3-1話:看護中の苦労
医務室には、低く一定のリズムで鳴る機械音と、薬品とメルキュリアが混ざり合った特有の匂いが漂っていた。
白いカーテンで仕切られたベッドが五つ、壁際に等間隔で並び、それぞれの上には負傷した仲間たちが静かに横たわっている。
安定した寝息に混じって、時折かすかなうめき声や寝返りの音が聞こえ、そのたびに機械の表示が小さく揺れた。
本来ならこの部屋に六つ目のベッドがあり、そこにはテルルがいた。 しかし女性である彼女のプライバシーを守るため、今は別室に移されている。
この空間には、今は治療と安静を必要とする五人だけが残っていた。
レミナは、白衣の袖を肘までまくり、長い髪をひとつに結っている。 その姿は、まるで戦場から帰還した軍医のように精悍だ。
彼女は手早く患者の間を移動し、額に手を当てて体温を確かめ、手首を取り脈拍を測り、胸元に目をやって呼吸の状態を確認する。 その動きに一切の無駄はなく、経験と自信が染み込んでいた。
だが、時折そっと触れる手には、機械的ではない柔らかな気遣いが感じられる。
片手にはメモ用紙が握られていた。 そこには、すでに複数の走り書きが並んでいる。さらさらとペン先が走るたび、パーツの形状や必要な部位、交換の優先度を示す簡潔な図と文字が追加されていく。
専門知識のない者でも一目で理解できるように、情報は極限まで無駄が削がれていた。
「……よし、こんなところかな」
最後の一文字を書き終えると、レミナは軽く息を吐き、顔を上げた。
入口付近で待っていたジェンが一歩近づく。 彼女はためらうことなく、その手に描き終えたばかりのメモを差し出した。
「遠征組が持ち帰ったパーツからもらってきてもいいし、昨日ジェンが倒したζ型からでも大丈夫。できれば変色してない、状態のいいやつをお願いね」
ジェンは紙を受け取り、素早く目を通す。 そこには部品のシルエットと用途を示す簡潔な注記が並んでいた。
ぱっと見は簡素だが、その裏に高度な機械知識が隠れていることは、ジェンにもわかる。
「任せて」
その短い返事には迷いがなかった。
ジェンは紙をきちんと四つ折りにしてポケットへしまう。その丁寧な仕草からは、渡された指示への信頼と、それを必ず果たすという意思が感じられた。
現在、負傷者は六人。動ける者は七人だけ。
レミナは看護役に回り、その補助をミコトが務めている。 パーツの調達はジェンの担当で、残るアルテット、エレメイ、キリル、ウィルは島の警戒任務についていた。
「行ってきます」
ジェンは軽く手を上げ、足早に医務室を後にした。 扉が閉まる音が小さく響き、その余韻が消えると、室内は再び機械の作動音と薬品の匂いだけの静かな空間に戻る。
レミナはその背中を一瞬だけ見送ると、ミコトへ視線を向けた。
「さて……私たちも、今日のメルキュリア注入を始めようか。ミコト、手伝ってくれる?」
「はい、もちろんです」
素直な返事に、レミナはすぐに器具の準備に取りかかった。
滅菌パックに包まれた注射器、銀色に輝くメルキュリアのカートリッジ、消毒用綿。 一つひとつを手際よく並べ、状態を確認してから、患者のもとへ歩み寄る。
白衣姿のレミナは、注射器を構える姿まで板についている。 熟練の医師を思わせるほどの滑らかで正確な動作。
針先が肌に触れる瞬間、部屋の空気がわずかに張り詰める。 銀色の液体――メルキュリアが、静かに押し込まれ、透明なチューブを通って体内へと広がっていく。
この作業をできるのは、レミナとアルテットの二人だけだ。 だが今日はアルテットが警戒任務のため不在。六人分すべてを、一人で終わらせなければならない。
一人の処置が終わるたび、レミナはメモに小さくチェックを入れる。 ミコトはその横で消毒や器具の準備をしながら、その正確さと速さに感心していた。
(やっぱりΔ型なだけある……すごい)
そう心の中でつぶやきながらも、手は止めない。ミコトにとってもこの光景は新鮮で、学ぶことが多かった。
やがて最後の一人――テルルの処置が終わる。 針を外し、器具を片付けると、レミナはその場に立ったまま深く息を吐き――
「つかれたぁぁぁ!」と、声を上げ、そのまま机に突っ伏した。
「このあと今日の分のメルキュリア精製もしなきゃだし、ほんと疲れるんだけど!」
「まあまあ……」
ミコトが苦笑して宥めると、レミナはガバッと顔を上げ、真っ直ぐに彼女を見た。
「ドールズなのに疲れるのはおかしいって思うでしょ? 思ったよね?」
「え、いえ……」
「でもね、これめっちゃ集中力がいるんだよ。人間の十倍は針を刺すのが難しいし、メルキュリア精製なんてもっと面倒だし……」
こめかみを両手で押さえ、ぐりぐりと揉みながら、眉間にしわを寄せる。
「ていうか、島に来てからこんな忙しいの、初めてだよ!」
「そ、そうですか……」
ミコトは少し目を伏せた。 今回の侵略と、自分たちが島に来た時期が重なったことで、無関係とわかっていても責任を感じてしまう。
その沈黙を破ったのは、レミナの突拍子もない声だった。
「女子会したいっ!」
「……えっ?」
聞き間違いかと、ミコトは瞬きをする。
しかしレミナは、身を乗り出してもう一度はっきりと言った。
「女子会したい!!」
「え、えっと……」
「今日やろ! 今すぐやろ! せっかくミコトが来たんだし、女子これで四人揃ったじゃん! やろうよ!」 その勢いに、ミコトは思わず言葉を詰まらせる。
「……」
「ねえ、お願い……」
上目遣いでうるんだ瞳を向け、両手を胸の前で合わせる。 その圧に、ミコトはとうとう観念して頷いた。
「わ、分かりました……」
「やったぁーー!! じゃあアルテット呼ぶね! 緊急で呼び出す感じで!」
嬉しさを隠さない声で、レミナは発信器を手に取り、呼び出しボタンに指をかけた。
その様子を見ながら、ミコトはふっと微笑んだ。 さっきまでの重苦しい空気が、すっかり吹き飛んでいるのを感じながら――。
このストーリーから3章突入です。
毎日投稿って大変だなと思います。
皆さんは予約投稿とかされているのかなと思いますが、日課にしたいため敢えて手動での投稿にしてます。




