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2−10話:それぞれの役割

 ζ型を沈黙させるまでに、二十分以上が経過していた。


「……ハァ、ハァ……」


 肩で息をするジェンの足元には、砕け散ったζ型の残骸が累々と横たわっていた。 地面には銀色の体液が広がり、空気には金属が焼けたような腐蝕臭が漂っている。


 あたり一帯は見る影もない。 かつてウィルが愛情を注いで育てていた野菜園も、ζ型に踏み荒らされて土がえぐられ、無残に崩れていた。


「……こんなにも鈍ってるなんて……」


 ジェンは静かに唇を噛み、拳を固く握る。 確かに自分は、戦時中の方が速かった。鋭く、正確だった。 あの頃のようには――もう、動けていない。


 アスペラをゆっくりと折りたたんで背中に収め、周囲を警戒する。 気配がないことを確認すると、中央ラボへと向かって走り出した。


(テルルとレミナ……無事でいて)


 階段を駆け上がる途中、視界に入ったのはζ型の破片と、床を汚す黒く濁ったメルキュリアの痕。 それは一本の道のように続き、まっすぐ医務室へと伸びていた。


 ジェンの胸がざわめく。


「……まさか……!」


 嫌な予感に駆られ、彼は全速力で駆けた。


「テルル!! レミナ!!」


 医務室の分厚い金属扉を叩く。 しばらくして、ギギ……と鈍い音と共にわずかに開いた隙間から、小さな顔が覗いた。


「……今度こそ……ほんとにジェンだ……」


 レミナの震える声。涙を堪えるようなその目に、ジェンは胸を締めつけられた。


 彼女が扉を開けると、その奥――


 ベッドの上には、ひどく傷ついたテルルが横たわっていた。 身体にはいくつもの透明なチューブが繋がれ、メルキュリアがゆっくりと注入されている。


 その姿に、ジェンは声を失った。


「テルルが……ζ型と戦ってくれたの」


 レミナの言葉が、苦しげに空気を震わせる。


 テルルはわずかに目を開け、ジェンの姿を確認すると、ほっとしたように微笑んだ。


「……ジェン……だ……」


「……僕の、せいだ!」


 ジェンはベッドの傍に膝をつき、テルルの小さな手を両手で包む。


「逃がしたのは僕なんだ……僕が、あいつを仕留めきれなかったから……!」


 悔しさが胸を突き上げる。 銀色の涙――メルキュリアが一筋、ジェンの頬を伝い落ちた。


 それを見たテルルは、一瞬だけ目を丸くする。 けれど、すぐに微笑んだ。


「……戦ってた。ずっと見てたよ。モニターで」


「僕はγ型だ……戦うのが役割だよ。だから、当然なんだよ。 それなのに……守れなかった……!」


 その肩が震える。 もう一滴、また一滴、メルキュリアが流れ落ちる。


「……そんなの、もう要らない」


 テルルの声は小さかったが、確かな強さが宿っていた。


「生まれた型とか、与えられた役割とか……全部、関係ない。 守りたい人を守る。それだけで、いい」


 ギシ、とベッドの金属が軋む音。 テルルがゆっくりと半身を起こす。


「テルル、ダメだよ。無理に動いちゃ……」


 慌てるジェンを制するように、テルルは静かに笑った。


「ジェンが無事でよかった……レミナも。ほんとによかった……」


 その言葉と同時に、彼女の指先がジェンの頬を撫でた。 そして、ためらいなく――そっと、ジェンの頬にキスを落とした。


「えっ……!?」


 ジェンの顔がみるみる赤くなる。言葉が喉でつかえたまま出てこない。


「……頑張った人賞」


 テルルは照れも見せず、まっすぐに彼を見つめて言った。


「人間は……頑張った人の頬にキスするって……聞いた。でも誰か一人だけらしいから……ジェンにした」


「ちょ、ちょっと待って、それ誰から聞いたの!?」


「レミナ」


「ちょっとテルルぅ!? それ言っちゃダメぇ!!」


 部屋の隅で息を殺していたレミナが、顔を真っ赤にして叫んだ。 ジェンの視線に耐えきれず、バタバタと隣の部屋に逃げていく。


 ぽかんとするジェン。 そして、テルルがくすくすと笑う。


 それにつられて、ジェンもようやく表情を緩めた。


 確かに、傷は深い。痛みも、責任も消えはしない。 でも――この一瞬だけは、救われた気がした。

このエピソードは書いていて、とても感慨深いものがありました。

使命や役割などから解き放たれた彼らは、今後どう生きるのでしょうか。

引き続き読んで貰えると嬉しいです。

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