2-8話:守るべきもの
警報が鳴り響いてから、数分後。
ジェンは中央ラボの前までやってきた。 窓も逃げ道もないこの施設は、正面さえ守れば完全に封鎖できる構造だ。
その一点を抑えるのが、最も合理的で効率的な防衛と知っていた。
彼の手には一本の短剣――アスペラ。 銀光を帯びたその刃は、同胞排除を目的として設計された、最新鋭のミラサイト技術の結晶。 吸収したメルキュリアを糧に刃を強化し、斬撃の威力を瞬時に増幅する。
γ型として生まれたジェンの肉体は、それを最大限に引き出せるよう構築されていた。
静かに入り口前の階段に座り、敵を待つ。 純粋な戦闘は実に数年ぶりであるが、ジェンの瞳に迷いはない。
新たに耳をつんざく警報が鳴り響いた。
ざっ……ざっ……ざっ……!
まるで湧き出すようにして、異形たちが姿を現す。 ζ型――その数、五十体を超える。
「ぎゃははははは!!」
「ママー、お夕飯なあに?」
「殺す殺す殺すぅぅうう!!」
「イタイイタイイタイイタイ!!!」
狂気に満ちた声を張り上げながら、群れは一斉にジェンへと殺到する。 眼前に迫る数十の腕、刃、爪――
想定以上の数。 だが、彼は一歩も退かない。
「……全部、僕が片付ける」
低く呟くと同時に、ジェンの身体が爆発的に動いた。
一閃。 アスペラがメルキュリアを吸い上げ、白銀の輝きを放つ。 振るわれたその刃が、最前のζ型の首を跳ね飛ばす。飛沫のように銀色の液が飛び散った。
振り返る動作の中で、ジェンは膝蹴りを一体の顔面へ叩き込み、頭部を粉砕。 同時に背後の個体を足払いで転倒させ、アスペラで喉元を深く穿つ。
斬っては突き、突いては砕き、掴んでは捻る。
刃だけではない。肘、膝、踵、指先までもが殺意の武器となって、ζ型を一体ずつ沈めていく。 破裂音、裂傷音、骨が砕ける音が連続して響く。 そのすべてが、まるでひとつの作業のように正確で、容赦がない。
「次ッ!!」
ジェンは片腕を掴んだζ型を振り回し、別の個体に叩きつける。 二体まとめて地面に押し潰され、アスペラが残りの一体の頭部を串刺しにした。 斬撃というより貫通。硬質な仮面のような顔面が、金属音とともに破裂する。
――それでも、数は多い。
ひとつひとつを完璧に仕留めても、完全な包囲網が形成されていく。 ジェンはまったく疲労の兆しを見せない。むしろ、戦いの熱気に呼応するように、動きが鋭くなっていく。
だが、その中に――
「……ッ!」
ひときわ小さく、だが異常に素早いζ型が、地を滑るように移動していた。 背を低くして、他の個体の影に隠れながら動くその姿。 ジェンの網膜に映った瞬間には、すでに間合いを抜けていた。
「……中に、テルルとレミナがいるのに……!」
彼は即座に追撃姿勢に入るが、敵の進行角度が絶妙だった。 群れの隙間とジェンの死角――その一線だけを狙って、ζ型は中央ラボの扉へと突入していった。
「あっ……!」
アスペラを振り払いながら、数体を即座に切り捨てる。 斬られたζ型の上半身が吹き飛び、脚だけがその場に残る。 だが、侵入者の姿はすでに扉の向こうへと消えていた。
ジェンは唇を噛み、ほんの一瞬、立ち止まる。
「……くそ、やられた……!」
手を止めるわけにはいかない。 いま中央ラボに向かえば、ここが無防備になり、残りのζ型が雪崩れ込む。 それだけは絶対に避けねばならなかった。
「今は……この残りを全て、ここで殺し切るしかない!」
感情を押し殺し、ジェンは再び刃を構える。
アスペラが再度、光を纏う。 吸収したζ型のメルキュリアが、彼の武器をさらなる凶器へと昇華させていく。
「――テルル、レミナ…どうか無事でいて」
その言葉を最後に、再び地獄が始まった。
残りのζ型は、彼にとってただの的にすぎなかった。 斬撃、打撃、踏み潰し――
そこに迷いも、躊躇も、慈悲もなかった。
ただ静かに、ジェンは殺し続けた。 守るべき扉を背に――己の使命のもとに。
ジェンの戦闘シーンです。
少しだけ主人公らしい強いところを見せられたんじゃないかと思います。




