2-12話:鋼の咆哮・前編
空気が重かった。
まるで重力そのものが増したかのように、肌を刺す圧力が三人を包み込む。
森の奥に、漆黒の人影が立っていた。
──ノックス。
ただそこに“存在する”だけで、暴力的な威圧感があたり一帯を支配している。
燕尾服を思わせる戦闘服。陶磁器のように白い肌。整えられた短髪。
処刑人のような静謐さを湛えるその男に、情は一片も感じられなかった。
「……こいつが、幻のβ型かよ……!」
リュードが喉を鳴らした。
いつもの軽口は消え、手に握る槍が汗で滑るように重い。
彼とデューラにとって、ノックスはこれまで“記録上でしか知らない存在”だった。
その存在が、今、目の前で生きて動いている。
──ノックスが、動いた。
その巨体に似合わぬ速さで地面を蹴る。風も音も伴わない異様な疾走。
「──ッ!」
メイズが前に出て防御姿勢を取る。
しかし──
ズガァッ!
次の瞬間、彼の身体は地面を転がっていた。
「メイズ!」
叫ぶリュード。メイズは何とか立ち上がるが、腕は小刻みに震えている。
「受けただけで……この威力っ!」
リュードが槍を突き出し牽制するが、ノックスは歩を止めず、無表情のまま迫ってくる。
「くそ、距離が詰められねぇ……!」
その圧迫感は、思考さえも鈍らせた。
「うおおおおおお!!」
デューラが叫び、戦鎚を構えて突進する。だが──
ゴンッ。
重い一撃は、ノックスの掌にあっさりと止められた。
「う、うそだろ……!」
次の瞬間、デューラの体は吹き飛び、背中から地面に叩きつけられる。
「マジかよ、こいつ……デューラのクラッシャーを片手で止めやがった!」
リュードが反射的に突きを繰り出す。だがそれも、ノックスは片手で受け止め、手首を軽くひねった。
「ちょ──」
リュードの体が宙を舞い、背中から大木に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
駆け寄ろうとするメイズ。しかしノックスは止まらない。無言のまま、次の獲物を求めるかのように、デューラの方へ歩みを進めていた。
「……相変わらず、容赦ないですね、ノックス殿」
メイズは息を整え、構えを取り直す。その目は細く鋭く光っていた。
「ならば選択肢は一つ……連携プレーでいきます」
「そうだな、やるしかねぇな」
リュードも槍を構えて立ち上がる。
口元からメルキュリアが垂れていたが、その瞳にはまだ闘志が残っていた。
デューラもよろめきながら立ち上がる。足元は覚束ないが、その目は決して折れていない。
「絶対、守る……! オレの、仲間たち……!」
ノックスの赤い瞳が、三人を順に見据える。
ほんの一瞬だけ、何かを“評価”するかのような視線を見せ──
──再び動いた。
今度はさらに鋭い突進。
メイズが迎撃に出る。斬撃が走り、二撃を受け止めたが、三撃目で防御が崩れ、肩口に重い一撃を食らう。
銀色のメルキュリアが激しく飛び散った。
「ぐっ……!」
即座にリュードが踏み込み、連撃を繰り出す。
だがノックスは全てを捌き、逆に放たれた蹴り一撃で吹き飛ばされた。
背中から大木に叩きつけられ、地面に転がる。
それでも、誰一人として諦めなかった。
デューラは血混じりの息を吐きながら立ち上がる。
その拳はまだ震えていない。
そして、この時、三人ははっきりと理解した。
──この“β型”は、常識で測れる存在ではない。
「……ジェン……来てくれ……!」
デューラが懐から端末を取り出し、緊急要請の信号を送る。
しかし、先程の衝撃で端末はひび割れ、ランプはかすかに点滅しているだけだった。
送信は完了したのか。
否か──それすら分からない。
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