3−3話:トマトがなくても魚が釣れた日
六人の容体は、三日も経たずにほとんど回復した。
レミナが高純度のメルキュリアを何度も注入し、ジェンが集めたパーツで破損箇所を丁寧に修復した成果だ。
人間であれば命を落としていたか、再起不能な重傷を負っていたところだが、ドールズにとっては事情が違う。
半壊程度であれば修復は可能であり、それが三日という速さで済んだのは、Δ型という希少な構造を持つレミナの存在あってこそだった。
その日。 ジェンとテルルは、ようやく自宅へ戻ることができた。
「おうち帰るの、ひさしぶりだね!」
玄関の扉を開けた瞬間、テルルは弾んだ声をあげて走り込み、自分のベッドにダイブする。 くるくるとベッドの上で転がる姿に、ジェンは思わず笑みを浮かべた。
「……なんか食べたいな。トマトサンドがいい!」
楽しそうに提案するテルルの笑顔に、ジェンの胸がわずかに痛む。 視線をそらしながら、言いにくそうに答える。
「ごめん……僕が暴れたときに、ウィルの菜園をめちゃくちゃにしてしまってさ。トマトは、今はもう育て直すしかないんだ」
「そっかあ。じゃあ、今日はおさかなサンドにしよ!」
すぐに代案を出すテルルの無邪気な強さに、ジェンは救われた気持ちになる。
「うん、それいいね。じゃあ、釣りに行こうか」
「やったっ!」
テルルは飛び跳ねながら支度を始め、ジェンもその後に続いた。 釣竿は木の枝に紐を結びつけただけの簡素なものだったが、立派に釣り道具として機能する。
二人は家を出て、島の北側へ向かった。 そこには高く険しい岩場の先に、隠れた入り江がある。 波が穏やかで魚の集まりも良く、ドールズたちの間では“釣り名所”として知られていた。
時折、ウィルやメイズも気分転換に訪れているらしい。
「……あ、メイズだ!」
テルルが岩の陰を指差す。 そこには、スーツをきっちりと着たまま、静かに釣り糸を垂れているメイズの姿があった。
「お二人とも、いらしてたのですね」
スーツ姿で釣りをする光景はどこか奇妙だが、不思議と様になっていた。
「トマトがなくなっちゃってね。テルルが魚サンドがいいって言ったから、釣りに来たんだ」
「うんっ、今日はおさかな釣る日!」
テルルが元気に言うと、メイズは静かに目を細め、小さく微笑んだ。
「それは良いことです。……餌、どうぞ」
足元の桶から小魚を取り出し、ジェンたちに手渡してくれる。
「小ぶりですが、針につければ十分釣れます。いくつかはおすそ分けで。他はアルテットたちに届ける予定です」
「すごい、メイズ、いっぱい釣ってるね!」
テルルが目を輝かせると、メイズは満足そうにうなずき、桶を軽く担ぎ上げた。
そのまま彼はふとジェンの方へと歩み寄り、小声で告げる。
「……ジェン。一人で、24時頃に図書館へ来てください」
その声には、わずかな緊張がにじんでいた。 何かが起きている――ジェンはそんな予感を覚える。
「……わかった」
ジェンの返事に、メイズは短くうなずき、静かに岩場を後にした。
「ねえねえ、何話してたの?」
テルルが覗き込むように尋ねてくる。 どこかむくれたように、頬をふくらませていた。
「えっと……僕の読んでた本の続編が修繕完了したから、図書館に寄るといいよ、って教えてくれたんだ」
「ふーん。ジェンの読む本って、むずかしいのばっかだよね」
興味を失ったように、テルルは釣りに集中し直す。
ジェンはその後、魚に逃げられてばかりだったが―― テルルは驚異的な集中力を発揮し、立派な大物を何匹も釣り上げていた。
空が茜色に染まり、夕陽がゆっくりと水平線に沈みかけたころ。
帰り道、テルルは釣った魚を入れた袋を抱えて跳ね回っていた。
「ねえねえ、すごくない? 私、がんばったよね!」
「うん、テルルは本当にすごいよ」
ジェンの言葉に、テルルは照れたように笑い、視線を落とす。
「……最近ね、夢を見るの」
「夢?」
「うん。私とジェンと……それから、私に似た小さな女の子と、ジェンに似た男の子とで、手をつないで歩いてる夢。……あれって、“家族”なのかな?」
ジェンはその言葉に、少し息を呑んだ。 テルルの頬はほんのり赤く染まり、彼の心臓も同じように跳ねた。
「えっと……それは……」
「私ね、ずっとジェンと一緒にいる。どこにも行かないよ」
まっすぐに見つめられ、夕陽がその瞳をきらりと反射する。 静かな風が、二人の間をすり抜けた。
「心配かけて、ごめんなさい。……私、ジェンを守りたいし、守られたい。支え合っていきたい。だから、抱え込まないでね」
その優しさに、ジェンは目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
そっと彼女の手を取り、二人は並んで歩き出す。
そのとき、ふと"家族"という言葉が、ジェンの頭に引っかかった。
(僕にも昔……家族がいたような気がする……)
だが、霧がかったように思い出せない。 ドールズは記憶を失うようにできていないはずなのに。
「ジェン…どうしたの?」
テルルが不思議そうに顔を覗き込む。
「少し、考えごと」
ジェンはやさしく笑い、余計なことは考えまいとした。
(過去より……未来を考えていこう。テルルも、仲間たちも、今ここにいるんだから)
夕暮れの空の下、ふたりの影は長く伸び、やがて重なっていった。
ここから少しずつ物語が加速していきそうですね。




