からない」
「やはり」
メイズは小さく頷いた。
「おそらくこれは、リディナシエ様の翼です。絵本の中で、彼女だけが翼を得て自由へと飛び立ちました。象徴的な存在です。ジェン、あなたが持っていてください」
「え、僕が……?」
メイズはそれを紐で括り、ジェンの首にかけた。
淡い光が、彼の胸元を照らす。
「その翼は、あなたのもとにあるべきです」
ジェンは静かに頷いた。
理由は分からない。ただ、胸の奥が確かに――温かかった。
この話で世界観が少しでも伝わったら嬉しいです。




