2-9話:決着の行方
呼吸を整え、テルルは一歩踏み出す。
敵――ζ型は、すでに異常な動きで彼女を捉えていた。俊敏で、かつ的確で、明らかな殺意とその狂気の中に理性すら滲む。
「ッ……!」
拳が振り上げられた瞬間、テルルは反射的に身を引く。風圧が頬をかすめ、すんでのところで回避。だが、足元がふらつき、膝が沈む。
──身体が重い。
荒い息の中で、握った柄に力が入らない。メルキュリアの流れが不安定になり、視界の端がかすんでいく。
だが、止まれない。
「はっ──!」
気力を振り絞って放った刃は、かろうじて敵の肩をかすめる。手応えは浅く、すぐさま反撃が来る。
「ッ──!!」
鋭い腕が横腹に叩き込まれ、重たい衝撃が全身を突き抜けた。視界が白くはじける。
ヴァルターゲが手から離れ、床に金属音を立てて跳ねた。
テルルの身体は壁に叩きつけられ、肩に鈍い痛みが走る。装甲繊維の隙間から、銀の雫――メルキュリアが、一筋流れ落ちた。
それでも、テルルは立ち上がる。
「……まだ、やれる……ッ」
崩れそうな膝を抑え、壁を背にして前を向く。その瞳に、まだ消えぬ意志の光が灯っていた。
レミナは、その姿を見て胸を衝かれた。
あんなにも傷だらけなのに、なお立ち向かおうとする──けれど、限界は近い。
「……私だって……!」
震える息を吐きながら、レミナは室内を見渡す。何か、何か自分にもできることは──
目に飛び込んできたのは、治療器具の棚。その中に、治療用スタンガンがあった。非殺傷用。
けれど、それで動きを止められれば――!
「テルル、伏せて!!」
レミナの叫びが響くと同時に、彼女は床を滑るように走り、ζ型の側面へ飛び込む。
スタンガンを掲げ、全身の力を込めて突き出す。
「っ……これでも、食らいなさいッ!!」
ビィィィン!!
閃光が室内を照らし、耳を刺すような音が鳴り響く。
敵の身体が一瞬、痙攣したように硬直する。
その刹那――
「助かる!!」
テルルは転がるようにしてヴァルターゲを拾い上げ、全身の力を刃へと集中させる。
空気が震える。
「──ッ!!」
柄が一気に伸び、内部の機構がガシャンガシャンと唸る。重さが一気に腕にのしかかる。それでも、テルルはそのまま刃を振るった。
ザンッ!!
鋭い金属音とともに、ζ型の胴を深く裂いた。最後にわずかに動いた腕も、音も、すべてが止まる。
崩れ落ちる異形の躯体。
倒れる音だけが、妙に遠く聞こえた。
「は……ぁ……っ……」
ヴァルターゲを支えに、テルルはその場に膝をつく。荒れた呼吸が肩を上下させ、服の裂け目からは銀の粒がぽたりと床に落ちていた。
「テルル!!」
レミナが駆け寄り、その肩を抱きとめる。思った以上に、その身体は軽かった。
「バカ……もう、ほんとに……無理して……」
震える声を洩らすレミナに、テルルはかすかに微笑んでみせた。
「ううん……私じゃないと、止められなかったから」
その言葉に、レミナは言葉を失った。ただ、テルルの額に浮かぶ汗をそっと拭う。
警報はまだ遠くで鳴り続けていた。
けれど、ふたりの間にだけ、静寂が戻っていた。
守られるヒロインから守るヒロインに昇格したテルルは、書いていて成長を感じてとても好きです。




